【Opinion.5】「働きながら学ぶ」選択肢を示し 個人のキャリア追求と企業の成長という 健全なサイクルづくりを
社会人への学び提供の視点から 滝川麻衣子(株式会社Schoo CCO)
企業において、リスキリングを中心とした社員への学習促進は喫緊の課題である。
どうすれば人々は学び始めるのか。
「学び行動のきっかけ」のデータ分析をもとに、学習支援サービスを事業とするSchooのCCO、滝川麻衣子が企業に求められることを提案する。
学ばない日本人の中で、
学習している人は何が違うのか
岸田政権がリスキリングに5年で1兆円を投じると表明した2022年から、リスキリング(新しいことを学び新しい業務や職業につくこと)という言葉を目にしたり耳にしたりすることが、一気に増えた。リスキリングは、DXに突き進む世界的な流れの中で起きている。DXが必須の社会ではデジタルを使いこなす人材の必要性が高まり、すべての人にとって「学び直し」は不可避になっているのだ。
さらに、ESGの観点から「人への投資は持続的な企業価値の向上につながる」とする人的資本経営が、グローバルで叫ばれるようになった。遅れを取りつつ日本でもようやく、金融庁が有価証券報告書への人的資本の開示を義務づける制度の運用に動き出している。
企業としては、DXの流れからも対投資家的な観点からも、リスキリングや企業内の学びの促進に動き出す動機は、十分にそろっているのが2023年の現在地だ。
しかし、私たち働き手はどうか。筆者が勤務するSchooは、社会人学習のSaaSを提供するスタートアップ企業だ。しかし、サービス提供側から見るユーザー行動や、あるいは自分自身や周囲を省みても、ただでさえ仕事や家事育児に忙しい日々の中で、定期的な学習を続けるのはそう簡単なことではないと実感する。実際、日本はGDP比で見た人材育成投資が主要国の中で目立って低い。「令和3年社会生活基本調査」によると、学習・自己啓発の時間は平均すると1日13分だ。
そうした状況にあって、「学習をしている人」は何が違うのか。そこに「学ぶ組織づくり」のヒントがあるのではないか。調査結果から見ていきたい。
「自ら腹落ちしたとき」が
学び行動の始めどき
明日からでも使える「仕事直結学び」と、やがて仕事で役立つと思える「キャリア形成学び」に関して、それぞれを行っている人の「きっかけ」は何だろうか。
今回の調査でそれぞれの学習行動のきっかけについて分析したところ、明日からでも使える「仕事直結学び」に影響するきっかけは「現在の仕事に必要だと考えたから」「自分の成長につながると思ったから」だった(図表1)。
図表1 仕事直結・キャリア形成 各学びのきっかけ
「上司や職場の人から勧められたから」「給料が上がる、もしくは手当が支給されるから」「転職または起業したいと思ったから」など職場の制度や報酬アップに関する項目は影響がみられず、自ら腹落ちしたときが学び行動につながっている点は、注目すべきポイントである。
管理職として部下を見ていても、その実感は強い。たとえ仕事に必要な学びであっても、本人が納得できる動機を持たない限り、組織が本当の意味で社員に「学ばせること」は無理なのだ。
一方、やがて仕事で役立つと思える「キャリア形成学び」を行っている人は、「学ぶ内容が面白そうだったから」という興味関心が、学び行動に最も影響することがわかった。
きっかけを踏まえ
学び始める人の学習経験
次に仕事直結学び、キャリア形成学びそれぞれを行っている人が、そこに至るまでにどのような学びの経験があるのかを分析した。
その結果、現在行っている学びにつながる経験は共通しており、「学んだことをすぐに役立てる機会があった」「学んでよかったと思ったことがある」「集中が途切れることなく、考えながら参加していた研修の場がある」だった。学んですぐに「よかった」という体験のあったことや夢中になった体験が、学習に対してポジティブなマインドを形成してきたことがうかがえる。
図表2 仕事直結・キャリア形成 各学びに影響する経験
次に、冒頭の「学習をしている人は何が違うのか」という問いに答えるために、前項で紹介した「キャリア観」や「仕事観」による、仕事直結学び、キャリア形成学びへの影響も、あらためて私なりに整理を試みたい。
【キャリア観】
•「自分のキャリアの中で『やりたいこと」がある」人は、ない人よりも、仕事直結学びとキャリア直結学びともに行っている。
•「今の自分の成長課題がわかっている」「主な職場以外に自分の持ち味を発揮する第2第3の場がある」人は、ない人よりも、仕事直結学び、キャリア形成学び、仕事無関係学びを行っている。
•「何を学んだらよいかわかっている」「キャリアプランが明確である」「自分らしさや持ち味が活かせている」「職場の一員だと強く感じている」人は、ない人よりも仕事直結学びとキャリア形成学びを行っている。
【仕事観】
•「仕事とは価値を創造することだ」と考えている人は考えていない人よりも仕事直結学び、キャリア形成学びを行っている。
•「仕事とは自分の能力を活用できるチームの一員になることだ」「仕事とは自分の人生をより豊かにすることだ」と考えている人は、考えていない人よりも仕事直結学びを行っている。
キャリア観の影響を概観すると、自分自身のやりたいことや強み、課題を理解している人が学習している傾向が強い。そうした人が社内外で活躍し、またそこで自分自身への理解を深め、さらなる学習行動につながる――。こうしたサイクルがあるように思える。
一方、仕事観に目を向けると、仕事が「生活の糧」であることは前提として、そこに「仕事とは価値を創造することだ」「仕事とは自分の人生をより豊かにすることだ」といった、内的報酬に関わる意味づけができていることが、学習行動へとつながっているようだ。
こうして仕事直結学び、キャリア形成学びのきっかけ、学習経験、キャリア観、仕事観の影響を総合的に分析すると、興味深いことが浮かび上がってくる。
仕事直結の学びをしている人と、キャリア形成学びをする人の行動のエンジンは一線を画すということだ。
仕事直結の学びをしている人は「仕事にとっての必要性」を行動のエンジンとしている。これに対し、キャリア形成学びをする人は、学ぶ内容や自身が考えることに重きを置き、より自分自身の心の動くテーマが大事でそれが見つかると夢中になる人である。つまり、より「自分」軸が大切になってくるのだ。
目の前の仕事に加えて、中長期のキャリアに役立つ学びをしてほしいならば、俯瞰したキャリアプランを立て、成長課題を見つけることを促し、人生における仕事の意義を、報酬以外でも見出せるよう支援すること。そして、働き手の心が動くテーマを見つけてもらうこと。これらが重要になってくるといえる。
学びの動機が、目の前の仕事や報酬にとどまらず、内面を掘り下げ、時間軸を俯瞰したものになっていることは、社会人の学びにおいて非常に興味深いポイントだ。
個人のキャリア追求と企業の成長
という健全なサイクルづくりを
早期の転職の理由に「ここでは成長できない」との声を、取材やキャリアに関する相談のシーンでよく聞くようになった。リクルートの就職みらい研究所の「就職プロセス調査/2022年卒」によると、「就職先を確定する際に最も決め手となった項目」のトップは「自らの成長が期待できる」である。転職支援サービスの拡大もあって、入社時点で転職サイトに登録するのも今では「当たり前」で、実際、厚生労働省の調査によると、過去10年間の新規学卒者の3年以内離職率は、2009年に28.8%だったところ、2019年では31.5%と微増傾向がみられる。
終身雇用、年功序列といった日本型雇用をあてにせず、雇用流動社会を敏感に察知している世代は「市場価値を上げるためには常に成長できる環境にいたい」と考える人が増えている。「成長できない」と感じれば、次に行く準備は常にしていたいのだ。
実際、こうした「常に成長を求める姿勢」は、常に変化・前進するテクノロジー社会で「自分自身もアップデートしなければ使えなくなる、居場所がなくなる」という危機感も根底にあるだろう。
この危機感は本来、加速化するDX社会に生きる人間の宿命であり、若い世代に限った話ではないはずだ。若い世代に目立って見えるのは、日本型雇用のなかで定年を迎え、社会保障に守られた引退生活を送るという「逃げ切り」ができない世代ほど、シビアに「居場所がなくなる危機感」に向き合っているからだろう。
ただ、こうした話で1つ気をつけるべきは、転職と成長は別問題ということだ。
そもそも成長の手段は転職だけではない。例えば今の職場でも、自分のキャリアや仕事観をしっかりと確立し、成長課題を特定して学習を行う、学びながら日々の仕事に打ち込むのもまた、成長の道筋であることは間違いない。
だからこそ、こうした「働きながら学ぶ」選択肢を組織が示すことが重要だ。それができれば、成長を求める個人と、人材投資をしながら持続的な価値の向上を求める職場との間に、Win-Winの関係が築ける可能性は、十分にあるのではないか。
その具体的な方法として、今回の調査からいえるのが前述の「目の前の仕事の業績目標のみならず、仕事の意義やキャリア展望を描く機会」や「心が動くテーマを見つける機会」を、会社や組織が設けたり、促したりすることだ。
それにより学習行動が促され、個人の成長につながれば、「学び⇄成長⇄組織のパワーアップ」が循環し、個人のキャリア追求と企業の成長という健全なサイクルが、回り始めるのではないか。そんな希望を持っている。
滝川 麻衣子 株式会社Schoo CCO
大学卒業後、産経新聞社入社。広島支局、大阪本社を経て2006年から東京本社経済記者。ファッション、流行、金融、製造業、省庁、働き方の変革など経済ニュースを幅広く取材。 元Business Insider Japan副編集長。働き方や生き方をテーマに取材活動や執筆をおこなう。