テレワーク組織に必要なコミュニケーションスキル以外のこと──辰巳哲子
コロナ禍での人材マネジメントに関する調査で、「コロナ前より難しい」との回答は7割に上ることが挙げられた。テレワークの環境で以前より難しくなった職場の関係性、マネジメント上の問題に私たちはどのように取り組めばよいのだろうか。「コミュニケーションスキル」の重要性が問われる中、本稿では個人のコミュニケーションスキルに依存しない、組織デザインの仕組みに着目する。
コロナ前より難しくなった人材マネジメント
コロナ禍で組織のコミュニケーションに関する記事をいくつか書いた。そのうち、「コロナ禍におけるコミュニケーションの問題」「テレワークで『職場の空気感』を共有する」これらの記事は、たくさんの読者から反響をいただいた。この記事が多くの人に読まれた背景には、テレワーク環境で以前より難しくなった職場の関係性、マネジメント上の問題があるように思われる。職場の関係性がうまくいかないことは、組織パフォーマンスの低下や従業員のモチベーション低下、さらにはメンタルヘルスの問題を引き起こす。すでに一部の組織で顕在化しているように、退職者の急増を招いてしまうことにもなる。
パソナグループが実施した調査(※1)でも、企業の人材マネジメントについて「コロナ前より難しい」との回答は7割に上ることが挙げられている。テレワーク環境で以前より難しくなった職場の関係性、マネジメント上の問題に私たちはどのように取り組めばよいのだろうか。
個人のコミュニケーションスキルに依存することの限界
コロナ禍で人気の学習講座を見てみると、社会人オンライン学習サービスSchooの受講データでは、コロナ禍の人気授業トップ10のうち、半数はコミュニケーションスキルに関する講座だ(※2)。しかし、オンラインとリアルのハイブリッドで働く組織を中心に、関係性に関する課題を聞いたところ、管理職からは、個人のコミュニケーションスキルの向上だけでは解決しえない課題が挙げられた。
・業務上でのきっかけがなければやりとりすることがなく、またそのきっかけも発生しづらい。
・自組織以外の方の場合、どんな人がどの組織で何をやっている(担当している)のかがわかりにくくなった。
・コロナ以降に入社した方の人となりがわからない。
・メンバーを疑ってしまっていて、メンバー側にも不信感が募っている。
・メッセージの伝達や会議での発言に関して、やりなおしがききにくい。
・ミドル層がうまくまとめられないのは、自分のテクノロジースキルが低いからだと考え、コミュニケーションに自信をなくしている。
・コロナ下で入社した、特に2年目くらいまでの若手が、そもそも組織の課題に気づけていない。組織の課題感を共有できない。
アンケート(※3)では、コミュニケーション課題に対する個人の工夫についてもあわせてたずねているが、「文章をやわらかく」「できるだけ雑談の時間をとる」「リアクションを大きめに」「ややこしい話は電話で」などの方法が挙げられている。これら個人ができる日常的な取り組みも大切ではあるが、上記に挙げたような課題は解決できない。組織として、どのような仕組みを検討する必要があるのだろうか。
組織の枠組みそのものをリデザインし始めた企業たち
組織ごとに職場の課題が異なるため、いくつかの組織では、組織としてどこに課題があるのか、より詳細な組織課題やその改善に向けた兆しの把握を始めている。
エンゲージメントサーベイの結果が極端によかったある組織で何が起こっているのか、部長が課長にヒアリングをしたところ、全体の仕事の一部分について、それまで2人でやっていた仕事を5人で行えるよう、業務プロセスそのものを変更したことがわかった。背景には、互いの仕事を知ること、組織の構成員全員が共通のゴールを達成した時の喜びを共有できる組織でなければ、新たな企画を立ち上げることが難しいという組織長の思いがある。
組織のコミュニケーションについて、Teamsを使った分析結果を踏まえ、部門の戦略を見直した組織もある。個別チャットでのやりとりが多いのか、オフィシャルなチャネルでのやりとりが多いのかを分析することによって、コミュニケーション上の課題をあぶりだし、コミュニケーションのハブとなる組織の改革を進めている組織がある。
合目的的なコミュニケーションが中心で、人となりや個人のストーリーが共有できていないことを問題視したある組織では、2週間に一回の定例会で「仕事1プライベート1の自己紹介」を行うことを義務付けている。
共通しているのは、テレワークを前提に、自組織ならではの課題をあぶりだし、それに対して組織デザインそのものの見直しを図っている点だ。
以下は、筆者が研修の作成に関わった組織のケースだ。課題把握の一例として紹介する。この組織では、コロナ禍で別の組織との統合が行われた。研修の前には事務局と相談しながら、この組織としての望ましい関係性について議論を進めた。この組織では、「多様性を活かして協力できる組織づくり」が当面の目標だった。そこで、研修前のアンケートで自部署や同じ組織の別グループ、他組織との関係性をどのようにとらえているのか、他者との関係性について7段階の選択肢の中から選択してもらった。
現状の組織における関係性
このグラフからは、同じ組織の他グループのGMやメンバーでは4割前後の人が、「よく知らない」「話をする」程度の関係性であることがわかり、違う組織のメンバーについては、68%もの人が「よく知らない」「話をする」程度の関係であると回答している。さらにフリーコメントを見ると、そもそも互いのことを知らない、コロナ禍で入社した人のことがわからない、何を誰に聞いたらいいのかわからないという状態であることが明らかになった。
ワークショップの中では、この結果を参加者全員に共有。組織の課題感を共有した上で、参加者に個人の持ち味を3つ書いてもらい、これまでに話したことがない人に対してそれを伝えてもらい、話し終わったら聞いた人のサインをもらうというワークを実施した。シンプルなワークながら、お互いを知るきっかけを作ることができた。引き続き日々の仕事の中で互いの関係を変化させ続けていける仕組みを構築できるかどうか、が今後の組織づくりの肝になるだろう。
スキルへの依存から仕組みの創造へ
アメリカの政治学者ロバート・パットナムは、信頼・規範・ネットワークが重要な社会的仕組みの中では、人々が活発に協調行動をすることによって、社会の効率性を高めることができるとしている。これを企業組織に置き換えると、今後の組織を考えるための問いは、「いかに活発な協調行動をとれる組織を作ればよいのか」ということだろう。そのためには、管理職育成という個を育てる発想にとどまらず、組織としてマネジメントの仕組みをどう変えていくのかを考えなくてはならない。人が集まる意味を問いなおすプロジェクトでは引き続き、個人のコミュニケーションスキルによらない組織としての枠組みの工夫について調べ、紹介する予定だ。
(※1)パソナ『“大離職時代”の企業活動への影響に関する調査』
(※2)Schooの受講データに見る「コロナ前後での社会人学習の変化」
(※3)筆者がワークショップを実施した組織のうち、3つの組織で行った事前アンケートの内容。合計対象人数は約200名。