働くシニアの増加――フルタイムで稼ぐ米国のシニアワーカー
65歳以上労働者の増加
かつて、米国の高齢者は一定の年齢に達すると仕事を辞めて、リタイアメント生活を楽しむのが一般的だった。日本の公的年金にあたる社会保障を受け取り、不足分は企業年金や投資収入で賄うスタイルが多く見られた。筆者が初めて米国を訪れた1980年代後半にも、そのような印象を受けた。米国に定年制はなく、希望すれば80歳まで働くのも可能であるが、多くの人は早期リタイアを目指していたようである。
しかし、現在では米国で働く高齢者(シニアワーカー ※1)が増えている。米国労働統計局の調査によると、65歳以上の就業率は1980年代よりも大幅に上昇している。1987年は11.1%だったが、2023年には18.8%に増加している(図表1 ※2) 。
【図表1】65歳以上の就業率(1987~2023年)
出所:U.S. BLS Current Population Surveyより「Employment Population Ratio- 65 years and older」でデータ抽出(各年第4四半期の数字、季節未調整値)
時給の上昇に加えて、フルタイムで働く傾向が強まる
増えているのはシニアワーカーの数だけではない。その収入も増加している。米国のシンクタンク、Pew Research Centerの調査によると、65歳以上労働者の平均時給は1987年には13ドルだったが、2022年には22ドルに上昇した(※3)。25~64歳の労働者の平均時給は同期間に21ドルから25ドルにしか上がっていない。このことから、シニアワーカーの収入が大幅に増加していることがわかる。1987年には25~64歳と65歳以上の賃金格差が8ドルあったが、2022年にはわずか3ドルにまで縮小している。また、フルタイムで働くシニアワーカーの割合も増加しており、2022年には62%に達し、1987年の47%から15ポイントも上昇している(※4)。
なぜシニアワーカーは増えているのか
シニアワーカーが働く理由はさまざまあるが、大きく分けると「働きたいから」と「必要に迫られて」の2つに分類できる。
まず、「働きたいから」働く人が増えている。米国では平均寿命が延び、健康なシニアが増加している。複数の調査結果から、仕事を続けることが身体的な健康や認知機能の維持に役立つことが示されている。仕事をすることで得られる達成感や社会参加の充実感、職場での人間関係を重視する人も多い。
ある調査によると、65歳以上労働者の67%が、仕事に満足しており(※5)、これは他の年齢層と比べても高い数字である。50~64歳で55%、30~49歳で51%、18~29歳では44%であった。シニアワーカーは上司との関係や日常業務などに非常に満足しており、「仕事が楽しく充実している」と感じている。
一方で、経済的な理由から「必要に迫られて」働く人もいる。これは、米国の社会保障制度改革が一因である(※6)。1980年代前半に、社会保障を満額で受け取れる年齢(FRA)が65歳から67歳に引き上げられた(※7)。この改革により、65歳以上の就業率が大幅に上昇した。また、民間企業では、確定給付型年金制度(Defined Benefit; DB)から確定拠出型年金制度(Defined Contribution; DC)への移行が進んだ。DCには早期退職のインセンティブがないため、FRAを迎えた後も働き続けるシニアが増えた。米国の社会保障制度は長い間、財政的に厳しい状況にあり、満額で受け取れても生活を支えるには不十分である。DCへの移行によって企業年金も減少した。住宅価格の高騰や健康保険料の上昇もあり、老人ホームの個室に入居するには月額約9700ドルもかかる(※8)。これらの要因から十分な資産がない限り、働き続ける以外の選択肢がない。
シニアワーカーに高まる需要
シニアワーカーを雇用する企業が増えている。シニアワーカーは、業界の変化や技術の進歩に対応し、豊富な経験、適応力、回復力を持っている。こうした社員がいることで、組織に安定性が高まり、離職率の低下が期待できる。さらに、さまざまな年齢層がいることで多様性に富んだ協調的で革新的な職場環境が生まれやすくなる。
しかし、シニア層が希望する企業で働くためには、経験だけでは不十分な場合がある。LinkedInといったソーシャルメディアの活用、業界トレンドの継続的アップデート、AI技術などの新しいツールの獲得といった積極的なリスキリングやアップスキリングが欠かせない。これはシニアに限らず、全世代の求職者に共通する課題である。
シニアワーカーは今後も増え続ける
米国労働統計局は、シニアワーカーの数が今後も増加し続けると予測している。労働力人口に占める65歳以上の割合は、2003年には3.2%、2013年には5.2%、2023年には6.7%と増加しており、2033年には8.6%に上昇すると見込まれている(図表2 ※9)。
【図表2】労働力人口に占める割合(年齢層別)
出所:U.S.BLS, “Employment Projections” (2024) https://www.bls.gov/emp/tables/civilian-labor-force-summary.htmを基に筆者作成
米国も、日本ほどではないが、人口の高齢化が進んでいる。出生率の低下や教育の長期化などで、労働市場に参入する若者は減少している。移民流入による人口増加があるとしても(※10)、国際競争に勝つ労働力を維持するためには、高齢者に働いてもらう必要があり、「早期退職」は過去の産物になりつつある。
シニアワーカーをさらに増やすためには、4つの「R」=「Retain(維持)」「Recruit(募集・採用)」「Reskill(リスキル)」「Respect(尊重)」が重要であるという(※11)。シニアワーカーの関心を引く仕事でRetain&Recruitし、必要に応じてReskillを促し、それぞれの意志や能力をRespectすることで、シニアワーカーのやる気を引き出し、継続的な就業につなげることが狙いである。シニアワーカーの活用は、人材確保と労働力減少時代を乗り切るために不可欠であり、その重要性は今後さらに増すだろう。
(※1)ここでいうシニアワーカーは65歳以上の労働者を意味する。
(※2)2020年以降、新型コロナウイルスの影響で一時的に就業率が減少していることを注記しておく必要があるだろう。
(※3)2022年時点の貨幣価値で換算した数値。Pew Research Center, “Older Workers Are Growing in Number and Earning Higher Wages” (2023) https://www.pewresearch.org/wp-content/uploads/sites/20/2023/12/ST_2023.12.14_Older-Workers_Report.pdf (last visited October 3, 2024)
(※4)前掲※3
(※5)Pew Research Center, “How Americans View Their Jobs” (2023) https://www.pewresearch.org/wp-content/uploads/sites/20/2023/03/ST_2023.03.30_Culture-of-Work_Report.pdf (last visited October 3, 2024)
(※6)Jonathan Yoe, “Why Are Older People Working Longer?” Monthly Labor Review (2019) https://www.bls.gov/opub/mlr/2019/beyond-bls/why-are-older-people-working-longer.htm (last visited October 3, 2024)
(※7)FRAは生年によって異なり、2024年現在、1943~1954年生まれは66歳、1955年生まれは66歳2カ月、1956年生まれは66歳4カ月、1957年生まれは66歳6カ月、1958年生まれは66歳8カ月、1959年生まれは66歳10カ月、1960年以降は67歳となっている。
(※8)金額は2023年時点の全米中央値。National Council on Aging, “Nursing Home Costs and Payment Options” (2024) https://www.ncoa.org/adviser/local-care/nursing-homes-costs/#:~:text=According%20to%20the%20Genworth%202023,Genworth (last visited October 3, 2024)
(※9)U.S.BLS, “Employment Projections” (2024) https://www.bls.gov/emp/tables/civilian-labor-force-summary.htm (last visited September 28, 2024)
(※10)移民の増加が経済活動を活性化したという見解もあるが、多くは不法移民であり、米国政府が今後どのような移民政策を導入するかによって状況が変わる可能性は高い。
(※11)Bain & Company, “Better with Age: The Rising Importance of Older Workers” https://www.bain.com/insights/better-with-age-the-rising-importance-of-older-workers/ (last visited October 3, 2024)
ケイコ オカ
2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。