向洋電機土木:テレワークで建設業の働き方を刷新
現場作業の多さなどを理由に、これまでテレワークが難しいとされてきた建設業界。そんな中、10年以上前から積極的にテレワークを導入してきたのが、神奈川県にある向洋電機土木株式会社だ。ZoomやSlack、図面共有ソフトなどITツールを駆使し、会社以外の場所でも快適に、かつ生産性高く社員が働ける環境の構築に力を入れてきた。なぜ、同社は業界で先駆けてテレワークの導入に成功したのか。テレワークによってもたらされた具体的な効果とは。取り組みを推進した向洋電機土木CHO(最高人事責任者)で広報部部長の横澤昌典氏に聞いた。(聞き手:坂本貴志)
移動で生じるコストをテレワークで解消
── テレワークの導入に二の足を踏む建設業者は多いですが、なぜ向洋電機土木は10年以上も前にテレワークを実現できたのでしょうか?
移動で生じる時間のロスや社員の肉体的・精神的負担に向き合い、真正面から解決策を考えたから。シンプルですが、それが一番の理由だと思います。特別なことは何一つしていません。莫大なお金をかけたわけでもないし、ITの専門家を社内に招いたわけでもない。「本当にこの作業はオフィスで行う必要があるのか」と一連の業務を精査し、会社以外でもできるものはすべてテレワーク化していった。ただそれだけなのです。
── 具体的に、どんな業務をテレワークにしたのですか?
まずは、工事の「バックオフィス業務」。当社が手掛ける電気施工は、平たく言うと「建築物に電気を通す」仕事です。具体的には、配線やスイッチなどの電気設備を設計したり、取り付けをしたりしています。そう聞くと、ほとんどが現場作業のように思われるかもしれませんが、私たちの仕事は現場だけでは完結しません。作業後は、現場の状況を発注元であるゼネコンや、建設作業を行う職人の方に共有する、修正があった場合は新しい図面を各所に送る、といったバックオフィス業務が発生します。
従来、これらの作業は一度オフィスに戻ってから行うのが当たり前でした。ですが、現場での仕事を終えた後、わざわざオフィスに移動するのはあまり効率的ではありません。そこで、社外からでも接続可能なネットワーク環境やタブレット端末、図面共有ソフトなどを導入し、現場近くにある工事関係者向けのサテライトオフィスや、移動する前の車中などで作業できる体制を整えたのです。
もう1つは、「社内外での会議や打ち合わせ」です。コロナ禍もあって最近はオンラインでの会議も珍しくなくなりましたが、当社ではオンライン会議ツールを2008年に導入し、オンライン・オフラインを問わず参加できるようにしています。また、テキストでのやりとりも、Slackで行い、クイックかつリアルタイムに情報を共有。これにより、いつ、どこにいても、滞りなく社員や取引先とコミュニケーションがとれるようになっています。
導入成功の秘訣は「丁寧なレクチャー」
── テレワークの導入にあたって、大変だった、もしくは工夫したポイントはありますか?
今ほどテレワークが浸透していなかったので、まずは「そもそもテレワークとは何か」「どんなメリットがあるのか」などの説明を社員、そしてゼネコンや職人の方々に対しても丁寧に行いました。テレワークは、自社だけで進められるものではありません。オンライン会議のツールを導入したり、現場のサテライトオフィスに図版印刷用のプリンターを置かせてもらったりする際には、社外の方からの理解や協力を十分に得る必要がありました。
また、テレワークの運用段階では、ツールの機能や使い方を説明する会を何度も開きました。建設業は現場仕事が多いこともあり、デジタルに明るい人たちばかりではありません。加えて一人親方として仕事をしている職人の方も多く、社外の人も含めて一人ひとりに丁寧に説明していく必要がありました。業界の約7割を占める職人の方々のデジタルリテラシーは「PCを日常的に触っているか」「自宅に若い世代がいるか」などの周辺環境によりけりで、個人差が非常に大きい。だからこそ、一人ひとりの理解度に合わせて適切なサポートを行い、つまずくポイントがあれば一つずつ解消するようにしました。
── 丁寧なレクチャーが導入のポイントだったわけですね。一人ひとりにレクチャーを行うのは大変ではなかったですか?
仕事の進め方自体がガラッと変わるので、教えるコストがかさむのはある程度想定内でした。建設業者にとって、人手不足や高齢化は避けられないトレンドです。ならば、「業務を効率化し、関わる人全員が生産性高く働ける環境」をいかに早く作れるかが勝負だ──。そう考え、一つずつ取り組みを進めました。幸い、社員も取引先も皆この考えに賛同してくれたので、スムーズにテレワークに移行できました。もし、今までのやり方を変えることに強いストレスを感じたり、デジタルを使った仕組みではなく自分の思うように働きたいという人ばかりだったりしたら、取り組みは実現しなかったと思います。
IT活用で作業効率アップ、採用にも効果
── テレワークの導入で、具体的にどんな効果がありましたか?
大きく3つあります。まずはあらゆるコストの削減。先ほども申し上げたように、テレワークの導入前はオフィスと現場の移動によって、交通費や社員の肉体的・精神的負担などあらゆるコストが生じていました。ですが、テレワーク導入後は、4年間でガソリンの使用量が約18%、平均労働時間が約10%減少。浮いた費用を使って社内設備や福利厚生の拡充ができたため、社員のスキルアップやエンゲージメントの向上にも繋がりました。
それから、コミュニケーションの齟齬の減少です。建設業でのやりとりは電話がほとんど。ただ、電話はオンライン会議と違って顔が見えないし、録音もできないので、「言った、言わない」のトラブルが起こりやすいんですよね。中には、「そんなこと言っていません」と確信犯的にごまかす人もいるくらいです(苦笑)。オンライン会議ツールやSlackを使うようになってからは、履歴が残るためいい意味での緊張感が生まれ、こうした問題がほとんどなくなりました。
最後が、採用です。テレワークを導入して以来、「業務の効率化によって利益率が高まる→給与や福利厚生など待遇が上がる→先端的な取り組みとしてメディアに取り上げられる」という好循環を生みだすことができました。これにより、結果的に応募数が毎度数百人に達するように。テレワークを導入して10年以上が経ちますが、今なお強い手応えを感じています。
「自助努力」なくして業界は変わらない
── 建設業界でテレワークをさらに推し進めていくには、今後何が必要だと思いますか。
「テレワーク=難しい」という思い込みを捨て、業界にいる人一人ひとりが本気で働き方を見直そうと思えるかどうか。少し強い表現になりますが、それに尽きると思います。当社にも、「テレワークのやり方について教えてください」という連絡がよく寄せられます。ですが、一通り説明をしても「やっぱりお金がない」「時間がない」「任せられる担当者がいない」とさじを投げてしまう方が非常に多い。これは残念なことです。差し迫った課題を直視せず、「今のままでもしばらくは大丈夫だろう」と、自ら変わるチャンスを逃しているわけですから。
逆に、本気で取り組んでいると、自ずと行動は決まってくるものです。たとえば、建設業のデジタル化を支援する助成金や補助金は探せばいくつもありますし、デジタルがわかる人材が社内にいないのであれば、社外の専門人材を本気でリクルーティングする、という選択肢もあり得るでしょう。こうした行動なしに、「デジタル化ができない」「いい人がいない」と嘆くのは正直もったいないですし、他責的だなと思わざるを得ません。
時折「外国人労働者の方が増えるから人手不足の心配はしなくても大丈夫」という言説も耳にしますが、これも彼らの働き方にしわ寄せがいっているだけなので抜本的な解決にはなりません。しかも、彼らはいずれ国に帰ってしまうわけですからね。結局、誰かが変えてくれるのでは、環境が解決してくれるのでは、と淡い期待を抱いているだけでは業界は変わらない。自責の思考、そして自助努力をもってしてのみ、状況を改善していくことができる。10年以上テレワーク、ひいてはこの建設業の働き方に向き合ってきた身として、そう確信しています。
(執筆:高橋智香)