2020年に向けたモチベーションのあり方とは!?
Vol.2 ダニエル・ピンク氏(Daniel H. Pink) 作家
モチベーション3.0「アメとムチ」から「自由と自律」へ
19世紀から20世紀にかけて、多くの企業が行っていたのは、私が「モチベーション2.0」と呼ぶ「アメ(報酬)とムチ(罰)」に基づく働くことへの動機づけでした。経営側から見て、望ましい成果にはアメ(報酬)を与え、望まない結果にはムチ(罰)を与えればいいという仕組みが、世界中で長年実施されてきました。
ところが、この手法はルーチンワーク中心の時代には有効でしたが、21世紀を迎えて、ホワイトカラーに求められる仕事がより複雑でクリエイティブなもの、イノベーティブなものになってきたことによって、適さなくなってきています。
これからの仕事に取り組むために重要になるのは、「アメとムチ」のような外的な動機づけではなく、働く人自身の内面から湧き上がる「やる気」をいかに引き出すかといった、内発的動機づけが重要になります。私はそれを、「モチベーション3.0」※1と名づけました。
人をただ言いなりにさせる、命令に従わせるというのでは、ハイパフォーマンスは期待できません。物事に積極的に取り組んでいくためには、ある程度の自由を与え、「自分で目標を決め、目標達成のための段取りを考え、実行していく」といった、自律的に取り組む環境を作ることが必要だということは、多くの学術的な調査・研究ですでに実証されてきています。
「やる気」(ドライブ)研究の新しい流れ
そのような考え方を実際に企業経営に反映させた1つの例が、私の著書『モチベーション3.0』でも取り上げた「20%ルール」。これは、勤務時間の20%を自ら選んだ好きな企画に充てることができるという、グーグルなどで実施されているもので、ここから非常に重要な仕事が誕生しているといいます。
ほかにも、オンラインDVDレンタル会社のネットフリックスでは従業員はいつでも好きなときに休暇が取れ、オーストラリアのソフトウエア会社アトラシアンでは、丸一日好きなことに取り組める「フェデックス・デー」を設けています。
これらの例にもあるように、IT関連やメディア、広告、デザイン会社など、クリエイティブ要素の高い業界・企業では、これらの環境づくりに比較的取り組みやすいと思います。しかし、必ずしもこういった企業ばかりではなく、規律性が重視される製造業などでも「自律性」はとても効果的です。
それに関しては、ある意味、日本は米国の「師匠」でした。稼働中の生産ラインでトラブルを発見した労働者に、ラインを止める自律性を与えたトヨタ生産方式は、米国の自動車工場では考えられないことでした。つまり、規律性の高い職場であっても、労働者の自律性は必須なのです。
実際に、病院の床掃除に従事する労働者を対象にした調査で、仕事のやり方に自由度を与えたほうが仕事の能率と質が上がることが確かめられたそうです。また、事前に、「あなたたちの仕事はただ床を掃除することではない。床掃除を通じて、質の高い医療の提供に貢献することだ」という目的・意義をしっかり伝えると、さらに仕事の質が上がったそうです。
自律性は、自分の人生を自分でコントロールし、自分で決めるということを意味しています。そのような「自己決定」に対する欲求は、人が人であるために欠かせないもの。そして、何か意義のあることを行い、成長し、学びたいという思いは、どのような仕事に従事するかだけでなく、米国でも日本でも韓国でも英国でもボリビアでも……、国や地域・民族に関係なく、ユニバーサルなものなのです。
予測のつかない時代だからこそ、個人の意欲、モチベーションが重要
労働市場の一部がグローバル化する動きは、今後ますます加速化すると思います。特にその促進要因となるのがITです。
世界中の登録者に、データ入力やプログラミング、翻訳、デザインといったさまざまな仕事をアウトソースするElanceという人気ウェブサイトが米国にあります。「ウェブサイトのデザイン、アプリケーションの開発ができる」というような労働者側からの提示に対し、雇用する側は「いくら払う」という提示をする。日本にいながら、ベネズエラ人を雇うこともできるのです。これなどまさに、グローバル労働市場といえます。
さらに、PCで遂行可能なルーチンワークの多くが、よりコストの低い国や地域に流れていくのは、世界の潮流です。現在は、こうした場所は中国やインドですが、すぐにマレーシアやフィリピン、ガーナなどになるかもしれません。
その一方で、ローカルなままでも存在する労働市場もあります。私が庭仕事やオフィスの床の清掃をお願いしたい場合、わざわざ外国から人を呼ぶことはありません。歯科医院や病院で受診する場合も同様です。グローバル化とローカル化、その二極化が明確になってくると思います。
変わるものと変わらないもの、その違いは非常に大きいと考えられます。しかも、その変化は、簡単には予測できないものです。
2002年を振り返ると、ツイッターもフェイスブックもありませんでした。ブロードバンドもスマートフォンも浸透していませんでした。日本では、この10年間に首相が何回変わったでしょうか。さらに、誰が東日本大震災を予測できたでしょう。
活気ある会社組織を作るための「やる気」(ドライブ)
そのようななかで、私は玄田有史教授の「希望学」に大きな関心を寄せています。希望のない社会、明日は今日よりも良い日になるということを信じない社会では、モチベーションを高めるのは非常に難しいことだと思います。ところが、フリーターの多くは、どうでもいいとあきらめて希望を失ってしまっていると、玄田教授は指摘されていて、これは非常に深刻な問題だと思います。
一方で、東日本大震災が、人々に希望を与えている側面もあるのではないでしょうか。私たちならできる、私たちはこのひどい混乱を乗り越えることができる、意味のあることができる、目的意識がある……と。
日本の過去65年の歴史を見れば、モチベーションのない国だと思う人は誰もいないでしょう。日本は何もない状態から、経済大国へと成長しました。ただし、この20年間は、それまでとは少し違っていました。非常に成長速度の遅い20年でした。しかし、大震災を経て、日本は今また大きく変化する可能性があります。
私が考える「モチベーション3.0」が実現される職場とは、そんな変化を支えるうえで大きな役割を果たせるのではないかと思います。
私たちは、自分の人生を自分でコントロールし、方向を定め、意義のあることを行い、成長し、学びたいと思っています。自分自身よりも大きな何かの目的のために行動したいと思い、目的・意義を求めています。
これらの要素は、すべて人間が人間であるために必要不可欠なこと。そのような人間の本質に合わせれば、会社はよりうまく機能し、人々はより幸せになることでしょう。
※1 「モチベーション3.0」
コンピュータ同様、社会にも人を動かすための基本ソフト(OS)があるという考え。
「モチベーション1.0」…生存を目的とする人類最初のOS。
「モチベーション2.0」…アメとムチ=信賞必罰に基づく、与えられた動機づけによるOS。
「モチベーション3.0」…自分の内面から湧き出る「やる気!」に基づくOS。
(『モチベーション3.0』より抜粋)
プロフィール
ダニエル・ピンク氏(Daniel H.Pink)
1964年生まれ。エール大学ロースクールで法学博士号取得。クリントン政権下でゴア副大統領の主席スピーチライターなどを務める。その後、世界各国の企業、組織、大学などで講義を行う一方、テレビや新聞などでも活躍。主な著書に、『フリーエージェント社会の到来』(ダイヤモンド社)、『モチベーション3.0』(講談社)など。