日本交通株式会社:「移動+α」の付加価値でタクシーの仕事を再定義

2022年04月13日

日本交通株式会社 管理部(秘書・広報担当) 副部長 野村 貴史氏
日本交通株式会社
管理部(秘書・広報担当) 副部長 野村 貴史氏

人手不足が深刻化するタクシー業界。背景には、長時間勤務や不規則な勤務体系といった課題がある。一体、どうすればこの状況を改善できるのか。そこで今回は、大手タクシー会社・日本交通株式会社にインタビュー。同社は業界で先駆けてドライバーの働き方を見直すとともに、観光案内や子どもたちの送迎など「移動+α」の価値を加えたタクシー事業を展開し、既存の枠組みにとらわれないドライバーの働き方を模索してきた。では、成果はどれくらい出ているのか。業界の働き方を刷新するヒントはあるか。広報担当の野村貴史氏に聞いた。(聞き手:坂本貴志)

離職者は一定人数いるが、平均年齢は「若返り」

── 人手不足は、タクシー業界全体の課題だと聞きます。はじめに、日本交通の人手の状況について教えてください。

私たち日本交通は、首都圏を中心にタクシー・ハイヤー事業を展開しています。社員数はグループ全体で約1万人、うち都内直営事業所のタクシードライバーが約4000人です。地方と比較すると都心はタクシー需要が高いため、離職者数は月70〜80人ほど。全体社員数で比較すれば業界平均よりは低めです。ただ、直近はコロナ禍の影響で離職者が増加しています。外出自粛で街の人出が減り、タクシー需要そのものが落ち込んだのが原因です。

─ そもそも、なぜタクシー業界は離職率が高いのでしょうか?

1つは従業員の平均年齢の高さです。業界統計によると、タクシードライバーの平均年齢は約60歳。65歳もしくは70歳を定年としている企業が多いので、当然離職までの期間は他業種よりも短いです。当社は直近10年で新卒採用を強化しており、1年以内で離職する新卒の割合は10%程度なので、社員の平均年齢自体は若返りつつあります。ですが、中途社員の年齢は高い場合が多く、勤続年数は短めだと思います。

働き方自体が特殊なので、合わずに辞めてしまう人も一定人数います。ドライバーは1日長めに働いて翌日休む「隔日勤務」が基本。たとえば「1日目午前8時に出勤したら、休憩3時間を含む18時間程度働いて夜中2時ごろに退社、2日目は丸1日休んで3日目の8時にまた出社する」といった具合です。1日の勤務時間が長い代わりに、月の出社日数は11~13日と少ないのですが、合う・合わないは人によって分かれます。

きちんと労働時間を管理、ただし時短は難しい

── 勤務時間や勤務体系はドライバーの働き方の課題としてしばしば指摘されます。

業務の性質上仕方ない側面もあるのですが、日本交通では無理な働き方にならないよう労働時間の管理を徹底しています。タクシーは、メーターに記録が残るため、勤務時間や休憩のタイミングがわかるのが特徴です。そこで、10年ほど前から労働時間のウォッチを厳格化。デジタル上での日報を併用し、労働状況をなるべく正確に把握できるようにしています。

ほかにも、月に1度ドライバーが業務後に集まる「明番集会」を、「出番集会」として業務時間内に変更。こうした取り組みが実を結び、現在は残業も非常に少ない状態です。

── すばらしい取り組みです。「業務時間そのものを短くする」という選択もあり得るのでしょうか?

あり得ないとはいい切れませんが、生産性の観点から現状は難しいです。なぜかというと、タクシーは昼よりも夜にはるかに需要が高くなるから。タクシー業界は基本的に歩合制で、売上の約6割がドライバーの手元に入ります。たとえば「昼に8時間だけ」という勤務体系を作っても、ドライバーにとっては「長時間車に乗っているわりに稼げない」ですし、企業にとっても限りあるリソースを効率的に配分しているとはいい難いです。また、ドライバーの入れ替えの時間も営業ロスになってしまいます。今のところは、昼と夜を組み合わせた勤務体系が最適と考えています。

「移動+α」でタクシーの価値を模索する

── ほかに、ドライバーの働き方に関して工夫があれば教えてください。

ドライバーのモチベーション向上のため、キャリアパス制度を設けています。たとえば、ドライバーとして一定の経験を積むと、「ゴールド乗務員」としてワンランク上のタクシーに乗れたり、無線で指名が入りやすくなったりします。その上には「スリースター乗務員」という称号も設定。ドライバーの働きや成果を可視化し、評価として反映するような仕組みを整えています。

── 称号が上がると、運賃も高くなるのですか?

タクシーは公共料金として国により運賃が定められているため、運賃そのものを上げることはできません。ですが、指名が入りやすく
なるので営業収入が上がり、結果的に歩合による給与は高くなる場合が多いです。また、当社では「エキスパート・ドライバー・サービス(以下EDS)」という制度もあります。通常のタクシー業務に加え、観光案内や介護が必要な方のサポート、お子様の送迎といった、「移動+α」の価値を提供するサービスで、運賃とは別途にチャージ料をいただいています。ただし、EDSは給与というより、たとえば「前職での経験を生かせる」などやりがいを目的に目指すドライバーが多いですね。

日本交通では、「移動+α」のサービスの価値を提供している日本交通では、「移動+α」のサービスの価値を提供している

── 付加価値によってドライバーの働き方の選択肢を増やす、と。

今後は自動運転も普及していくはずですから、私たちタクシー会社も「タクシーにしかできない仕事、ドライバーにしかできない仕事は何か」に真剣に向き合っていかなくてはなりません。そして、その一つが「ドライバーがいるからこその『ホスピタリティ』」であり、EDSのようなサービスだと考えています。足元の労働環境を整えるのはもちろんですが、こうした新たなドライバーの働き方の模索を通して、より多くの方に興味を持ってもらえる、そして働き続けてもらえる業界にしていきたいと思っています。

(執筆:高橋智香)