【Opinion.1】人が学びに向かう組織とは。人が学びに向かわない組織とは。

大人の学び研究の視点から 辰巳哲子(リクルートワークス研究所)

2023年02月16日

変化する時代に個人の学びは欠かせない。DX(デジタルトランスフォーメーション)やそれに伴うリスキリングの議論が活発化するなか、企業の人材開発部門はどのような施策を整えればよいのだろうか。本プロジェクトでは、個人の学び行動を支援する人事の役割について、2022年3月より検討・議論を重ねてきた。多義的な大人の学びについて、チームとして広い視野を持って理解するために、全員が異なる組織に属するメンバーで議論を進めた。本プロジェクトメンバーは、人材開発、組織人事コンサルティング、経営学、社会人への学び提供、大人の学び研究という多様な専門領域を持つ専門家によって構成される。
本オピニオンコラムでは、2022年11月に従業員数100名以上の企業に属する大卒正社員を対象に実施した「学習を阻害する職場の調査」の結果、および経営学分野の先行研究をもとに、学びに向かわせない組織・学びに向かわせる組織について、各分野からのオピニオン記事をシリーズで紹介する。

第1回の今回は、大人の学び研究の視点から、仕事に直結する学び(以下、仕事直結学び)と個人の中長期のキャリアにつながる学び(以下、キャリア形成学び)に影響する職場要因を明らかにし、組織タイプ別にキャリア自律の支援状態や特徴的な学び行動が異なっていることについて取り上げる。

仕事直結学び、キャリア形成学びにつながる職場要因

どのような職場要因が学び行動に影響しているのか。個人が認知している職場の状況についてたずね、分析を行った。その結果、仕事直結学びに一定程度の影響力がみられたのは、「職場以外の全く価値観の異なる人と仕事をする機会がある」で、次に「私の職場では、仕事に関連して学んでいる人が多い」「職場の同僚と相互に刺激を与えあいながら成長する関係を築いている」であった。組織外の他者と一緒に仕事をすることで、俯瞰して自分たちの仕事を捉えたり、職場全体として同僚と刺激を与えあいながら仕事に関連して学ぶ組織風土があることが、仕事に直結する学び行動の要因になっていることが示唆されている。
実は、「職場以外の全く価値観の異なる人と仕事をする機会がある」は、キャリア形成学びにも影響していた。職場に閉じない他者との関係性は、「今ここにある問題」だけでなく、より広い視野で個人の先のイメージを持たせ、そのことで学びの必要性を自覚させているようだ。

図表1 仕事直結学び、キャリア形成学びに影響する職場要因
仕事直結学び、キャリア形成学びに影響する職場要因※以下のことは、あなたが所属している組織やチームにどのくらいあてはまりますか。それぞれ最も近いものを1つずつお選びください。と尋ねた。
項目の測定は5件法(1.あてはまらない、2.あまりあてはまらない、3.どちらでもない、4.ややあてはまる、5.あてはまる)数値は重回帰分析における標準化回帰係数(5%以上で有意な係数のみを記載、太字は1%水準で有意)。

4つの組織タイプとその特徴

こうした職場要因は組織のタイプによっても異なることが考えられる。そこで、組織の特徴別に学習の状況を捉えるため、各制度の導入状況をもとにしたクラス分析を行い、組織を4つのタイプに分類した(図表2)。組織タイプ別の制度の導入状況を図表3に示す。

図表2 4つの組織タイプ
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図表3 人事制度の導入状況と組織タイプの関係
人事制度の導入状況と組織タイプの関係  ※図表中の数字は、「あなたの勤務先企業に以下の制度はありますか?あるものすべてを選択してください。勤務先が2つ以上の方は主な勤務先について回答してください。」と尋ね、「ある」と回答した率。

組織タイプ別の学習行動

次に組織タイプ別の学習行動の違いを分析した。これによるとそれぞれの組織の特徴によって4種類の学びのどれが活性化しているかが異なっている。4象限の学びのうち、どの組織タイプにおいても最も実施されているのは、課題解決型の学びで今の仕事に直結する、正解のある学びだ。最も進んでいないのはソリューション共創型で、ついで自己変革型の学びである。答えのない新たなものを生み出す、対話型の学びが全体的に進んでいないといえる。
以下の図表4にあるとおり、制度充実タイプの組織は、すべての学び行動が活発化しているが、特に他の組織タイプと比べて平均値が高いのは、キャリア熟達型の学びおよびソリューション共創型の学びである。この結果からみえるのは、個人のキャリア形成につながる中長期の学びを支援する制度が整っていること、対話型の学びを促進する制度が整っていることだ。日本的雇用タイプは、課題解決型の学びについては、制度充実タイプと比べて差は小さいが、対話型の学びについては、制度充実タイプとの差が大きい。個別対応タイプは制度の導入率が低い組織タイプであり、学びについても現場の運用に任せている可能性が高く、特に対話型の2つの学びが進んでいないことが示される結果となった。

図表4 各組織タイプで行われている学び行動の特徴
図表4 各組織タイプで行われている学び行動の特徴

組織タイプ別のキャリア自律の状況

次に各組織タイプ別のキャリア自律の状況を分析した(図表4)。組織としてキャリア自律を促進しているのが「キャリア自律支援」、キャリア自律を望んでいないのが「キャリア自律忌避」である。グラフは線より上がプラス、下がマイナスを表すため、例えば、制度充実タイプは、キャリア自律支援がプラスで高いが、キャリア自律忌避のスコアはマイナスで低い。以下により詳しく解説していこう。

図表5 キャリア自律促進状況
キャリア自律促進状況  ※キャリア自律支援の代表的な設問は、「私の職場では、個人の長期的な成長に必要な仕事のアドバイスが得られる」「個人が取り組むべき課題に向きあうために、上司や周囲の人が阻害要因を取り除いてくれる」「私の職場には、今、何を学ぶべきか、アドバイスしてくれる人がいる」「上司は、私の将来のキャリアイメージや実現したいことを知ろうとしてくれている」、自律忌避の代表的な設問は、「私の職場では、新たなチャレンジは求められていない」「私の職場では、個人の自律的なキャリアが望まれていない」「職場のフィードバックは「どこがだめか」というネガティブなものが多い」、多忙な職場は「私の職場は忙しすぎる」

キャリア自律促進状況と、学び行動の特徴を組織タイプ別にみたものが以下の通りだ。

図表6 組織タイプ別のキャリア自律と学び行動の特徴
図表6 組織タイプ別のキャリア自律と学び行動の特徴
制度充実タイプに見られるように、キャリア自律支援をおこなっている企業であるかどうかが、4種類の学び行動の促進につながっているようだ。
特に課題解決型は進めてきた企業にとって、次に4象限のどこから着手するのか、4象限のどこまでを企業として取り組むのか、議論があるところだろう。例えばある企業では、「自己変革型の学び」について、それをメインにした研修などはおこなっていないものの、管理職に対する360度評価の結果を管理職同志で共有し、自分の課題を振り返る機会を持つなどしている。大事なのは、自社の学び戦略に既存の取り組みを紐づけ、どこに不足があるのか、まず可視化してみることではないだろうか。

 

調査名称:「学習を阻害する職場の調査」
調査手法:インターネットモニター
調査調査時期:2022/11/10~2022/11/11
調査対象者:全国の従業員100名以上の企業で働く、大学卒・大学院卒の23歳~64歳までの正社員。年齢と性別で割付をおこなった。
(有効回答数:3,200名)

文責:辰巳哲子