学び方はどのように変わったのか

2023年09月27日

効率化・個別化が進んだ企業研修

1990年代までは「仕事に必要なスキル」は企業が考え、そのスキルを効率的に獲得できるよう、自社内の研修が集合研修やE-Learningで企画・開催されていた。しかし、この仕組みは2000年代に入って変化を続けている。

図表1 企業におけるスキル獲得方法の変化

acquisition_1.jpg注:the future workplace experience: prepare for disruption in corporate learningを参考に著者作成

以前は、「同じ量・質のスキルを持った人」がたくさんいる状態が望ましいとされていた。こうした時代には、「正解」のあるトレーニングを通じて、「正解」を教え込むことで、同じスキルを持った人が効率よく大量生産されていたのだ。しかし、産業構造が変わり、職場で必要なスキルが複雑化してからは、仕事を通じてスキルを獲得すること、個々人がそれぞれ異なるスキルや経験を持つことが求められるようになってきている。

近年のパーソナライズドラーニング(個別化された学習)の潮流は、一人ひとり自分に合った学習内容・学習スタイル・学び方が求められる。学習テクノロジーの影響もあり、より個別性の高いオーダーメイドの学びを実現することができるようになり、学びの効率化・省力化が進んだ。

そして、パンデミックによって、「学びの個別化」は加速された。以下の図は、2016年から2022年の7年間の学習行動についてその変化を示したものだ。パンデミックの影響で2020年には集合研修を前提としたOff-JTのスコアが大きく減少していることがわかる。2022年にやや上昇傾向が見られるものの、パンデミック以前の状況には戻っていないことが明らかだ。

図表2 OJT、OFF-JT、自己啓発の実施割合(正社員)

図表2.png出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」


コロナ禍で、社内の集合研修は減少し、学習機会は個人にゆだねられ、オンライン学習が主流になった。しかし、個人の学習行動に着目すると、2020年にはOJTや自己啓発のスコアも低下していることが示された。複数の企業からは、オンライン講座を用意しても学んでいる人は繰り返し学ぶが、学んでいない人はいくら呼びかけても参加しない、という声が聞こえている。

学びに向かわせない組織の問題

このような状況の下、企業から「従業員を自主的に学ばせるにはどうすればよいのだろうか」「具体的に何を学ばせるべきだろうか」「技術が高度化・専門化する時代に、人事としてどのような支援のあり方が考えられるだろうか」といった相談が寄せられる。しかし、学習プログラムを幅広く用意したとしても、従来のような「学ばせる」という発想では、個人の学び行動が促進されるとは考えづらい。

この問題を解決するには、「どうすれば自主的に学ぶ人を増やせるのか」といういつまでも答えの見えない問いにしがみつくのではなく、「学びたくなる職場はどのようなものか」と問いを変えてみる必要がある。前者の問いの主体は組織にあり、後者の主人公は個人にある。個人の主体的で継続的な学びを促進するには、学びの主導権を個人に戻す必要がある。そのために個人が学びたくなる職場づくりの支援をすることこそが、人材開発部門に求められる「学びの支援」なのだ。人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる人的資本経営の観点を持ち、マネジメントを変えなければ、この問題は解決しない。

従業員のどのような学びを支援するのか。『なぜ人は自主的に学ばないのか 学びに向かわせない組織の考察』では、学びのポートフォリオを描くことを推奨している。

図表3 4象限で見る大人の学びの種類
図表3.png
これまで多くの企業は、左上にある、いま現在の職務に必要なスキル開発に特化した正解習得型の学びの支援を行ってきた。しかしながら、分析の結果からは、4象限の右部にあたる対話型の学びの場と、下部にあたる中長期のキャリア支援が、個人の主体的な学び行動を後押ししていることが明らかになっている。

学びはインプットからアウトプットへ

学びプロジェクトでは、これまでに「アウトプット型学び」について、発信してきている。

「創造する」大人の学びモデル(2018)でも取り上げたように、学習テクノロジーは、これまでに「学び」と呼ばれていた行為を、「発芽する」「試す」「活かす」「変容する」「共創する」といった行動へと変化させてきた。そのことによって、長らく「知識を取り入れる行為=インプット」に象徴されてきた学びは、試しながら知恵を変容させ、対話をしながら他者と創り出す、アウトプットを起点としたやり方へとその変化を加速させてきている。

学びプロジェクトでは、自分らしく学びながら、変容を繰り返してきた社会人にも取材した。

「人生100年時代 学びの進化モデル」と題し、個人の学びを尋ねたインタビューでは、学びの捉え方は多様で、より個人のやり方に沿った実践的でかつ発信を伴う学びが行われていることが明らかになっている。彼らは、「何をしたいか」を声に出して周囲を巻き込みながら新たな知恵を取り入れたり、「ゴールのある学びはやる気が出ない」と、仲間との実験結果のアウトプットを繰り返していた。自分に合ったやり方を自分で創り出して、誰かとの知恵の交換や協働を通じて、アウトプットからのフィードバックを得ながら学んでいるという特徴がある。

図表4 アウトプット型で学ぶ人の特徴

図表4.jpg
調査の分析結果を見ても、アウトプットの場面を想定して学ぶ人、学んだことをリアルな場の中で役立てる機会のある人が、より主体的な学び行動をしていることが明らかになっている(図表5)。

図表5 主体的な学びとアウトプット行動の関係

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理論的枠組み

ここまで見てきた2つの学び―すなわち、「正解習得型でインプット型の学び」と「アウトプットに基づく対話型の学び」については、佐藤が理論的に説明している(※1)。

佐藤は、学びには2つの意義があるとしている。1つは、「修養としての学び」であり、もう1つは「対話としての学び」である。佐藤によると、修養としての学びとは、「何か重要なものを欠落した存在としての人間が修養を通してより完成した存在へと接近する営みとしての学び」としている。一方の「対話としての学び」とは、十分な研究が蓄積されていないとしながらも、「他者とのコミュニケーション行為を通して対象の意味を探究する行為として展開される」としている。対話としての学びでは、知識を個人の中で所有するものとして捉えるのではなく、「人々のなかで共有し、知識を公共性に開かれたものにするところに成立する学び」である。

この2つの学びは、本来、学びの目的によって使い分けることが望ましいのだが、企業の支援としては、正解習得型の学びに偏りすぎているのが現状だ。この2つの学びは、学び方も、場づくりの方法も全く異なっている。

どのように対話型の学びを捉え、進めたらよいのか。

本プロジェクトでは、OJTや階層別研修の枠を超え、組織の学びの風土づくりに貢献する「対話型の学びの場」について、背景理論や効用、どのようにそうした場を創ればよいのか、学習コミュニティを立ち上げた企業事例を通じ、具体策を考えていきたい。

次回は、企業内教育の質的転換の観点から、対話型学びのモデルについて取り上げる。

(※1)佐藤学(1999)『学びの快楽 ダイアローグへ』(世織書房)



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