継続的な学びの文化を醸成する数々の構造化された施策――日本IBM(後編)
前編では、日本IBMに根づく継続的な学びの文化が醸成されてきた背景と、「個人の成長のためのプラットフォーム」を土台とする数々の施策を取り上げました。人材育成を支援する仕組みは全方位におよぶもので、ほかにも施策や制度は多角的に張りめぐらされています。後編では、山田淑子氏がリーダーを務める「日本IBM L&Kスクワッド」の活動や、コミュニティ活動の話題を通じて、その全体像を明らかにしていきます。
全社横断でLearning&Knowledgeを推進
――山田さんがリーダーを務めていらっしゃる「日本IBM L&Kスクワッド」について教えてください。継続的な学びの文化を浸透させるため、そして、より特徴的な施策が実施されているようですが。
L&Kスクワッドは、2019年に山口明夫が日本IBMの社長に就任した際に設立されたもので、全社横断でのLearning&Knowledgeを推進するバーチャル組織です。これは、IBMのなかでも日本にしかありません。弊社には各部門のビジネス戦略に沿って人材を育成するという方針があり、研修部や人材育成を担う機能は部門ごとに存在するのですが、それらを貫くかたちで、日本IBM全社横断でスキル育成に関する取り組みをしていく目的で組織されました。
そして当時、それと同時に立ち上げたのがスキル・フレームワーク(スキル体系整備)で、これが大きな特徴の一つではないかと思います。「自分が何を学ぶべきか」をガイドしてくれる、いわば、社員にとっての“学びの道しるべ”ですね。スキル体系を5つに分けており、まず、テクノロジーやソリューションなどの業務に直結するスキル領域。次にインダストリースキルがあり、これは業界の動向や最新知識を学ぶ領域です。あとは、自分の職種・ジョブロールに関する領域と、リーダーシップ、コアといった基本的に知っておくべきことを学ぶスキル領域があります。
――どのスキル領域で何を学べばいいか、それを明確に道案内してくれるわけですね。
そうです。学習コンテンツがすごく多いので、こうして体系を整備すれば、社員は「今、何の領域の何を学ぶのか」を見つけやすいわけです。自分のキャリアをどうしていきたいかを考える材料にもなりますから、「ならば、今のうちにこれを学びたい」というモチベーションにもつながります。
山田淑子氏
テクノロジー事業本部 セールス・イネーブルメント部長
日本IBM L&Kスクワッド リーダー
基本的には、各スキル領域のSME(※1)がお薦めの研修などをキュレーションするというやり方をしています。コンテンツの作成や最新のものへの更新の責任は、エグゼクティブクラスのリーダーが担っているのですが、ただ、最近は時流やトレンドの変化が非常に速いので、人の手でやっていると間に合わない側面もあります。ですので、テクノロジーも大いに活用します。前編でご紹介した学習プラットフォームYour Learningには、AIを活用した学習コンテンツのレコメンデーション機能がありますし、将来的には弊社の生成AI基盤の「watsonx」を使って統合的かつ自動的なコンテンツ・キュレーションの仕組みも開発したいと考えているところです。もちろん、人の手で意図を持って道案内すべきところはありますが、テクノロジーも並行活用して、アジャイルに仕組みづくりを継続していくつもりです。
――やはり、個人のキャリア開発と学びがリンクしている点が印象的です。
その点でいうと、別途、特徴的な施策として「学びウィーク」というものがあります。日本IBM全体で学習を奨励する期間を2週間ほど設け、年に2回、春と秋に開催しています。日本IBMグループ社員の約半数が参加する一大ラーニング・イベントです。先述のリーダーシップやコアといった基盤となるスキルは、普段は業務に追われてなかなか学びの時間が取りづらい側面もありますので、学びウィークではそれらも含めて、キャリアやメンタリングなどの幅広いトピックを取り上げています。
直近でいうと、2023年11月に「MYキャリア―あなたのMYパーパスから広がる可能性」というテーマで開催しました。L&Kスクワッドが提供するオリジナル企画だったり、各ビジネス・ユニットで企画するものだったり、あるいはコミュニティが主催するものとコラボしたりと、内容や規模は本当にさまざま。その一環で自主開催の公募もしていて、「発信・発表の場を持ちたい人は手を挙げて」と募ると、毎回多くのセッションが集まります。こうした自主開催セッションは前回に比べて今年は約3倍に増加しました。
数多く存在する、「他者から学ぶ」コミュニティ活動
――きめ細かな数々の施策が講じられている他方で、社員が自律的・継続的に学び続けていくために重要なことは何だとお考えですか。
「自分自身で学びの動機づけを行う」「豊富な学びのコンテンツを自分らしく活用する」「ラーニング・アジリティ(新しい環境や経験から素早く学び、未知の問題に応用していく能力)を高める」。私たちは、この3つを“IBM流学びの極意”として社内に共有しています。例えば、好奇心を持つことや、MYパーパスの実現を目指すことは動機づけにつながりますし、ツールや制度を自分らしく使いこなすことも大切です。
そして、ラーニング・アジリティを高めるものの一つとして位置づけているのがコミュニティ活動です。コミュニティによる自律的な活動は、「他者から学ぶ」という点において非常に重要なものであると考えています。
――コミュニティ活動についても、社外を含めた公式的なものから自主的なものまで、実にたくさんの活動を実施されています。
確かに、私でも把握しきれないほど多いですね。運営母体となる組織や事務局が存在するコミュニティでいえば、IBM Community Japanが最も大きなフレームを持っています。お客様やビジネス・パートナー様など社外の方とともに活動するコミュニティで、活動理念に賛同いただける社会人の方は、どなたでもメンバー登録いただけます。ここでは、「マナブ」「ツクル」「ツナガル」を3つの柱にさまざまなプログラムが展開されていて、論文や発表資料などといった活動の成果物も共有できるようになっています。
IBM Community Japan https://www.ibm.com/community/japan/jp-ja/
また、事業の特性上、やはり技術者のコミュニティは盛んです。若手や中堅、あるいはcosmosという女性技術者で形成されているものなど、職位や属性、取り扱う製品領域ごとに多様なコミュニティ活動が実施されています。D&I (Diversity & Inclusion)の推進も会社全体で盛んですので、関連のコミュニティも多数あります。
実は、私がリーダーを務める L&K スクワッドも、活動に興味がある社員は誰でも参画できるよう今年コミュニティ化しました。以前は人材育成部門だけで活動してきましたが、コミュニティ化し、門戸を開いて呼びかけたら約20人の社員が手を挙げてくれました。ほかの公式的なコミュニティと同様、私たちもKPIを持って活動しています。自主的な社内コミュニティとの違いを挙げるとすれば、このKPIを設定しているか否かだと思います。
――自主的な社内コミュニティには、どのようなものがあるのですか?
社内のタスクフォースや、組織横断の活動がコミュニティ活動として継続されるケースがあったり、「自分たちがやりたくて集まっている」コミュニティがあったり、本当に多様です。よく知られているものだと、ワーキングペアレンツのコミュニティ、「JWC (Japan Women's Council)」という女性のコミュニティが挙げられるでしょうか。他方では、Slack でグループをつくって、「こんな勉強会やってみない?」と気軽に活動しているケースもあって、そういう発生しては消え、というコミュニティも含めると、とても把握しきれないほどの数が存在していると思います。
人材育成支援のための最適な仕組みを追求し続ける
――多数のコミュニティ活動や情報を、社員の方々はどのように探すのですか? また、全体を運営・管理する部門などはあるのでしょうか。
大きなコミュニティや公式的なものは、社内にホームページを持っていたり、KPIとともにエグゼクティブ・スポンサー(活動を牽引・支援する役員など)がつくことが多いので、運営母体となる組織や事務局が存在するケースが多いです。ただそのほとんどはボランティアな活動ですけど。また、弊社の技術者がつくったコミュニティ・ハブというサイトもあって、ここでは登録のあるコミュニティや活動イベントを網羅的に探せるようになっています。
運営については、それぞれに事務局や支援するチームがあったりしますが、コミュニティ活動を統括する部門はありません。2006年頃の話ですが、私がコンサルティング部門でナレッジ・マネジメントに携わっていた当時、コミュニティ活動を活性化させるために、全体的な運営事務局を置いていた時期はありました。「これだけ決めればコミュニティ活動できる」というテンプレートも提供して。ただ、自主的に学ぶということを考えると、統括する立場の関与があると“やらされ感”につながってしまいますし、長く存続させることは難しかったですね。
今となっては、動きやすい仕掛けづくりというフェーズはすでに抜けているように思います。これまでお話ししてきたような自ら学ぶ、自ら発信するといった動きとコミュニティ活動との境目はないですから。
――従業員にとってかなり充実した環境だと思いますが、現状での課題はあるのでしょうか。そして最後に、今後に向けた取り組みについてお聞きしたいと思います。
継続的に学ぶ文化や、呼応するかたちでの学びの仕組みもコンテンツもたくさんあって、十分といえば十分、でも、まだ足りていないといえば足りていないのだと思います。
数値的なKPIは設定していますが、それだけで我々の活動成果を評価するのは不十分ではないかと。ですので、全社員に向けてLearning&Knowledgeに関する調査を実施しようと考えているところです。仕組みがちゃんと使われているか、役立つものになっているか、サーベイを取って、それこそ通知表をつけてみようかと思っています。
学びの仕組みは、認知され、うまく活用されてこそのものです。カルチャー、マインドセット、フレームワーク、ツールと制度、そして人。社員が自律的にキャリアを考え、そのためのスキル習得を実現するには、これら全体がうまく回っていることが肝要です。そうした人材育成を支援するための最適な仕組みを提供し、学びを動機づける「カタリスト(触媒)」であることが、私たちのL&Kスクワッドの使命です。
(※1)特定の専門領域について知識のある人。
聞き手:辰巳哲子
執筆:内田丘子
撮影:刑部友康