オンラインで従業員に個別最適化されたメンタルヘルスケアを提供──行動的ウェルビーイング

2024年05月28日

行動的ウェルビーイング 主なサービス事業者ウェルビーイングとは、企業において従業員の心身の健康や幸福な状態を維持するための取り組みを指す。企業の人的資本戦略において従業員のウェルビーイングは最優先事項となっている。特にパンデミック以降、働き方の変化やインフレなどの影響により、従業員のストレスや不安が増加し、気分の落ち込みなど心理的なウェルビーイングの悪化が大きな課題となっている。
2023年に米国の大手企業152社を対象に実施したBusiness Group on Healthの調査「2024 Large Employer Health Care Strategy Survey」によると、企業の77%が「従業員のメンタルヘルス問題が悪化している」と回答し、前年(44%)から増加した。さらに、16%が「2024年にはさらに悪化するだろう」と回答した。2024年に実施される予定の健康関連の取り組みで最も多かった回答は「従業員のメンタルヘルスケアサービスへのアクセス向上」であった。
行動的ウェルビーイングプラットフォーム(以下、PF)は、認知行動療法(以下、CBT)(※)などに基づくアプローチで、メンタルヘルスの不調の予防や治療をサポートするシステムである。
従業員とその家族は、アプリや対面でメンタルヘルスをサポートするコーチングやセラピーを無償で受けることができる。
また、臨床結果に基づき、医師の管理下で処方されるデジタル治療(以下、DTx)アプリや、睡眠改善や瞑想の方法を学ぶ動画アプリもある。

行動的ウェルビーイングPFの主な機能は下記の5つである。

  1. 個別のアセスメント(評価)を行う
  2. 改善プログラムを提案する
  3. AIが従業員とコーチやセラピストとをマッチングする
  4. ビデオ通話やチャットによるオンラインコーチングやセラピーを行う
  5. ダッシュボード:従業員の利用率、メンタル不調を抱える従業員の割合などを匿名データで把握する

人事にとってのメリット

個別最適化されたメンタルヘルスケアの実現
個別アセスメントの結果に基づいて、コーチやセラピストとマッチングして、従業員一人ひとりのニーズに合ったメンタルヘルスケアを提供できる。

リスク管理
従業員自身が日常的にメンタルヘルスケアを行ったり、実践的な方法を学んだりできる機会を提供することで、状況や症状の悪化を未然に防ぐことができる。

生産性やエンゲージメントの向上
心理的な不安やストレスが軽減されることで、従業員の仕事に対するモチベーションやパフォーマンスが向上し、組織全体の生産性向上にもつながる。さらに、会社に対するエンゲージメントや定着率を向上させることができる。

各事業者のサービス概要

各事業者のサービス概要は下記のとおりである。

<法人向け>

  • Modern Health:メンタルヘルスケアPF。従業員がアプリを使用して簡単な質問に答えると、個別プランが提案される。CBTに基づくデジタルプログラム(瞑想ライブラリー、音声セラピー、デジタル講座など)の機能を備える。不安やストレス対処などを専門とするコーチと従業員をマッチングし、ビデオ通話やチャットによるコーチングを提供する。臨床心理士などの専門家によるうつの程度評価と、適切なオンラインセラピーもある。人事は、ダッシュボードで従業員の利用率や幸福度指数などの匿名データをリアルタイムに確認できる。
  • Calm Business:睡眠・瞑想アプリ「Calm」の法人向けソリューション。瞑想やマインドフルネスの基礎テクニックを教えるオンラインコーチングを提供する。ストレス対処や集中力アップ、睡眠の改善をテーマとした「ガイド付き瞑想ビデオ」や「サウンドスケープ(BGM)」などの機能を備える。Zoomミーティング中にCalmのコンテンツを共有することもできる。人事は従業員の利用状況(登録率やよく聴かれるコンテンツの種類など)を管理画面で確認できる。
  • LifeSpeak、RethinkCare(旧Whil):ウェルビーイングPF。マインドフルネスやレジリエンスのスキルを学び、ストレス耐性を高めたり、睡眠を改善させたりするeラーニング(動画、ポッドキャスト、クイズ)を提供する。専門家(メンタルヘルス、健康と予防、人間関係、コミュニケーションなど)との匿名によるライブチャットの機能も備えている。

<法人・個人向け>

  • Big Health:DTxソリューションを提供するメンタルヘルスケアPF 。CBTのテクニックを用いて不眠症、不安、うつの症状を改善させる3種類のアプリ(Sleepio、Daylight、Spark Direct)を提供する。「Sleepio」では、睡眠障害を改善する6週間のプログラムがある。従業員がアセスメントを受けると、バーチャル教授「The Prof」が、睡眠の妨げとなる思考からとりとめのない思考へと焦点を移すテクニックなどを教える。オンライン睡眠日誌など10種類のツールも備えており、ウェアラブルデバイスとデータ連携ができる。
  • Headspace(旧Ginger)、Journey LIVE:睡眠・瞑想アプリ。マインドフルネスの基礎テクニックを教えるオンラインコーチングや、ガイド付き瞑想ビデオなどの機能を備える。企業向けには、従業員のストレス管理ツールや心理的ウェルビーイング改善のプログラムも提供する。
  • CloudMD(旧Snapclarity):メンタルヘルスケアPF。コーチングやCBTのテクニックを用いたセラピーを提供する。5分のアセスメントの結果を基に、従業員とコーチやセラピストとをマッチングする。チャットや音声・ビデオ通話での60分のセッションを提供する。

サービス例

1. Lyra Health

法人向けメンタルヘルスケアPF。CBTに基づいたサポートを提供する。従業員がストレスや感情について回答すると、AIが従業員とコーチやセラピストとをマッチングし、個別の症状や深刻度、ライフスタイルに合わせたプログラムを提案する。コーチングは主にストレス、燃え尽き症候群、不安、人間関係などに焦点を当て、セラピーではうつ病、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、摂食障害などのより複雑な課題を解決する。セッションはビデオ通話、チャット、対面で行われ、セルフケアの動画コンテンツも提供している。
人事はダッシュボードを使用して従業員の利用状況(利用者数や症状の種類など)に関する匿名データをリアルタイムで確認できる。社内のリーダーや管理職向けに「職場のメンタルヘルス講座」も実施できる。顧客は、Zoom、Morgan Stanley、Starbucks、Walmart、Salesforce、AT&T、lululemon、Genentech、Children’s Hospital Association(小児病院協会)など。

2. HearMe

法人・個人向けメンタルヘルスケアPF。従業員の職種や経歴、話したいトピック(仕事・生産性、ストレス、人間関係、家族・友人、メンタルヘルス)などを基に、同様のバックグラウンドを持ち、傾聴の訓練を受けた認定ピアサポートスペシャリスト「HearMeリスナー」と従業員をマッチングする。従業員は専門的なセラピーを必要としない場合でも、ただ話を聞いてもらいたい、誰かと感情的つながりを持ちたいときに、24時間いつでもチャットで1対1のピアサポートを受けることができる。
人事はダッシュボードを通じて、匿名データを基に従業員のニーズや利用傾向をリアルタイムで把握できる。顧客は、Ingenovis HealthやMonterailなど。

ビジネスモデル(課金形態)

企業がサービス事業者にシステム利用料を支払う
企業がサービス事業者に従業員のメンタルヘルスを向上させるシステムの利用料を支払う。料金体系はサービス事業者ごとに異なり、従業員数に応じて複数のプランがある。利用料金は従業員1人当たり年間約70ドルからである。

Lyra Healthのビジネスモデル図

今後の展望

世界的にメンタルヘルスケアアプリの市場規模は拡大している。Market.usの2023年の調査によると、市場規模は2022年の約61億ドルから2030年には約238億ドルに達すると予測されている。
行動的ウェルビーイングPFの領域では、同業者間のM&A(GingerとHeadspaceの合併、CalmによるRipple Health Groupの買収、Big HealthによるLimbixの買収)、新規参入、スタートアップ企業による資金調達などで競争が激化している。
上述のサービス以外に、AIセラピストが即時にメンタルヘルスケアを提供するサービスもあり、AI機能の実装によって差別化を図るサービス事業者が今後増えるだろう。

(※)認知行動療法(CBT)とは、ストレスを感じる出来事が起きたときの「頭の中に浮かんだ考え(認知)」「感情」「体の反応」「行動」に着目した心理療法である。自分の思考や行動パターンに気づき、それを変えることでストレスに負けないマインドフルネスな状態を目指す。

グローバルセンター
杉田真樹(リサーチャー)

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