【Opinion.2】コミュニティから得られる学びを日常に埋めこむことで大人の学びをマネジメントする

人材開発の視点から 片上理絵(『企業と人材』編集長)

2023年02月21日

組織における個人はどのようにすれば学びを喚起され、それが成果となって組織や社会に還元されるのか。
この好循環を生み出すための仕組みを、調査分析と企業の人材開発に関する取材内容から、『企業と人材』編集長の片上理絵が考える。

教育制度の整備・提供だけでは
組織における学びの好循環は生まれない

働く大人の学ぶ機会の多くは、企業からもたらされる。特に、新卒一括採用により、年次別・階層別・職種別研修などでスキル・能力を向上させてきた日本企業では、従業員に対してさまざまな教育制度を整備・提供してきた。

しかし、それだけで大人の学ぶ意欲が加速されるわけではない。また、従来のような、業務に必須の、または自発的な学びを支援するためのオンラインも含めた研修・講座の充実や、奨励金や補助といった自己啓発支援、学習のための長期休暇制度といったハード面の取り組みだけでは、将来に向けた学習意欲の喚起や新たな学びへの挑戦、学んだことの組織や社会への還元といった、学びの好循環にはなかなかつながっていかないのではないか。

そこで目を向けたいのが、組織風土や人との関わりといった、学びに対するソフト面の視点である。社会、企業、組織は個人の集合体であり、私たちは日々そのなかで多くの影響を受けている。そこから、どのような組織・チーム風土であれば、また、上司や先輩といった周囲とどのような関係性を築いていければ、個人の学びは加速するのか考えてみたい。

3割〜6割程度の組織は
お互いに切磋琢磨しながら学び合う

まずは、組織で働く大人の学びを取り巻く環境からみていこう。
本プロジェクトの調査では、自身が所属している組織・チームといった職場環境について質問している(図表1)。「あてはまる」とした割合をみると、「私の職場は、仕事以外のことについて話ができる雰囲気がある」(54.5%)、「職場の同僚と相互に刺激を与えあいながら成長する関係を築いている」(36.0%)、「私の職場では、仕事に関連して学んでいる人が多い」(35.0%)、「職場以外の全く価値観の異なる人と仕事をする機会がある」(33.3%)などが高くなっていた。そのほかの項目についても「あてはまる」は3割以上となっており、回答者が働く組織では、ある程度、お互いに切磋琢磨しながら学び合い、高め合える環境や関係性があるようだ。

図表1 組織で働く大人の学びを取り巻く環境
組織で働く大人の学びを取り巻く環境※職場の測定は5件法(1.あてはまらない、2.あまりあてはまらない、3.どちらでもない、4.ややあてはまる、5.あてはまる)。

仕事直結学びもキャリア形成学びも
「他者」の行動や考えに喚起される

では、そのような職場環境は、個人の「学び行動」にどのような影響を与えているのか。図表2は、図表1に挙げた職場環境による「仕事直結学び」(現在の仕事に直結する学び)「キャリア形成学び」(中長期のキャリアに役立つ学び)「仕事無関連学び」行動への影響と、それぞれの学び行動がもたらす変化についてみたものである(図中には影響がみられた項目のみを表示)。

まず、職場環境の学び行動への影響についてみると、「仕事直結学び」への影響が大きかったのは、「職場の同僚と相互に刺激を与えあいながら成長する関係を築いている」「私の職場では、仕事に関連して学んでいる人が多い」「職場以外の全く価値観の異なる人と仕事をする機会がある」だった。それらよりはやや弱い影響ではあるが、「私の職場には、今、何を学ぶべきかアドバイスしてくれる人がいる」ことも、「仕事直結学び」を促進していた。「キャリア形成学び」についても、「仕事直結学び」と同じ3項目が大きな影響を与えており、それよりは弱いが、長期的な成長に向けた仕事や学ぶべきことへのアドバイス、上司の部下のキャリアイメージへの関心、社外研修受講の奨励なども影響を与えていた。「職場の同僚と相互に刺激を与えあいながら成長する機会を築いている」「職場以外の全く価値観の異なる人と仕事をする機会がある」は、「仕事無関連学び」にも影響があった 。

この結果からは、「仕事直結学び」「キャリア形成学び」は、同じ職場で働く人はもちろん、職場以外の人も含めた「他者」の行動や考えに触れることでより喚起されることがみてとれる。「キャリア形成学び」については、アドバイスしてくれる人がいること、中長期の成長イメージを本人と周囲が認識していることも重要なようだ。

図表2 学び行動に影響する職場環境・学ぶことによる個人の変化
学び行動に影響する職場環境・学ぶことによる個人の変化※CFI = .935, TLI = .872, RMSEA = .084, SRMR = .121 共分散構造分析の結果、β>.100を太線で記した。因子の説明は下部参照。

では、そうして起きた学び行動は、その後のどのような変化につながっていくのか。本プロジェクトで学びのアウトカムとして仮説を立てた、「仕事拡張」「キャリア変化」「キャリアイメージ明確化」「学び意欲」「自主的な学習」「成長実感」「助言希求」の7つの因子(注1)とそれぞれの行動の関連をみたところ、「仕事直結学び」「キャリア形成学び」の行動は、ともに、7つの因子すべてに大きな影響を与えていた。つまり、職場環境から喚起された個人の学び行動は、仕事の効率化やレベルアップ(仕事拡張)、仕事のやりがい(成長実感)、キャリアに対するポジティブな変化(キャリア変化)はもちろん、次に学びたいことや将来のイメージを持つ(キャリアイメージ明確化)、学ぶべきことを理解する(学び意欲)、次の学びや新たな仕事に挑戦する(自主的な学習)など、固定的・一時的でない幅広い変化をもたらしていたのである。
そうであれば、職場環境→学び行動→変化のサイクルを段階を上げながら循環させていくことができれば、極端な言い方をすれば、企業が求めなくても、一人ひとりが自身の学びを牽引していけるようになるのではないか。その際、企業側に求められるのは、個人の学びを見守りながらも、先に挙げたような要因の重要性を見逃さず、組織風土や関係性、コミュニティまで含めて「学び」を捉え、支援していくこととなる。

環境や周囲とのつながりを含めた取組みは
大人の学びを広げていく重要な要素

実際に、組織内で学び合い、関わり合う風土づくりを進めている企業もある。
ソニーグループは、「個」(社員)の成長を会社の成長につなげていくための場として、「PORT」を設けている。PORTは、同社の学びに対する考えを概念化した場であり、多様なバックグラウンドを持つグループ社員が集まって、つながり、刺激し合いながら気づきを得て、新たな挑戦につなげていく「港」となる。PORTでは、人事主催の研修やイベント、ワークショップのほか、社員によるコミュニティ活動も活発に行われている。コミュニティ活動は、社員起点の勉強会のようなもので、業務関連でも有志活動でも、グループ社員に向けて伝えたい・教えたいことがある社員は、PORT事務局に申請してコミュニティを結成し、そこに興味のある社員が参加するという仕組みだ。同社は、PORTを通して、「学ぶ場」「学びあう場」「学びあい続ける場」を社内外に広げていきたいとしており、リアルの拠点としては、2018年の品川本社のPORT品川に続き、2021年にみなとみらいオフィスにPORTみなとみらいも開設した。

また大和ハウス工業は、2021年、世代を超えたあらゆる人がともに学び、考え、成長していくことを通して、みらいの価値を共創する人財(みらい価値共創人財)を育成していくため、研修施設「大和ハウスグループ みらい価値共創センター『コトクリエ』」を開所した。ホワイトボード仕様の壁や幅広い廊下、あちこちにある椅子やクッションなど、コトクリエ内には研修受講者同士が何げなく語らい、意見を出し合うことを通してコラボレーションを生み出していくための仕掛けが随所に施されている。グループ社員に向けた「社員教育」以外に、子どもや学生に向けた「共育活動」や、専門家や地域住民、他社社員と活動する研究会などの「共創活動」も積極的に実施している。もちろん、これら共育・共創活動にはグループ社員も携わっており、コトクリエを中心に学びやつながりを広げている。

2つの事例にあるような環境や周囲とのつながりを含めた取り組みは、不確実で多様化が進む今、大人の学びを広げていくうえでより重要な要素となる。

法政大学の坂爪洋美教授は、キャリア自律がいわれるなか、企業は学びを従業員に任せるようになってきているが、主体性・自律性を持つことはそんなに簡単なことではないと指摘する。大事なのは、学びを従業員の身近にどう置いていくかであり、そのためには、学び合う、教え合う風土を醸成することで従業員の主体性・自律性を担保しつつ、学びに対するハードルを下げていくことが求められるという。

今後は、従来のハード面の支援とあわせて、さまざまなコミュニティから得られる学びをいかに日常に埋め込んでいくかというソフト面もいれながら、大人の学びをマネジメントしていく必要があるだろう。

 

(注1)7つの因子
【仕事拡張】以前より仕事のレベル高く行うことができるようになった、仕事の効率があがった、仕事の幅が広がったなど
【キャリア変化】転職・起業を含め、自身のキャリアに大きな転機があった/昇進・昇格・昇給など、キャリア上のポジティブな変化があった/人間関係が広がった
【キャリアイメージ明確化】次に学びたいことが見つかった/やりたいことや将来のイメージを持てるようになった
【学び意欲】もっと詳しく理解したいと思うことがある/自分がうまくやれることと、うまくやれないことを認識できている/仕事に関連して体系的に学びたいと思うことがある
【自主的な学習】この1年間で所属先が主催する公式的な学び以外の、自主的な学習時間が長くなった/昨年1年間に、自分の意思で、仕事にかかわる知識や技術の向上のための取り組みをした/挑戦してみたいと思う仕事がある
【成長実感】今の仕事にやりがいを感じる/仕事を通じて「成長している」という実感をもっている
【助言希求】自分の強味と弱みについて、周囲の人と話したりアドバイスをもらうようにしている/新しい知見やものの見方をもたらしてくれる人との接触機会を意識的に探すようにしている

片上理絵 株式会社産労総合研究所
『企業と人材』編集長
福利厚生、賃金・人事制度関連の編集を経て、現在は個人の成長と組織の活性化を目的とする、人材開発・組織開発の専門誌の企画・編集に携わる。『企業と人材』特集「共創がひらく組織・社員の学び」(2022年8月号)など、大人の学びに関わる記事の企画、取材多数。