米国における高齢者のための法制度

ケイコ オカ

2025年02月13日

多様な法制度で高齢者の生活と健康をサポート

米国には高齢者に関わるさまざまな法律がある。たとえば、65歳以上の高齢者が受けられる政府管掌の健康保険であるメディケアに関する法律や、日本の年金に相当する社会保障(Social Security)に関する法律は、高齢者の健康と生活を支えるための重要な法律である。

また、職場における40歳以上の人に対する差別を禁止する「雇用における年齢差別禁止法」(Age Discrimination in Employment Act of 1967, ADEA)(※1)や、高齢者向けの社会福祉に関する法律「米国高齢者法」(Older Americans Act of 1965)、比較的新しい法律としては、高齢者に対する虐待、放置、搾取に対応する「高齢者のための公正法」(Elder Justice Act of 2010)などがある。

米国は定年のない国

米国には日本のような定年制がない。これは、ADEAが「使用者が、採用、解雇、昇進、訓練、報酬または雇用条件に関し、高齢労働者を差別すること、年齢を理由に労働者を制限、分離、分類し、雇用上の機会を失わせ、その他その地位に不利な影響を与えること、本法に従うための労働者の賃率を低下させること」(同法4条(a))と定めているためである。一定の年齢に達したという理由で、従業員との雇用契約を終了することは違法となる。同法の対象となるのは40歳以上で、適用事業所は20人以上の規模であるため、包括的な「年齢差別禁止法」ではない。

しかし、ADEAは、その職業が真正な職業資格に該当する場合を除いて、求人広告において年齢制限や年齢による優遇措置を設けることを禁止している。労働者の募集において、事業主が「25~35歳の者」「大学生」「新卒者」といった表現を用いること、「40~50 歳」「65歳以上」といった特定の層を限定した表現を用いることは違法となる。また、採用面接時に応募者の年齢を聞くこと自体は違法ではないが、応募者が40歳以上である場合にはADEAの保護対象となる。そのため、事業主が応募者の生年月日を尋ねたり、年齢を推定させるような誘導的質問をしたりすると、高齢者の採用を避けようとする意図があると捉えられ、年齢に基づく差別であると見なされる可能性がある。したがって、ADEAは雇用における年齢差別禁止法として大きな役割を果たしているといえる(※2)。

年齢差別は経済にも影響を及ぼす

ADEAのような雇用における年齢差別禁止法があっても、年齢を理由とする不公平な取り扱いは依然として存在する。雇用差別に関する法律の執行を担う「雇用機会均等委員会」(Equal Employment Opportunity Commission, EEOC)によると、雇用差別を受けたという申し立ては年間約8万1000件で、そのうち年齢を理由とする申し立ては約1万4000件である(2023会計年度)(※3)。雇用における年齢差別が与える影響は大きく、当事者はもとより、当事者周辺や社会にも及び、それによって米国経済は年間8500億ドルのGDPを失っているという試算もある(※4)。

なお、EEOCは2024年にハラスメントに関する新しい指導指針を出している(※5)。同指針では、年齢に基づくハラスメントには、「高齢労働者に対する否定的な認識に基づくハラスメント」や「高齢労働者に対する固定観念に基づくハラスメント」が含まれる。たとえば、高齢労働者がテクノロジーを扱う仕事に向いていないという固定観念に基づいて、テクノロジーの関与が少ない仕事に異動するよう圧力をかける行為はハラスメントに当たると説明している。

高齢者の福祉を定める米国高齢者法と社会サービス・プログラム

1965年に成立した「米国高齢者法」(Older Americans Act of 1965)は、主として60歳以上の高齢者を対象とする、コミュニティ計画や社会サービス・プログラムについて定める基本法である。同法に基づく社会サービス・プログラムには、在宅介護、食事サービス(宅配を含む)、家族介護者の支援、コミュニティサービスの雇用、施設の高齢者虐待などの問題に対応する長期介護オンブズマン・プログラムなどが含まれる。

同法はこれまでに複数回改正されており、2006年、2016年、2020年の大規模な改正によって、サービスの改善、拡充、促進がなされている。これらの社会サービス・プログラムは主に米国保健福祉省地域社会庁内の「高齢化対策局」(Administration on Aging)が管轄し、州高齢者局や市・郡の地域高齢者局を通して提供される。高齢化対策ネットワークの組織と社会サービス・プログラムの流れは図表1のとおりである。

【図表1】米国における高齢化対策ネットワークと社会サービス・プログラム

米国における高齢化対策ネットワークと社会・サービスプログラム

*アメリカン・インディアンの部族組織については、州高齢者局を通さずに独自のルートでサービスが提供される。
出所:Congressional Research Service, “Older Americans Act: Overview and Funding” (2024) https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R43414 (last visited January 24, 2025)に基づき筆者作成。

米国高齢者法の課題

米国高齢者法の制定は1965年と、ちょうど60年前である。その間に高齢者の数は増え、平均寿命は8歳延び(※6) 、生活スタイルも変わった。そのため、米国高齢者法に基づいて提供されるサービス・プログラムが現在の高齢者のニーズに合致していないという指摘がある(※7)。具体的には、介護人材の不足(※8)や高齢の貧困層の増加(※9)などが問題となっており、それらへの対応が求められている。

(※1)1967年12月15日成立、1968年6月12日施行。1990年高齢労働者福祉保護法(Older Workers Benefit Protection Act of 1990)や1991年公民権法(Civil Rights Act of 1991)などによってこれまで複数回改正されている。
(※2)リクルートワークス研究所「Works University労働政策講義2024 09高齢者就業支援」(2024年)を参照(https://www.works-i.com/research/labour/item/2024_wu_jp09.pdf, last visited January 24, 2025)
(※3)U.S. Equal Employment Opportunity Commission, “Enforcement and Litigation Statistics” https://www.eeoc.gov/data/enforcement-and-litigation-statistics-0 (last visited January 24, 2025)
(※4)AARP, “The Economic Impact of Age Discrimination” (2020) https://www.aarp.org/content/dam/aarp/research/surveys_statistics/econ/2020/impact-of-age-discrimination.doi.10.26419-2Fint.00042.003.pdf (last visited January 24, 2025)
(※5)U.S. Equal Employment Opportunity Commission, “Enforcement Guidance on Harassment in the Workplace” (EEOC-CVG-2024-1) https://www.eeoc.gov/laws/guidance/enforcement-guidance-harassment-workplace#_Toc164808006 (last visited January 24, 2025)
(※6)米国国立衛生統計センターによると1965年の平均寿命は70.1歳、2023年の平均寿命は78.4歳。
(※7)Cara James, “The Older Americans Act is not Keeping Pace with Today’s Older Adults” (2024) https://www.thewellnews.com/opinions/the-older-americans-act-is-not-keeping-pace-with-todays-older-adults/ (last visited January 24, 2025), Ramsey Alwin, “Tell Congress: It’s Time to Strengthen the Older Americans Act” (2024) https://generations.asaging.org/its-time-strengthen-older-americans-act (last visited January 24, 2025)
(※8)詳しくはBipartisan Policy Center, “Addressing the Direct Care Workforce Shortage: A Bipartisan Call to Action”(2023)を参照(https://bipartisanpolicy.org/download/?file=/wp-content/uploads/2023/11/BPC-Direct-Care-Workforce-Report-Final.pdf, last visited January 26, 2025)。
(※9)2020年以降、米国では新型コロナウイルス感染症の影響で相対的貧困率が上昇しているが、高齢者の中では特に80歳以上の相対的貧困率が高い(Congressional Research Service, “Poverty Among the Population Aged 65 and Older”〈2022〉https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R45791, last visited January 26, 2025)。

ケイコ オカ

2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。