サントリーホールディングス株式会社 人事部部長 千大輔氏

3500人が活用する「S流仕事術」とは?

2016年07月05日

従業員6500人の約3500人が在宅勤務を利用

サントリーの大阪本社にある営業の企画部門。例えば『プレミアムモルツ』の特定のエリアの販売計画を作成し、その計画達成のために営業にどのような活動をしてもらうかを考えるのが企画スタッフの仕事だ。ある女性社員の場合、実際の営業への指示や販促物の手配などは日中にこなし、夕方17時には会社を出て保育園へ子どもを迎えに行く。帰宅後、家事を一通りこなした後、忙しいときには20時にパソコンのスイッチを入れて資料作成を始め、22時には完了する。限られた時間を最大限活用し、プライベートを担保しながら業務アウトプットの量と質も確保する。

1年前までこの企画部門でマネジャーを担当していた人事部部長の千(せん)氏は「当時5人のメンバーのうち4人が女性で、家庭があったり育児中だったりしましたが、それぞれ限られた時間で最大の成果を追求し、非常に高いアウトプットを残していました」と語る。昨今、在宅勤務やフレックスタイムを導入する企業は少なくないが、サントリーでは国内主要グループ会社の社員6500人のうち約3500人が在宅勤務の利用実績がある。ここまで全社的にフレキシブル・ワークを浸透させ、確かな成果につなげている例は多くないだろう。千部長にその秘訣を聞いた。

「挑戦と創造」の基盤、「ダイバーシティ経営」

2010年、サントリーは「ワークスタイル革新」を掲げ、その方法論として「S流仕事術」を提示した。これは主に女性の活躍やグローバル化を背景として、従来の9時~17時半、毎日事業所に来て働くスタイルから、場所や時間の制約にとらわれず自由に働ける環境を創ろうという考え方。この「S流仕事術」の目玉となるのは在宅勤務とフレックスタイム制である。

「かつては当社も長時間労働でも成果さえ上げていればOK、という考え方があったのは確かです。しかし、これからは限られた時間内で最大限の成果を発揮するという発想に切り替えないといけません。育児や介護などで長時間働けない社員もいますし、海外ではそういう働き方をしていませんから」(千部長)。

「やってみなはれ」に代表されるようにサントリーは自由闊達で「挑戦と創造」を重んじる社風がある。そして、これを支えるのが「ダイバーシティ経営」なのだ。文字通り性別や国籍、年齢などに制約されることなく、多様な個性がぶつかりあうことで新たな価値を創造していくのがサントリーのダイバーシティ経営である。「S流仕事術」はその延長上にあり、さらに時間や場所の制約をも取り払う。

まずマネジャーが率先して活用

「S流仕事術」が目指すのは時間と場所にとらわれず柔軟な働き方で生産性を上げ、イノベーティブな発想を高めていくこと。他社との違いはこれを具体的に複数のパターンで明示し、人事部や各管理職が率先して活用しながら浸透を図っていった点にある。最初はまず20部署くらいに声をかけて試験的に導入をスタート、そこで出た意見を吸い上げて、「これならいけるね」という状態を確認した上で2010年8月に本格導入した。

「それでも最初はなかなか使ってもらえないということで、人事スタッフが手分けをして各事業所を回り、『働き方を変えていくことがサントリーの今後の成長を左右します』と草の根で訴えていきました。同時に社長や各部門のトップからも活用するようメッセージしてもらい、ミドルのマネジャーには『まずマネジャーのみなさんが使ってみてください。絶対良さがわかりますから』と説得し、マネジャーが使うことによって下のメンバーも遠慮なく使えるムードを醸成していきました。実際に使った感想が次第に口コミなどで広がっていき、現在の状態につながっています」(千部長)。

多様化するフレキシブル・ワークの活用法

在宅勤務とフレックスタイムが定着した理由として利用単位を10分単位にしたこととフレックスのコアタイムを廃止したことも見逃せない。朝の空き時間や夜の家事が終えた後に小刻みにパソコンを立ち上げて仕事ができたり、外出先からわざわざ会社に戻らなくても近くの事業所の出張者スペースで事務処理を行って、そのまま帰宅することができるようになった。上司にはあらかじめ在宅勤務の申請を行うが、子どもの突発的な病気などの場合は当日の申請も可能など柔軟な運用とした。実際に使った社員の声をイントラネットで紹介することで、「あんなに成果を上げている人が、実はこんな使い方していたんだ」という理解が広がった。当初は女性の事例が多かったが、次第に共働きで夫が週に何度か保育園への送り迎えをする「イクメン」なども登場するようになってきた。

「女性社員がその部署で自由な働き方の先導役になり、男性社員がそれを見て働き方を真似る。結果的にそれで部署全体の生産性が上がるという好循環が生まれています。私自身も何か集中して考えたい時などは、あえて別の事業所の出張オフィスに行き、電話も会議もシャットアウトした状態で仕事をすることがあります」(千部長)。


「イノベーティブな時間をつくれ」

サントリーの新浪剛史社長が最近よく口にするメッセージが「イノベーティブな時間をつくれ」だ。朝から晩まで仕事に追われるだけの毎日では、新しい発想や価値のある提案はできない。「それを実現するにはあえてイノベーティブな時間をつくり、人間力を上げろということです。そのための柔軟な働き方であり、生産性アップによる労働時間の削減です」と千部長。同社にはサントリーホールやサントリー美術館もあり、そうした文化施設の利用も社員に勧めている。

「仕事にだけ時間を使うのではなくてプライベートも充実させていくことでその人自身が幸せになり、仕事でもいい効果が発揮されるようになる。結果的にサントリーという会社も強くなっていく。そういう姿を目指していきたいと考えています」と千部長。6500人の社員が自由に働き、さらなる生産性を追求することで社員と会社がwin-winの関係となる。そうした状態を実現することが、同社がグローバルなステージで勝つためのカギとなっていく。

プロフィール

千 大輔氏

サントリーホールディングス株式会社 人事部部長

略歴:
1995年 サントリー株式会社(現サントリーホールディングス株式会社)入社。神戸支店配属。酒類営業担当。
2001年 同人事部に異動。労務を担当。
2007年 サントリービア&スピリッツ株式会社(現サントリー酒類株式会社)近畿営業企画部に異動。
2011年 同社近畿圏支社営業推進課長に就任。
2015年 サントリーホールディングス株式会社人事部に異動。企画・労務課長に就任。
2016年 同社人事部部長に就任。