米国カリフォルニア州でギグワーカーを保護する法律(AB5法案)が成立──ケイコオカ

2019年11月08日

好調なギグエコノミーに衝撃ニュース

2019年9月10日夜、ギグエコノミーの将来を揺るがすニュースが流れた。カリフォルニア州でAssembly Bill No.5(以下、AB5法案)と呼ばれるギグワーカーを保護する内容の重要法案が上院において29対11で可決され、同月18日に同州知事が署名をしたため、同法は2020年1月1日に施行することが決定した。

業界の状況をみておこう。
2009年創業の米ライドシェア大手Uberは、今や料理配達事業にも乗り出し、2018年の収益は前年比43%アップの113億ドルである。ライバルのLyftの2018年の収益は22億ドルで、前年比の2倍であった。両社と契約を締結している運転手の数は、一説には100万人に近いとも言われており、アメリカ経済での存在感は非常に大きい。
ライドシェアの運転手になるのは難しくない。21歳以上で、営業をする州発行の運転免許証、4ドアの自動車(車両保険および車両登録証のあるもの)、それとスマートフォンを持っていれば、会社によるバックグラウンドチェックと運転歴のチェックは受けるものの、高学歴や特別な資格がなくても、比較的簡単に運転手として仕事ができる。
ライドシェア運転手は、別にフルタイムの本業を持ちつつ副業として空いている時間に運転手として働いている人が多いが、フルタイムの仕事をしていた人が何らかの事情で失職した際に、「つなぎ」の仕事としてUberの運転手になるというケースも少なくない。

通常、ライドシェアの運転手は労働者ではなく、個人事業主の運転手として会社と契約を締結しているため、各州の労働法や失業保険法の適用は受けないと考えられている。しかし、個人事業主として働いていた運転手が、自分は労働者として取り扱われるべきであるとして会社に訴訟を提起した事例が多数あることからもわかるように、ライドシェア運転手を中心とするギグワーカーの地位は微妙な位置にある。本来労働者として分類されるべき人が個人事業主として分類されると、州は給与税や失業保険税など巨額の税収を失うと言われているが、一説によるとカリフォルニア州の場合、この分類時の過誤による損失は年間70億ドルにも上るという(※1)。そのため、カリフォルニア州だけでなく他の州もギグワーカーの労働法上や税法上の地位に目を光らせており、州としては税収を確保するためにボーダーライン上にいるギグワーカーを労働者として分類したいという思惑がある。

カリフォルニア州AB5法案

こうした背景のもと2018年12月にカリフォルニア州議会に提出されたAB5法案(※2)は、会社のためにサービスを提供するワーカーは賃金と付加給付の請求権を有する「労働者」であると判示した2018年4月のカリフォルニア州最高裁判決に基づく判例法(Dynamex Operations West, Inc.法、以下Dynamex法)(※3)を拡大する内容である。Dynamex法は、いわゆるABCテストといわれる判断基準により、労働者性を判断することを示したが、ABCテストとは、
(A) 当該ワーカーは契約上かつ実際、業務遂行について会社の指揮命令を受けない
(B) 当該ワーカーは会社の通常業務外の業務を遂行する
(C)  当該ワーカーは会社のために行う業務と同質の事業、職業、通商を独立して行っている
という3段階の基準に基づき、当該ワーカーが個人事業主であるかどうかを判断するもので、会社が、当該ワーカーがこれらの基準を満たしていることを証明しない限り、対価のためにサービスや労働を提供しているワーカーは労働者ではあると判断される。これに基づき労働者と判断されると、カリフォルニア州労働法典、失業保険法、産業福祉委員会賃金規定などの適用を受ける。

同法の成文化はこれから行われるため、現段階では不明な部分もある。今のところ判明しているのは、特定の業種および職業は1989年Borello判決等に基づく例外規定により同法の適用を受けないということである。Borello判決に基づき例外となる職種には、医師(内科医、外科医、歯科医、足病医、獣医、心理学者)、専門家(法律家、建築家、エンジニア)、専門的サービス職(マーケティング、人事管理、旅行代理店、グラフィックデザイナー、グラントライター、芸術家)、財務サービス職(会計士、株式ディーラー、投資アドバイザー)、保険エージェント、不動産エージェント、内国歳入庁認定の税理士、支払処理エージェント、担保権実行エージェント、直接的セールス、建設業者・コントラクター、フリーランスライター・写真家、ヘアスタイリスト・理容師、アメリカ籍船の商業漁師、モータークラブサービス提供者などが含まれる。
 たとえばカリフォルニア州で営業をするUberの運転手が、フルタイムでもっぱらUberの運転手として仕事をしている場合、ABCテストによってUberの「労働者」であると認められる可能性は高い。そうなると、当該運転手は同州労働法典や失業保険法の適用を受け、Uberは当該運転手のために失業保険税を支払い、仕事をしていない待機時間には最低賃金を支払わなければならなくなる。会社の労働コストが高騰するのは否めないだろう。UberやLyftがAB5法案に対してどのように対応していくか、注目されるところである。

他州や連邦議会の動き

ギグワーカーの法的地位について憂慮するのはカリフォルニア州だけではない。たとえば、ニューヨーク州では複数の労働保護団体が結束し、ライドシェア運転手の保護を求めて、カリフォルニア州のAB5法案と類似の法律成立を目指している(※4)。また、第116回(2019-2020年)連邦議会にもギグワーカーに関する法案はいくつか提出されている。現時点で可決する見込みのある法案はないものの、このような法案は今後も提出されるだろうし、分類時の過誤に関する問題への対応に消極的な共和党政権下では成立しなくても、民主党政権に変われば、風向きが変わる可能性もある。何より、複数の州でAB5法案のような法律が成立すれば、連邦レベルでのロビー活動が活発になると予想され、政府も対応のために腰を上げるかもしれない。自由と柔軟性が大きなセールスポイントだったアメリカのギグワーカーの働き方は、彼らの意志や希望とは別のところで、安定と保障を引き換えに、大きく変わる可能性が出てきた。

第116回連邦議会に提出されたギグワーカーに関する代表的な法案Okaさん鳥瞰.png出所:連邦議会ウェブサイトhttps://www.congress.gov/browse

■参考資料:ギグワーカーをめぐる法規制の動向

 

(※1) Alexia Fernandez Campbell, “California just passed a landmark law to regulate Uber and Lyft,” Vox, September 18, 2019, https://www.vox.com/2019/9/11/20850878/california-passes-ab5-bill-uber-lyft.
(※2) California Legislative Information, “Assembly Bill No.5,” https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billTextClient.xhtml?bill_id=201920200AB5
(※3)Dynamex Operations West, Inc. v. Superior Court of Los Angeles, No. S222732 (Cal. Sup. Ct. Apr. 30, 2018). 本事案は、Dynamexで配達運転手として働く人が自分たちは個人事業主ではなく労働者であると訴え、裁判所によってクラスアクションと認定されたケースである。運転手は基本的には自分で労働時間を決めることができ、他社の仕事をすることもできたが、Dynamexの仕事をする時は会社に随時申告することが要求されていた。運転手は携帯電話の購入を強制され、Dynamexのユニフォームと社員証を着用して、自分の車両で荷物の受領と配達を行っていた。カリフォルニア州最高裁は個人事業主か労働者かの判断について新たな規則(ABCテスト)を採用すると判示した。
(※4)Dana Rubinstein, “Coalition takes shape in New York to challenge gig economy’s business model,” Politico New York, September 6, 2019, https://www.politico.com/states/new-york/albany/story/2019/09/06/coalition-takes-shape-in-new-york-to-challenge-gig-economys-business-model-1174079