グローバル時代における労働市場の現実と課題

Vol.3 リンダ・グラットン氏(Lynda Gratton) ロンドン・ビジネス・スクール教授

2014年01月29日

高齢者をいかに労働力として取り込むかは、世界共通の課題

今後10年、20年先の働き方や雇用の未来について考える際、「人口構成の変化と長寿化」「テクノロジーの進化」「グローバル化の進展」「社会の変化」「エネルギー・環境問題の深刻化」という5つの要因について考える必要があります。

特に日本にとっては、「人口構成の変化と長寿化」「テクノロジーの進化」の2つが重要な要因になるでしょう。そこでまず、「人口構成の変化と長寿化」について考えてみたいと思います。

日本に限ったことではありませんが、人々の長寿化が進んでいるにもかかわらず、高齢者は依然として特別に扱われているといわざるをえません。日本では65歳定年制が話題になっていますが、世界中で見ていけば、現在でも55歳や60歳で退職している人が多い。70歳でも健康な人が増えているのに、おかしなことです。

今現在は高齢化が社会問題になっていない中国でさえ、20年以内には、日本と同じ人口構成を持つようになるだろうと予測できます。高齢化は、世界にとって非常に深刻な問題となるでしょう。

ところが、企業はこの問題を十分に把握できているでしょうか。高齢者の雇用に関しては、欧米でさえ参考になる事例はごくわずかとしか言いようがありません。

たとえば、ウォルマートのような小売チェーンでは80歳の高齢者を雇用していますが、主にお客さま案内係や商品の陳列などの仕事が中心です。企業が、高齢になった人は管理職をこなせないと思っていることは、大きな問題ではないでしょうか。

日本の場合、最近の高齢者はPCスキルに長け労働意欲が高いなど、以前の高齢者とは大きく状況が異なると思います。大学の進学率は上昇していますし、教育水準の高い労働力の高齢化が進んでいる証拠でしょう。

だからこそ、社会や個人のセカンドキャリアに対する意識を大きく変化させていく必要があると思います。

また、日本の場合は、女性の労働力参加も、大きな課題の1つだといえます。

英紙『フィナンシャル・タイムズ』に掲載された記事では、女性をより活用するだけで、生産性を15%引き上げることができると書かれていました。その点、欧米企業は、女性の活用においては日本の企業よりもはるかに進んでいます。

一方、人口構成という視点から考えると、特に欧州では、移民が課題となってくると思われます。政府や企業の対応がまだ混乱状態にあるなかで、未来を予測するのは厳しいというのが実情ですが、それでも今後、移民の規制を緩和していくというのが大きな流れとなると予測しています。

テクノロジーの進化が、人々の仕事を奪い、より格差を広げる

「人口構成の変化と長寿化」に並ぶ2つ目の要因、「テクノロジーの進化」についても触れておきたいと思います。

世界的に考えても、テクノロジーの進化は、人々の多くの仕事を奪っているといえます。かつては人の手を必要とした、さまざまなルーチンワークがテクノロジーに取って代わられたように、将来的には、より価値の高い仕事もテクノロジーの進化によって奪われ、仕事を失う人がさらに増加するでしょう。

同時に、残った仕事はより複雑化し、さらに高い教育水準を必要とするでしょう。そのため、スキルや教育レベルによる格差も生まれてくるでしょうし、地域・国ごとの格差も大きくなると予測されます。

たとえば、上海で出会う多くの若者たちは、自分たちの未来に対してワクワクして期待感を持っています。一方、スペインでは失業率が45%となり、明るい未来への期待にあふれているとはいえない状況です。

だからこそ、私は著書『ワーク・シフト』のなかでも、暗いデフォルトの未来と明るい未来のシナリオを、いくつかの事例をもとに描きました。未来を予測するうえでは、常に明るい側面と暗い側面の両方が共存します。それを明確にすることが、未来について考える際には非常によい方法だと考えています。

地域や国の違いによっても、個々のシナリオが存在する

現在、多くの欧米企業にとって、中国とインドが、消費と人材の2大市場だというのは明らかな事実です。私は、15年前から中国とインドの研究を行い、頻繁に両国を訪れていますが、この2つの国の違いが明確化してきています。

1つ目は、それぞれの人口構成。特に、一人っ子政策を導入している中国に対して、インドでは、1世帯あたりの子どもの数は、平均して2.7人。将来的に、その違いは大きな差となると考えられます。

2つ目は、政府の規制です。中国では企業に対して政府は大きな影響力を持ちますが、インドでは政府の役割は非常に小さい。

その分、インドの企業は、独自に優れたHRを構築しているともいえます。インフォシス、ウィプロ、タタ、バーラ、マヒンドラは、インドで急成長している企業ですが、人材に対する関心が非常に高く、世界トップクラスの人事制度を設けています。

他方の中国はというと、以前、上海のChina Europe International Business School(中欧国際工商学院、通称シーブス)というビジネススクールがHRコミュニティをまとめようとして、さまざまな中国企業に参加を募ったけれども、2社しか参加しなかったということがありました。

その事実からも、多くの中国企業にとっては今の成長が最大の関心事で、情報共有や未来についてはあまり関心を示さないという印象を受けました。それだけ、中国のHRコミュニティは混沌としています。

それだけに、私が関わっている中国企業の離職率は平均30%と非常に高く、海外のビジネススクールで学び、起業する若者も多いといえます。

一方で、英国は深刻な経済問題を抱えているため、会社を辞める人はほとんどいません。

特に、私がY世代と呼んでいる1980~95年頃の生まれの、PCやインターネット、ソーシャルメディアなど、さまざまなデジタル技術とともに子ども時代を送った最初の世代は、学ぶために会社に入社するという意識を持っています。

そして、ハイスペシャライゼーション(高度専門化)という概念に高い関心を持っています。そのためには、企業も個人も投資をしながら成長していく必要があります。

これらの各国の状況にあるように、人事制度の考え方は国や地域に応じて必要になるということです。

グローバル化で、24時間世界中をつないで仕事が動いていく時代になりました。それだけ、さまざまな人が、さまざまな場所で、それぞれのキャリアのシナリオを描いています。それらのシナリオを理解していくことが、今後を考えるうえでの重要なヒントになると思います。

プロフィール

リンダ・グラットン氏(Lynda Gratton)

ロンドン・ビジネススクール教授

経営組織論の世界的権威で、英紙『タイムズ』の選ぶ「世界のトップビジネス思想家15人」の1人。組織におけるイノベーションを促進するホットスポッツムーブメントの創始者。人事、組織活性化のエキスパートとして、欧米、アジアなどのグローバル企業に対してアドバイスを行う。現在、シンガポール政府のヒューマンキャピタルアドバイザリーボードメンバーでもある。近著に、『ワーク・シフト』(プレジデント社)。