機械化・自動化が進みやすい業界と進みにくい業界
機械化・自動化技術が浸透しよりよい働き方を実現するためには、社会全体としてこうした技術を前向きに取り入れていくことも大切である。前回に引き続き、デジタル化や機械化・自動化の進展のために必要な取り組みを探っていくとともに、各業界の将来の進捗を予想する。
消費者がロボットに寄りそう社会を実現する
日本は産業機械などの技術領域にもともと強く、ロボットに関する大衆コンテンツが幅広く普及していることなどから、文化的な観点でいっても諸外国と比べればロボットフレンドリーな社会風土が備わっていると見ることもできる。
AIやロボットが活用される時代においても、多くの領域で対人業務は残っていくだろうが、現時点では消費者と直接関わるタスクの中にも機械化・自動化が可能な領域は多く存在していることは見逃せない。働き手が無理なく働ける環境を作るためにも、また一人ひとりが豊かな消費生活を送るためにも、ロボットに寛容な社会を形成していくことは重要な課題になる。
飲食業界においては昨今配膳ロボットの導入が進み始めているが、ロボットがうまく機能するためにはその導線において消費者側がロボットの走行を優先する配慮が求められる。また配膳や下膳にあたっても食器等のピッキングはロボットによる対応が難しいことから、人による協力が必要になるだろう。消費者側がロボットやデジタル技術に対する寛容度を高めることは、デジタル技術を生活の豊かさにつなげていくために重要だ。
個人情報が膨大なデータによって管理されるようになると、基本的人権との兼ね合いも今後大きな問題になるとみられる。AI時代においては、個人が自身の情報を主体的にコントロールしたうえで自らの意思決定を行うことが、基本的人権として尊重される必要性が高まる。デジタル技術による機械化・自動化の恩恵を労働者と消費者がともに享受するためにも、適切な規制の整備と運用が課題になる。
デジタル技術を活用できる人材の育成
当然ながら、デジタル技術の活用を担う人材の育成というテーマも避けて通れないものになる。まず一義的には、エンジニアやデータサイエンティストなどデジタルに関する知識を備えた人材を育成する必要がある。この点に関して、教育の果たす役割が大きいことは言うまでもないだろう。
一方で、様々な企業実例を見ていてわかるのは、デジタル技術を活用して業務の自動化を図るためのキーパーソンになるのは、必ずしもこういったわかりやすい意味での高度デジタル人材とは限らないということだ。むしろ、タスクの自動化を図るにあたって、自社の様々な業務プロセスに精通した中堅社員がキーパーソンになっているケースは少なくない。実際には、外部のベンダーの力やデジタルスキルを有した中途入社者などの知見を活かしながらも、最終的には自社のことをよく知っている従業員が業務プロセス改革の中心的な存在になりうる。多くの企業の話を聞いていると、そうした人材に共通する要件としては、変化に前向きであるということや、新しいことに積極的に取り組もうという意欲があるという従業員のマインドに関する指摘が多く見受けられた。
さらにビジネスの現場に即して考えてみれば、新しい業務プロセスを現場に落とし込む際に、労働者のリテラシーを高めていくことも必要である。多くの既存のサービスはアプリなどで広く使えるような形になっていることが多く、決して特別なスキルが必要なわけではない。企業の現場では、実地での研修や動画による使い方の指導など実直なトレーニングを根気強く繰り返しながら、身につけてもらうといった形が多く見受けられる。こうしたことに従業員が前向きに取り組めるような仕掛けづくりも必要になる。
自動化にあたっての現実的な課題は山積みで、多くの仕事がニーズを減らしながらも残る
最後に、以上のような観点を総合し、業務の自動化が進みやすい職種とそうでもない職種を考えてみたい。本研究プロジェクトにおいては、各業界の主要企業50社程度にヒアリングを行い、デジタル技術やAI、ロボットの活用によって各職業の業務構造が将来にわたってどのように変わっていくかを聴取している。現場の最前線でビジネスを行っている方々から、現実問題としてどのような業務を将来的にAIやロボットが行うようになるのか、また将来にわたって人手に頼らざるを得ない領域はどういったところなのかを聞いている。
各業界で機械化・自動化に取り組んでいる企業にヒアリングを行った結果、自動化が進みやすい職種と進みにくい職種をまとめたものが図表4である。将来にわたって、人が担うタスクがどの程度自動化されるかの正確な予想は難しいが、関係者の話をヒアリングしていくと、現状の延長線上で自動化が難しい職種は医療、介護、建設などとなるようだ。
図表4 自動化が進みやすい職種と進みにくい職種
一方で、生産工程、運輸、事務・営業などは自動化の期待が相対的に高かった。自動化の進捗が期待される職種としてまずあげられるのは生産工程関連職種である。製造業については、産業機械の高度化などからこれまでも断続的な生産性向上が行われている。こうした動きは今後も堅調に進んでいくものとみられる。さらに、自動化の期待が高かった職種としては、運輸関連職種があげられる。同業界では、2024年問題をはじめとする深刻な人手不足に直面するなか、自動運転技術や高速通信技術の進歩によって、幹線輸送が自動化されることへの高い期待が見受けられた。倉庫作業員の賃金水準も上昇するなか、物流倉庫の高度化も今後急速に進んでいくだろう。ただ、市街地における自動運転や客への受け渡しのところの完全無人化は難しく、ラストワンマイルに関しては今後人手が集中する領域になるだろう。
自動化が難しい職種としてあげられるのは医療、介護、建設などである。医療に関して、カルテ等の記録業務や入院患者への説明業務、薬剤や医療材料の運搬作業など雑多な業務の自動化は局所的に進んでいくとみられる。また、バイタルチェックや病床の管理業務なども省人化が進みやすい。しかし、医療の本来業務である患者の容態の確認や日々のコミュニケーション、医療従事者による手技の部分は、ロボットなどによる代替は難しいという見解がほとんどであった。介護に関しても、同様に間接業務の自動化から進んでいく。ただし、三大介助業務と言われる食事介助、排泄介助、入浴介助など介護従事者の本来業務は緩やかな省人化が進みつつも、根本的に無人化することは将来においてもあり得ない。建設関連職種についても同様に管理業務や建機の自動化は進むが、建設作業員が行っている様々な作業を構成する細かなタスクを自動化することはその多くが不可能だというのが概ね一致した見解であった。こうした労働者の複雑なタスクで仕事が構成される業界について、機械化・自動化を進めていくためには社会全体として集中して支援していく必要があるだろう。
坂本貴志(研究員・アナリスト)