デジタル時代に学ばない日本人。社員の自己学習を促す2つの施策(下)──大嶋寧子
前回は、日本で社会人が自己学習を行わない背景として、自分の雇用やキャリアを守るために知識やスキルを更新する動機が生まれにくいことに加え、仕事以外の多様な活動への希望が実現できておらず、労働時間を削減してもより切実に不足する活動に向かいがちであることを指摘してきた。
経済社会が急速にデジタル化し、企業の戦略も働く人に求められるスキルも大きく変化していこうとする今、個人が自己学習を行いにくいことは大きな問題だ。そこで以下では、労働時間の削減以外に、社員の自己学習を促すために今できる二つの方策を考えたい。
学びへの動機と機会を生み出す、キャリアの共助
その一つ目は、社外にキャリアを支え合う関係(キャリアの共助)を持つことを推進することだ。キャリアの共助とは、おたがいさまの関係の中で居場所、新しいものの見方、仕事のヒント、新たなキャリアの選択肢や就業機会が提供される場やコミュニティを意味する。
例えば、同じ職種や業界、働くことへの課題感を抱える人が集まって情報交換をしたり、先進的な取り組みを学び合う職業コミュニティなどは、自分の仕事を俯瞰した目線でみることを可能にしたり、新たなキャリアの可能性を知ることができるという意味で、キャリアの共助と位置付けることができる。そのほかにも、同じ企業や地域出身者同士で集まるアルムナイ、就業の場としても存在感を増しているNPO、労働者が出資し経営にも参画する労働者協働組合、働く人が参加し仕事やキャリアについて同じ目標を掲げて活動する労働組合など、多様な形がありうる。
筆者が参加したリクルートワークス研究所の研究では、社外にキャリアの共助を持つことが、自分のこれからの仕事や人生に自信を持ち、好奇心を持って探索し、行動する意識や姿勢と関わっていることが明らかになった。しかしそれに止まらず、キャリアの共助は自己学習とも深くかかわっていた。図表1は、週就業時間が40時間以上50時間未満の事務職正社員に限定し、キャリアの共助に関わる場やコミュニティとの関わりがあるかどうかを軸に、自己学習をしている人の割合を見たものだ。
これによると社外にキャリアの共助がある人では自己学習をする割合が60%に上るのに対し、キャリアの共助がない人では自己学習をする人は32%と大きな差が存在した。多様な人が参加し様々な強みや視点を持ちよるキャリアの共助の場では、他者へのあこがれや健全な競争心、個人が学ぶ動機が生まれやすいのではないか。
図表1 キャリアの共助の保有別に見た自己学習の状況(%)
(注)週就業時間が40時間以上50時間未満の事務職正社員。キャリアの共助は、「キャリアや人生の悩みに寄り添ってくれる場や機会がある」「キャリアや人生についていつでも相談できる場や機会がある」「キャリアの棚卸しを手伝ってくれる場や機会がある」「キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれる場や機会がある」「もしキャリアや人生につまづいたら、勇気づけてくれる場や機会がある」「今とは違う生き方や働き方があることを教えてくれる場や機会がある」「新しい仕事を紹介してくれる場や機会がある」「もし生活に困ったら手助けしてくれる場や機会がある」のいずれかに該当する勤め先以外の組織・団体がある場合に「あり」いずれもない場合を「なし」としたもの。
(出典)リクルートワークス研究所(2020)「働く人の共助・公助に関する意識調査」
柔軟な働き方が、学びへの余白を作る
もう一つは、仕事以外の多様な活動に本人が納得感を持って関われるよう、働く時間や時間帯、場所について従業員の裁量を高めることだ。例えばコロナ禍への対応に関わりなく、フレックスタイム制や在宅勤務を恒久的かつ使いやすい制度として位置付けること、業務時間中の中抜けを可能にする制度を導入することに加え、柔軟な働き方が業務遂行の支障とならないよう個々人の裁量を拡大したり、リモートでも意思疎通しやすいコミュニケーションツールを導入することなどが考えられる。
実際、柔軟な働き方ができるかどうかは、社員が仕事と仕事以外の多様な活動の組み合わせに満足できるかと関わっている。図表2は、柔軟な働き方を利用できる人とそうでない人について、「仕事と生活に関わる5つの活動」(仕事、家庭生活、学び活動、地域・市民活動、個人活動)への時間配分に満足する人の割合を比べたものだ。労働時間や職種の差による影響を最小にするため、ここでも週就業時間が40時間以上50時間未満の事務職正社員について見ている。
すると、柔軟な働き方を利用できる人で時間配分に満足する人が42%だったのに対し、後者は24%にとどまった。同じ労働時間や職種、雇用形態であっても、柔軟な働き方が可能かは大きな違いを生み出している。
図表2 柔軟な働き方の利用可能性別に見た
「仕事と生活に関わる5つの活動」への時間配分に関わる満足
(注)週就業時間が40時間以上50時間未満の事務職正社員。柔軟な働き方の有無は、2020年8月の働き方について「始業、終業の時間の繰り上げ・繰り下げができた」「その日の都合に応じて、始業、就業の時間を自分で決めることができた」「在宅勤務やリモートワークをすることができた」「就業時間の途中で職場を離れること(中抜け)ができた」のいずれかに該当したかどうかに基づいて作成。「仕事と生活に関わる5つの活動」への時間配分の満足は、「仕事」「家庭」「学び活動」「地域・市民活動」「個人活動」への生活時間の配分について、「満足」または「どちらかと言えば満足」と回答した人の割合。
(出典)リクルートワークス研究所(2020)「働く人の共助・公助に関する意識調査」
柔軟な働き方なら、すでに多くの企業が取り組んできたという見方もあるかもしれない。しかし、柔軟な働き方を利用しやすいはずの事務職正社員に限定して2019年12月、2020年8月の働き方を見てみると、コロナ禍の影響で在宅勤務を利用できる人が35%と増えているものの、始業・終業時間の柔軟な設定や在宅勤務、勤務時間中の中抜けが可能な人は少数派である(図表3)。柔軟な働き方は現時点でも、一部の人だけが享受できる働き方に過ぎず、だからこそ拡大余地が大きい施策でもある。
図表3 2019年12月と2020年8月に利用できた働き方(事務職正社員)
(出典)リクルートワークス研究所(2020)「働く人の共助・公助に関する意識調査」
社員の仕事以外の活動とつながりを応援する施策が、自立し自己学習する個人を生む
2020年春に経団連が日本型雇用の見直しを宣言したことを始め、組織と個人の関係はこれまで以上に大きく変わろうとしている。社員にキャリア自立/自律や自己学習を求め、人事制度の見直しや学習コンテンツの提供など自己学習環境を充実する企業も増えている。
しかし、本当に社員にそれらを求めるならば、社内に閉じた施策を充実するのでは不十分だ。本稿で見てきたように、仕事と仕事以外の多様な活動の組み合わせに満足感がある人ほど、そして社外にキャリアの共助を持つ人ほど、自己学習を行ったり、キャリアの面で自立する傾向にあった。
自立し主体的に学ぶ個人と企業の新しい関係が発展していくために、働く時間や時間帯、場所に関わる従業員の裁量を拡大したり、社外でキャリアの共助となるコミュニティへの参加を推奨するなど、社員が仕事外の活動やつながりを大切にできるような働き方や施策が広がることを期待したい。