国家公務員の働き方改革なるかー変革を妨げるシステムを乗り越えるポイント──橋本賢二
変革への期待と課題
2023年8月7日に人事院が示した「人事院勧告」では、公務人材の確保が危機的な状況に直面しているとの危機感の下、個々の職員の事情を尊重した働き方を可能とするため、選択的週休3日制の導入や勤務間インターバルの確保など、多様なワークスタイルやライフスタイルの実現が可能となる施策の導入を目指すとしている。また、新卒に頼る人材確保や育成では組織維持が困難になるとの認識から、民間企業等での多様な経験や高度な専門性を有する人材を活用するために、係長級職員の採用試験創設や官民人事交流の促進を図るとしている(※1)。
これらの取組が実現して、典型的な日本型雇用のイメージが強い国家公務員の人事制度や働き方が変われば、人事院が意図する人材確保への効果も期待できよう。人事院が様々なメニューを示す姿は心強く、これらの取組は大いに進めるべきである。
しかし、重厚長大な官僚機構での変革は、並大抵のことではない。ジョン・P・コッターは、人が変化を望まない原因として、いつもやっていることを続けさせる習慣と重石のように作用する組織の力学(だいたいにおいて中間管理職層)を挙げている(コッター2015)。官僚的な組織では、前例を踏襲しようとする圧力と組織ヒエラルキーによる力学が大いに機能しそうであることは、想像に難くない。特に、官僚機構の代表でもある国家公務員の人事制度には、変革を妨げるシステムが潜んでいる。
変革を妨げるシステム
国家公務員には、1~2年程度で異動を繰り返す慣行がある(※2)。ほとんどの職員がこのローテーションで異動しているため、業務においても2年という時限を意識せざるをえない。このため、アップデートのための時間を割かれて、実働できる時間が限られてしまい、数年の時を要する抜本的で中長期的な課題に向き合うハードルは高くなってしまう。仮に、そのような課題に着手しても中途半端な状態で異動してしまう可能性もあり、後任が同じ問題意識と理解の程度で継続できるとも限らない。つまり、短期的な人事異動というシステムの存在が変革を妨げている(※3)。
短期的な人事異動で専門性をほとんど持たない職員が、現状の理解から打ち手を考案し、実践から定着させるまでの時間が2年しかないのでは短すぎる。では、どうすればこのシステムを克服できるのだろうか。
この問題に対して注目すべき取組が経済産業省で始まっている。個別の政策領域を抱えている各府省では、人事に通じた職員を自前で確保・育成することが難しい。そこで、同省は2022年11月に同省の人事を担う大臣官房秘書課におく人材戦略担当の管理職を人事経験のある民間人材から公募し、2023年4月から本格的な省内の人事改革に着手し始めた。
慣習としてシステム化している大規模な人事異動を改めることは一筋縄ではいかないが、外部人材を活用すれば、行政職員に欠けている専門性を補うことができる。外部人材の専門的知見と経験に根差した視座から課題を整理すれば、変革のための筋道を見出しやすくなり、職員がアップデートのために時間を割くこともなくなる。経済産業省が実践している外部人材を活用した人事改革には、変革を妨げるシステムを克服する力がある。こうした取組を積極的に拡大していくことが、国家公務員の人事制度や働き方の変革につながる。
現場と一緒に汗をかく人事になれるか
国家公務員の人事制度改革が各府省の現場に実装されるように、人事院(※4)が果たすべき役割も大きい。経済産業省が外部人材に期待している役割は、人事院が担うこともできる。
国家公務員の人事は、制度設計を担当する人事院と実際に人事を運用する各府省とに役割が分かれており、両者の関係は、民間企業における本社人事と事業部人事の関係に近い。民間企業においても戦略人事やサスティナブル人事を実現するために、本社人事と事業部人事とが連携しながら、人事の機能をどのように担い、補い合い、支援するのか試行錯誤が続いている。これにならえば、国家公務員の人事制度改革においても、本社人事たる人事院と事業部人事たる各府省が連携することが重要となる。
人事院自身も確認しているように、若年層の国家公務員は、業務量に応じた人員配置などの業務管理や、評価やキャリア形成などの人材マネジメントに改善の余地があると捉えている(※5)。変化を妨げるシステムを内包している事業部人事たる各府省には、これらの課題の克服に向き合うための武器が欠けている。このため、人事院は、決して各府省の現場任せにすることなく、人事の専門性と経験を活かしながら、現場に生じる悩みの解決に向けて、各府省と一緒に汗をかくことが肝要となる。
制度と運用を分ける旧来的な縦割りの慣行を改めることは、人事院が国家公務員の人事制度に戦略人事やサスティナブル人事の考え方を取り入れて実践するように進化するチャンスでもある。人事院が担う人事の役割を進化させることで、政治に頼る受動的な制度改革ではなく、行政主体の自律的な制度改革の実現が可能となる。
<参考文献>
人事院(2023)「令和5年人事院勧告」
ジョン.P.コッター(2015)『実行する組織』ダイヤモンド社
小熊英二(2019)『日本社会のしくみ』講談社現代新書
人事院(2023)『令和4年度年次報告書』
(*1)詳細は「令和5年人事院勧告」の「別紙第1 公務員人事管理に関する報告」に記されている。概要は「令和5年 人事院勧告・報告について<ポイント版>」が分かりやすい。
(*2)国家公務員が約2年の人事異動を繰り返す慣行が生まれた背景は、小熊(2019)によれば、明治期に文官高等試験合格者が入省後2年ごとに部署を異動しながら昇進する慣例がつくられたことにあるとする。
(*3)2022年8月に経済同友会が公表した「成長戦略の着実な実行に向けた提言」では、十分な成果が得られるまでに中長期の取組みを要する最重要アジェンダに関わる当事者の人事ローテーションのスパンは現在の約1〜2年から約3〜6年程度に見直すべきと提言している。
(*4)正確には人事院と内閣人事局が共に国家公務員人事制度を担っており、担当する制度(国家公務員法上の条文)は分かれている。大雑把だが、民間人事に置き換えれば、人事院が人事労務に近く、内閣人事局が人事企画に近い。このため、多様なワークスタイルやライフスタイルを実現するためには、人事院と内閣人事局の連携も欠かせない。
(*5)人事院(2023)『令和4年度年次報告書』第1編第2部第2章第4節