Vol.8 パリ市

「2024年夏季オリンピック開催に向け、テレワークのさらなる発展を目指す」

2018年06月14日

ヴェロニック・フランク=マンフレド氏
パリ市人事課部長
テレワーク推進責任者

パリ市の日常風景となった公共自転車レンタルサービスの「Velib'(ヴェリブ)」は、パリ市を飛び出し、フランスの地方都市をはじめ海外でもサービスを開始している。

パリ市はもともと創造性に富んだ文化事業など、行政主導のもとで市民参加型の画期的で大胆な政策を多く打ち出し、都市の新しい姿を発信していることでも有名である。2024年の夏季オリンピック開催へ向け、パリ市の課題とされる大気汚染や渋滞問題などの解決策の一つとしてテレワークが挙げられており、パリ市の動向は内外の注目を集めている。

取材の日はまさにセーヌ川が氾濫して、通行止めや地下鉄の一部閉鎖などのインシデントが相次いだことから、世界中で大きなニュースとして取り上げられた。パリ市庁舎はセーヌ川のすぐ脇に所在するため、自宅待機を余儀なくされた職員も多かったが、こうした緊急時にも、テレワークのシステムを最大限に活用することで平時とほぼ変わらず業務を継続することができたそうだ。

初の女性市長が掲げた目標1500人はすでに突破

パリ市に初めて女性市長が誕生して3年半以上が経ちますが、左派のイダルゴ市長は就任当初から新しい働き方の導入に注力してきました。テレワークも積極的に導入しており、2016年に設定された 2018年末の目標である1500人は2017年末の時点でクリアされ、新たに2000人という目標が設定されました。

パリ市の職員数は5万2000人ですが、その多くは、清掃員や美術館・公園の監視員など現場出勤が必要な職員で、テレワークが可能な職業に従事するのは1万人のみです。2015年にこの事務職に就く1万人の職員を対象にイノベーティブな働き方に関するアンケート調査を行った際、最も希望の多かったのがテレワークの導入でした。これを受けて、希望者150人を対象にテレワークを試験導入するテスト期間を設けました。自治体では、こういった新しい制度の導入時には必ずテスト期間を設ける必要がありますが、これは、労働組合との交渉時にも必須条件となります。

2016年のデクレで正式に始動

2016年2月11日、公共部門(国と公共団体)におけるテレワークに関するデクレ(政令)が公布され、いよいよパリ市でも本格導入が始動しました。労組との協定が締結され、希望者はこの協定に署名することで正式にテレワークをスタートできるようになりました。協定には、実施曜日、時間、場所、連絡ができる時間帯が明示されています。この協定案を策定するに当たり、管理職と労組の説得に多くの時間が費やされました。自治体は、スピード感のある経営管理が可能な民間企業と比べてどうしても新しい制度の導入に時間がかかってしまいますが、関係者全員(テレワーク希望者・労組・管理職)が納得して合意に至らなければ、後に支障が生じる原因にもなるため、準備には十分な時間がかけられました。

新しい働き方に備えた組織構築

2015年のテスト導入時には、部下を新しい方法で管理しなければならなくなった管理職の側からの反発が多くありました。テレワークの導入に躊躇する管理職の理解を得るために、講演会とセミナーを多く開催して、テレワークが日常的に行われ、その効果が実証されている多くの企業やスタートアップの例を挙げ、自治体でもそれが可能であることを主張していきました。

講演会ではテレワーク専門のコンサルタントを招いて、数々の具体例を検証し、解決策を模索しました。一番効果的だったのは、テスト期間でテレワークの効果に納得した管理職が、不安を訴えるほかの管理職への説得を試みるという方法でした。

また、労組の側では、テレワーカーが自宅にいることでほかの同僚たちに対して引け目を感じ、プレゼンスを強調するために労働時間を超えてまで働く恐れがある、という懸念を抱えていました。そのため、労働時間の上限を7時間40分以内と定めました。職場のデスクは保持され、テレワークを中断していつでもオフィスに戻れることも確約しました。同僚とのコミュニケーションを円滑にするため、テレワーカーは1日4回(作業開始時、昼食前/昼食後、作業終了時)、パリ市のイントラネット「ChronoGestor」を通して勤務状況を知らせることが義務づけられています。また、孤立防止や保健衛生の面からも夜間のテレワークを禁止し、勤務時間は8時~19時半の間の約7時間(45分の休憩を含む)とすることが決められました。

なお、2016年のデクレではテレワークは週2日が最大でそれ以上は推薦されていません。テレワーカーが気軽に相談できる労働医や、精神ケアサポートの体制も確立されています。また、2017年5月より、テレワーカーを部下に持つ管理職とテレワーカーはパリ市が開催するテレワーク・セミナーに年間7回出席することを求められます。これは、各部署から上がって来た問題点などを一緒に話し合うことで共通の問題意識を持ち、テレワークに関するタイムリーな情報を共有する目的があります。これに追加して、年に数回、管理職による管理職のためのセミナーが開かれていますが、管理側の特質的な問題を解決する格好の場所となっています。

予想を上回るテレワーク人気に対応しきれず

テレワークに関するアンケートでは、電話応対や同僚とのやりとりなどによって作業の中断を余儀なくされる時間がテレワークでは3分の1以下に減るという結果が出ています。テレワークの経験者は、作業に集中できるため20~50%の割合で生産性が高くなるとして、テレワークを全面的に支持しています。そのため、希望者は増えるばかりで、パリ市の対応が追いついていない状態が昨年から続いています。テレワーカーはテレワークに必要なノートパソコン、マウス、ヘッドフォンなどがパリ市より貸し出されることになっていますが、その調達が大幅に遅れており、現時点で1500人が、協定に署名しているにもかかわらず、規定のマテリアルが揃っていないためにテレワークを開始できずにいます。

また、予想以上にテレワーカーが増える一方で、技術的なサポートが追いつかないという問題もあります。例えば、オフィスにかかってくる電話がテレワーカーのノートパソコンに転送されるシステムがありますが、これがうまく機能せず、 結局オフィスにいる同僚が電話を代わりに受けなければならないといったケースが挙げられます。

テレワーカーの生産性向上の裏でオフィス勤務者への負担が増えることのないように、早急な対応が必要とされる課題となっています。他方、現在はテレワーク場所として自宅のみ(※1)が許可されていますが、自宅がテレワークに向かない職員からの要望に対応するため、サテライトオフィスを設置するプロジェクトが急ピッチで進行しています。

テレワーク導入における5つのメリット

  1. 平均で5.5日の病欠減少
  2. 平均で生産性22%向上
  3. 平均で40分の通勤時間節約
  4. 平均で45分の睡眠時間増加
  5. 年間4万キロのカーボンフットプリントの削減

出所:パリ市の資料「Conférence Télétravail Déploiement 25012018」より

成功の5つの秘訣

職員たちにも好評な、テレワークを長期的に成功させる5つの秘訣をご紹介しましょう。

  1. 背筋を真っすぐ!(ベッドで仕事しない、自宅オフィスの環境を整える)
  2. 着替える!(自宅だからといってパジャマで仕事をしない)
  3. きちんと食べる!(昼食は決まった時間にデスクとは別の場所で取る)
  4. 無理しない!(1時間に最低でも5分の休憩を取る)
  5. 電源を切る!(勤務時間が終了したら接続を切る)

出所:パリ市の資料「Conférence Télétravail Déploiement 25012018」より

2024年夏季オリンピック開催に向けて

パリ市では2024年の夏季オリンピック開催に向け、テレワークをはじめとした新しい働き方の導入に注力しています。これは、開催時の市内の交通混雑で通勤に大きな支障が生じることが予測されていることから、まずはパリ市職員のテレワークを成功させることで、競技場のあるパリ近郊のほかの自治体や企業の賛同を効果的に呼びかけたいからです。

大気汚染問題に関しては、大気汚染と騒音の軽減につながっている「ノーカーデー」を引き続き設けていく予定です。地下鉄・パリ急行列車でのダイヤの乱れや混雑問題は、今後の課題として RATP(パリ交通公団)とIle de France Mobilités(イル=ド=フランス・ モビリティ)と協力して抜本的な解決が急がれています。こうした努力をフランス全体の底上げ効果につなぐべく、テレワークのさらなる発展を目指し、自治体におけるテレワークのモデルケースとして世界へ向けたメッセージを発信していきたいです。

 

※1 例外的に職員が週末に過ごす田舎の家などが許可されることもあるが、事前の登録が必要。コワークスペースのような公共の場所は認められていない。