選びあう学生と企業。「公正性」がより良いマッチングの鍵になる

2023年03月30日

就活とメンタルヘルスの問題は、本人の努力だけでは回避しきれない

前回、就活での「やりたいことがみつからない」不安がメンタルヘルスに悪影響を及ぼす可能性を指摘した。しかし現実には、「やりたいことがみつからない」不安があったとしても、就活生は自己分析や他者との対話を通じて「やりたいこと」をみつける努力をしている(※1)。またもちろん、「やりたいこと」に関すること以外にも就活中には様々なストレスが生じるが、就活生はそれらに対して無抵抗なわけではない。例えば面接で不合格になった経験を受け入れ、振り返る中で「やりたいこと」が明確になる場合もあるだろう。

そこで次は、「やりたいことがみつからない」不安があったとしても、就活生本人の対処によってメンタルヘルスへの悪影響を避けられるかを分析した。分析に用いたデータは前回コラムと同様である。調査対象はインターネットモニター会社に登録された 2023 年卒の就活生(学部 4 年、修士 2 年以上)、分析対象は 1,078 人であり、調査は 2022 年 11 月上旬に実施された。以下、「やりたいことがみつからない」不安を「やりたいこと探し」の不安と表記する。

分析モデルを図 1 に示す。知りたいのは、「やりたいこと探し」の不安がうつ・不安リスクに対して直接的に影響を及ぼす部分(直接効果、青矢印)と、ストレスへの対処を経由して間接的に影響を及ぼす部分(間接効果、緑矢印)の 2 つである。

図1: 分析モデル(直接効果と間接効果)

図1 分析モデル

各ストレスへの対処(※2)は以下のとおりである。対処ごとに調査で用いた項目の一部を併記した。
・情緒的サポートの利用: 誰かから精神的な支えを得た
・道具的サポートの利用: 誰かから援助やアドバイスを得た
・肯定的再解釈: それがよりよく思えるように、別の視点から見ようとした
・受容: それが起こったという現実を受け入れた
・ユーモア: その状況をおもしろおかしくとらえた

分析結果を表 1 に示す。まず表の見方を記載し、その後に具体例を挙げる。表について、ストレス対処の種類を表の上部に記載した。リスク比は「やりたいこと探し」の不安からの直接効果と、対処を経由する間接効果によって、何倍うつ・不安リスク高になりやすいかを表している。各効果の p-value が 0.05 未満で統計的に有意と判断した。

次に具体例として、情緒的サポートの利用について考察する。間接効果はリスク比 1.00, p=0.542 であり統計的に有意ではない。これは、「やりたいこと探し」の不安をもつ就活生が不安や悩みを誰かに相談し、支えてもらったとしても、うつ・不安リスクを下げられなかったという結果である。一方、直接効果はリスク比 1.14, p=0.004 であり、統計的に有意である。これは、誰かの支えを得たとしてもなお、「やりたいこと探し」の不安がうつ・不安リスクを高めたことを示している。

その他の対処の間接効果も同様、統計的に有意な結果でなかった。一方、直接効果はすべて有意であった。これは、就活生が様々な対処を取っても、うつ・不安リスクを下げられないこと、依然として「やりたいこと探し」の不安による悪影響が強いことを意味する。

後にも触れるが、この結果を読み解くポイントは、「やりたいこと」が評価対象となっている選考にある。就活では評価されるための「やりたいこと」を考える必要がある。その中で、純粋に「やりたいこと」をみつけられない場合や、評価目的の「やりたいこと探し」に意義を見出せず、葛藤を抱えることもあるだろう。他者に支援を求め、別の視点をもとうと試みても、「やりたいこと」が評価される状況を変えられるわけではなく、葛藤から逃れることが難しい。

「やりたいこと探し」によるメンタルヘルスへの悪影響は、就活生本人の努力だけでは回避できない。この問題を解決するには選考のあり方自体を見直す必要があるだろう。本コラムでは「やりたいこと」をめぐる就活、特に選考を対象に、より良いマッチングを目指すための指針を提示したい。

表 1: うつ・不安リスクに対する「やりたいこと探し」の不安とストレス対処の影響

表1 うつ・不安リスクに対する「やりたいこと探し」の不安とストレス対処の影響

私の「やりたいこと」は、御社の「してほしいこと」です

より良いマッチングを考えるうえでまず、「やりたいこと」をめぐる選考がストレスフルである理由を考える。そのためここでは、これまで取り上げてきた「やりたいこと」と就活の関係を整理する。

まず重要なのは、先述のとおり、「やりたいこと」が評価の対象になっていることである (2; 括弧と番号は引用文献を示す)。あなたは当社で何をしたいのか、それはなぜか、他の業界や企業でなくなぜ当社なのか。このようなことが多くの選考場面で問われる。妹尾 (2) は就活生への聞き取り調査から、面接で語られる「やりたいこと」は、自分の考えとその企業での事業や職務の内容がすり合わせられたものだと指摘した。これは、選考の中で就活生が企業の「してほしいこと」を自分の「やりたいこと」として説得的に語ろうとすることを表している。関連して小山 (3) は、就活生が企業の採用基準を想像しつつ、用意された複数の自己 PR を使い分けることを報告した。むしろ、「やりたいこと」が評価対象であるからこそ、場面に応じて様々な自分を使い分けているのだろう。一方、「やりたいこと」をうまく語る能力は、入社後にモチベーションを自らコントロールする能力の代理指標になる可能性 (4) もある(※3) 。この意味で、職務が限定されないメンバーシップ型の雇用において、「やりたいこと」を問うことには一定の合理性があるのかもしれない。

これを踏まえると、「やりたいこと探し」の不安がストレスフルである理由はいくつか考えられる。中でも特に、評価のための「やりたいこと」を、本当の自分であるかのように語る必要があるという状況にこそ、強いストレスの原因があるのではないだろうか。中には割り切って就活を進められる学生もいるだろう。しかし、就活が人生の重要な意思決定を迫る局面であること、この年齢層(一般に、青年後期)がアイデンティティ獲得のために揺れ動きやすい時期であることを考慮すれば、自分ではない何者かを演じ続けることが就活生にもたらす葛藤は小さくないのではと考える。

もちろん、「やりたいこと」を問うことが完全に否定されるわけではなく、「やりたいこと」自体は前向きなことである。しかしながら、より良いマッチングを考えるうえでは、「やりたいこと」と選考の関係を改めて見直していく必要があるだろう。

選び、選ばれる就活生と企業

ここまで、「やりたいこと探し」の不安からストレスを受ける就活生の姿を中心に述べてきた。一方、就活生自身も主体的に選考に臨んでおり、その中で企業に対する様々な見方や判断をする。ここでは、就活生が具体的にどのような判断をしているか、それが選考にどのような影響を及ぼしているかを検討する。

井口 (4) は、就活生が就活で何に留意し、何に努めるかについて「就職ゲーム」という概念を用いた。この研究では、選考を「コミットメント・ゲーム」と認識した就活生がその選考を正当と思わなくなった事例が報告されている。コミットメント・ゲームとは、評価基準が「志望意欲」であり、熱意を示すことが面接で高評価を獲得するための戦略になるような選考である。コミットメント・ゲームに対して就活生は、「職務に必要な能力との関係性が低い」「演技可能なため、正確な測定が難しいはずだ」と批判する。

就活生が選考の正当性に疑問をもつことは、入社後のパフォーマンスやコミットメントなどの観点からも問題がある。図 2 は、Hausknecht ほか (6) で提案されたモデルを参考に筆者が作成したものである。このモデルでは、候補者の職務経験、仕事に必要な知識やスキルなどの要因が候補者の認知に影響を及ぼし、さらに候補者の認知が内定承諾やパフォーマンスなどの結果に影響を及ぼすことが示されている。特に注目したいのは、候補者の認知に「公正性」の観点が含まれていること、そして、結果変数として組織へのコミットメント、職務パフォーマンスが想定されている点である。例えば Hunthausen (7) では、候補者が選考プロセスを公正だと認識すると、そうでない場合に比べ、パーソナリティテストによるパフォーマンスの予測精度が向上したことを報告した。この研究は、より妥当な選考を行ううえで「公正性」が重要であることを裏付けている。なおここでの公正性は、就職差別などを解消するための公正性を超えた、より学生と企業がフェアな状態になるという意味をもつ。

図2: 選考に対する候補者認知と結果変数の関連

図2.png

上記の先行研究からは、互いに選びあう学生と企業の関係性がみてとれる。「やりたいこと」をめぐる選考はストレスフルなだけでなく、就活生にとっての正当性を欠き、必要な人材に選ばれる可能性を下げてしまう可能性もある。また、結果的にその候補者が入社に至ったとしても、実施された選考がその機能を十分に果たせたかに疑問が残る。採用選考で公正性を担保することは、本来の目的である入社後のパフォーマンスやコミットメントなどを実現する戦略になり得るのである。

選考のあり方を再考し、採用戦略としての公正性へ

最後に、前回と今回の締めくくりとして今後の指針を考えていく。そのためにまず、実施した分析や先行研究を踏まえ、「やりたいこと」を問う選考を就活生側、企業側の観点で整理する。

まず就活生側について。分析の結果、就活前の「やりたいこと探し」の不安がメンタルヘルスに悪影響を及ぼしており、その悪影響は本人の対処で軽減できなかった。そこで、評価されるための「やりたいこと探し」にストレスの原因があるのではと考えた。次に企業側について。先行研究では、選考に対して候補者が公正と感じると選考の精度が向上する可能性や、コミットメントに繋がる可能性が指摘されている。対して「やりたいこと」をめぐる選考は、就活生からは正当性がないものとして認識されやすい。

先に述べたとおり、「やりたいこと」をうまく語る能力が、与えられた仕事を自分の「やりたいこと」に変換する能力の代理指標になっているなら、従来の雇用慣行の下では、それを問うことに一定の合理性があると考えられる。また、主体的に「やりたいこと」を考え、やりたい仕事を獲得するために努力すること自体は否定されるものではない。問題は、評価の対象であることが「やりたいこと探し」を強制的なものにしてしまうことである(8)。

ここまでを総括すると、より良いマッチングを実現する鍵は大きく 2 つである。第 1 に、選考基準としての「やりたいこと」の比重を落とすことだ。これについては、ジョブ型雇用やコース別採用の導入などで自然に起こる変化かもしれないし、むしろ一部では既に起こっているだろう。いずれにせよ、雇用慣行の見直しが議論される中で再考すべきテーマである。第 2 に、より重要なのは「公正性」を採用戦略の中心に据えることである。例えば、(手法的ではあるが)採用基準や評価項目を事前に詳しく開示すること、できる限り合否の理由をフィードバックすること(※4)などにより、公正性を向上させられるだろう。強調したいのは、これは単なる学生への配慮でなく、あくまで採用戦略上の重要性をもつということである。

現在、日本型の雇用慣行や就活、新卒採用に対する見直しの議論が盛んになっている。また、将来的な若年労働者の減少が確定的な状況でもある。若い人たちが健全な状態で入社し、コミットメント高くパフォーマンスをあげてもらうためにも、採用戦略としての「公正性」を引き続き検討していきたい。

執筆:中村星斗(研究員)

 

(※1)リクルート 就職みらい研究所 (1; 括弧と番号は引用文献を示す) によると、就活生の 63.9% が2月末までに自己分析をしたと回答している。
(※2)各対処につき 2 つずつの項目で 1 点から 4 点までの回答を得ており、その平均点を各対処のスコアとした。
(※3)「やりたいこと」を考えるための自己分析は曖昧で根拠がない (5) という指摘もある。
(※4)大手企業を中心として、大量に応募がある状況では現実的に難しいという別の問題もある。

 

引用文献
(1) リクルート 就職みらい研究所. 就職プロセス調査(2024年卒)「2023年3月1日時点 内定状況」 2023.
(2) 妹尾麻美. 就活の社会学 大学生と「やりたいこと」. 晃洋書房; 2023.
(3) 小山治. 学生による企業の採用基準の認識過程. 年報社会学論集 2012;25:73–83.
(4) 井口尚樹. 選ぶ就活生、選ばれる企業 就職活動における批判と選択. 晃洋書房; 2022.
(5) 濱口桂一郎. 若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす. 第 9 版. 中央公論新社; 2021.
(6) Hausknecht, J.P., Day, D.V., Thomas, S.C. Applicant reactions to selection procedures: An updated model and meta‐analysis. Personnel psychology 2004;57.3: 639–683.
(7) Hunthausen, J.M. Predictors of task and contextual performance: Frame-of-reference effects and applicant reaction effects on selection system validity. Portland State University, 2000.
(8) 香川めい. 「自己分析」を分析する 就職情報誌に見るその変容過程. 苅谷剛彦, 本田由紀 編. 大卒就職の社会学 データからみる変化, 東京大学出版会; 2010, p. 171–197.

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