セキュリティ庄内:警備員がストレスなく働ける社会を作る
深刻な人手不足が指摘される一方で、抜本的な働き方改革が進まない警備業界。しかし、中には警備員の働き方の見直しに積極的に取り組む企業もある。その一つが、山形県酒田市にある警備会社・セキュリティ庄内だ。警備員の肉体的・精神的な負荷を軽減するため、紫外線対策用サングラスの導入やAI警備システムの実証実験などに取り組んでいる。警備業界の働き方の最前線では何が起こっているのか。同社常務取締役の阿部学氏に話を聞いた。(聞き手:坂本貴志)
業界が変わらない原因は「自分たち」にある
── 警備員の働き方改革に積極的に取り組まれているとお聞きしました。
セキュリティ庄内は、山形県酒田市の庄内エリアにある警備会社です。県内を中心に施設警備、道路工事等の交通誘導、イベントの際の雑踏警備などあらゆる警備業務を請け負っています。
私は常務取締役として経営に携わりながら、警備業の働き方の改善に取り組んでいます。具体的には服装の見直しや教育制度の整備などに力をいれており、今年は日本健康会議が定める「健康経営優良法人2021(中小規模法人部門)」にも認定されました。また、社外向けにも働き方に関する提言レポートを発表したり、近隣の警備会社と警備業のあり方を議論するための協同組合を作ったり。日々少しでも業務環境が改善できればと動いていますが、道のりはまだまだ長いなと感じています。
── そもそも、なぜ警備業界は働き方改革が進んでいないのでしょうか?
いくつか理由がありますが、一番は私たち警備業界がこの問題に正面から向き合ってこなかったからだと思います。この手の議論では「仕事の依頼先が無理な仕事を振ってくるから」「行政の配慮が足りないから」と外部に責任を転嫁する声が多く上がりますが、まずは目の前の環境の改善に取り組んでいない自分たちに責任があるのではないかと。
単価の交渉一つとってもそうです。交通誘導警備の場合、多くの警備業者は特定の建設会社から継続的に案件を受注しています。ただ、昔からの付き合いで中身を精査せず、まるっと同じ金額で仕事を引き受けているケースが多い。本来は案件の内容や条件を踏まえて、適切な受注金額を交渉すべきなのに、です。
ほかにも、寒暖を踏まえた警備員の服装の見直しや、彼らの肉体的・精神的なストレスのケアなど、業界全体で取り組むべき課題は山積みです。しかし、これまでは解決に向けた議論があまりされてこなかった。そこで、まずは自分たちでできることから始めようと、働き方改善の取り組みを進めている次第です。協会や業界団体からの働きかけも重要ですが、一番インパクトがあるのは私たち現場の一社一社が、どれだけ意識を持って動けるかだと思いますから。
AI警備、サングラス。一歩ずつできることを
── 働き方改革の一環で、AI警備の実証実験を行ったとお聞きしました。
今年(2021年)9月に、山梨県のシステム開発会社KB-eye(ケイビーアイ)が開発した交通誘導向けのAI 警備システムの実証実験を酒田市と2日間行いました。東北では初めての実証実験になります。AI警備とは、規制区間付近に設置したカメラでAIが車両や歩行者を検知し、無線で警備員に伝えたり、専用のLED看板で誘導したりするもの。警備員がリモコンで表示を操作することも可能です。
実験に乗り出した理由は主に2つ。1つは、人手不足の改善です。警備業の人手が足りていないのは、有効求人倍率の高さなどを見ても明らかで、それは当社も同様。AIシステムであれば、現場の人員を約半数にできると聞き、導入を検討したいと考えたのです。
もう1つは、理不尽なクレームを減らし、警備員の負荷を軽減すること。あまり知られていないですが、交通誘導時に心ない言葉をドライバーや通行人から言われ、精神的なストレスを抱える警備員は少なくありません。時には物を投げつけられることもあり、かなり深刻な問題だと捉えています。
しかし、AI警備であれば必ず現場の前面に立たなければならないということは、録画機能もあるのでこうしたリスクを軽減できる。さらに、ストレスなく働けるので、警備のクオリティそのものも上がると考えています。
酒田市の積極的な協力もあり、実証実験は無事成功。近隣の警備会社や建設会社の方も来ましたし、複数のメディアから取材を受けました。肝心の社員からの評判も上々です。導入に向けた確かな手応えを感じたので、本格的に普段の警備業務に組み込めないか議論を進めています。
── ほかに、実施した働き方改革の施策はありますか?
紫外線対策として、UVカット機能シールド内蔵のヘルメットを導入しました。紫外線はすぐに何か症状が出るケースは少ないですが、5年・10年スパンでの健康被害リスクがあるので、社員の身体を守るためにこの取り組みを始めたのです。
直近では、東京オリンピック・パラリンピックの影響もあって警備業界全体でサングラスを導入する動きもありますが、実はサングラスの着用に抵抗を感じる警備員は少なくありません。というのも、サングラス姿はどこか威圧的に見えたり、特に子どもたちからは怖い印象を持たれたりすることが多くて困っていると。そこで、当社で導入したのがこのシールド内蔵のヘルメットです。
実は、もともとこのヘルメットのシールドは工事現場等での飛来物対策用で、UV機能はあったものの、まぶしさはさほど軽減できないものでした。そこで、このヘルメットを作っている業者にサングラスと同程度の機能を持ったものを別注で作成してもらったのです。すると、サングラスには難色を示していた社員や取引先の建設会社も「これはいいですね」と好反応。酒田市からも同じくいい反応をいただき、導入に至りました。ちょっとした発想の転換や行動で、社員の健康やメンタルが守れる。改めて、それを実感しましたね。
まずは「知ってもらう」ことが大事
── 少しずつ、現場から働き方を変えていけるということですね。
そうですね。地道に一つずつ変えていくのが一番の近道だと考えています。でも、本音を言えば、まずは警備の仕事について正しい理解が広がっていくといいなと感じます。特に、今日お話しした理不尽なクレームによる警備員の精神的なストレスなどは、あまり知られていない問題だと思いますから。
これは持論ですが、特定の誰かに大きなストレスが偏るのは社会にとってもあまり健全ではないと思います。もちろん、多少のストレスを抱えるのは人間ですから仕方がない。ただ、それを人にぶつけて、結果誰かに大きなしわ寄せが行くのはやっぱりおかしいです。そういった意味で、私は「ストレス分散化社会」を目指していきたいのです。
そうしたストレスから警備員を守れるよう、私たちも全力を尽くしていきたいですし、社会でももっとこの問題について考えるきっかけが増えればいいなと感じます。
── おっしゃる通りです。今後、警備員の働き方改革をどう進めていきたいと考えていますか?
繰り返しになりますが、まずは現場でできることから少しずつ改善していく。そして、こうした取り組みをもっと広く知ってもらえるよう働きかけたいですね。
身近な例でいうと、私自身は「警備員」という言葉をあまり使わないようにしています。インタビューなど、わかりやすさを優先する場合は別ですが、普段社員や取引先と話すときは「誘導を担当する者」「警備を担当する者」といった表現をします。
理由は、「警備員」という言葉への凝り固まったイメージを変えていきたいから。少しずつ業界が変化しているタイミングなので、実態に合った適切な表現を模索したいと考えています。こうした積み重ねを通して、より良い警備業界を現場から作っていけたら嬉しいですね。
執筆:高橋智香