グローバルで人材獲得が難しい、3番目くらいの理由 入倉由理子
日本人の英語力問題が、人材獲得とリテンションに影響
グローバル展開において、日本企業にとって優秀な人材の獲得とリテンションはなぜ難しいのか、という"古典的"なテーマにWorks編集部では何度か取り組んできた。その原因のなかで、他のもっと重要度の高い問題からアプローチすることが多いため、常におきざりにしてきた(つまり、原稿にしてこなかった)ことがある。それは、"日本人の英語力"問題である。
国内外問わず、日本企業の人材マネジメントのグローバル化が進まない理由を「英語力ではなく、マネジメント力の問題だ」と私たちはとらえてきたし、人事の方々の多くもそのように言う。しかし、海外勤務経験者はそれだけとは考えていない。「日本人の英語力の低さは、人材マネジメント、特に人材獲得やリテンションに大きく影響している」と口を揃える。
日本人以外は、就職において「給与」を一番に重視
優秀な人材を獲得し、リテンションをしようと思うと、特に海外では「競争力のある報酬・待遇」が重要になる。2012年にリクルートワークス研究所で行った「Global Career Survey」の結果でも、「仕事をするうえで大切だと思うもの(3つまで選択)」という質問に対して、調査対象9カ国のうち日本以外の国(中国、韓国、インド、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、米国)ではすべて「高い賃金・充実した福利厚生」を一番に挙げている(日本は、「良好な職場の人間関係」「自分の希望する仕事内容」「適切な勤務時間・休日」に次いで、4番目にようやく登場する)。「欧米企業には報酬では勝てない」と、ため息混じりに吐露する日本企業の人事を何度も見てきた。では、なぜ欧米企業はそこまで高い給与を払うことができるのか。
IMFによれば、日本の一人あたりGDPは、円安も手伝って27位である。北欧の小国がトップランクを占める傾向は強いが、オーストラリア5位、米国10位、ドイツ18位、英国19位、20位フランスと、欧米の成熟国とも1000〜2000USドルほどの差が付いている状況だ。国内の標準に合わせると、日本企業が海外で報酬の競争力を持てない状況は仕方がない、とも見える。しかし、問題はそれだけではなさそうだ。
適正な報酬の配分に、現場のマネジャーの英語力は必須
「なぜ、御社の給与水準は高く保てるのですか?」。外資系企業日本法人の人事トップに、この質問をまっすぐぶつけたことがある。彼はその理由を2つ挙げた。1つは、「ジョブサイズと成果の大きさへの対価として報酬を支払うので、人によって差がついて当たり前。原資を適正に配分しているから」という理由だ。職務主義、かつ成果主義が徹底した欧米企業だからこそであろう。
もう1つは「ヘッドカウント(仕事の質・量に対する適正な頭数)に対する意識が強いこと」だという。適正な人数を保とうと思えば、必要のない人材の退出マネジメントが欠かせなくなる。この2つが可能かどうかは適切な人材マネジメントが現場で行われているかどうかの問題だが、冒頭に述べた「英語力」もそれなりに影響力があるようなのである。
グローバル企業の現場のマネジメントは、もちろんそれぞれ多少の違いはあるが、上司とメンバーの双方で、メンバーのジョブサイズに合わせて目標設定する。評価期間の途中でレビューし、目標や仕事への取り組み方を修正して、最終的に結果の確認と評価を行う。達成していればよりチャレンジングな職務を次の期には与える。このようにして、個人個人のジョブサイズが大きくなり、成長していく、という仕組みである。上司とメンバーでは評価とフィードバックが繰り返し行われ、目標に対して自分はどこまで達成できたのか、何が足りなかったのかをメンバーに理解させる。
これは同時に報酬への合意形成でもある。「原資の適正な配分」は、この頻繁かつ濃厚なコミュニケーションがあってこそ。海外現地法人で、上司の役割を日本人駐在員が担うならば、高い英語力が求められることは想像に難くない。
退出マネジメントで要求される真剣勝負を英語でできるか
そして、より高い英語力を要求されるのは、退出マネジメントである。ある海外進出支援のコンサルタントが明かす。「よく日本企業の駐在員は"欧米企業は解雇できるからうらやましい"と言う。しかし、欧米企業だからといって"明日から来なくていい"で済むはずもない。そんなことをすれば、訴訟のリスクは免れない。彼らはそれなりに時間と労力をかけて"アップ・オア・アウト"をきちんとやる」。
"アップ・オア・アウト"とは、文字通り、成長するか、それとも退出するかを従業員に突きつけることだ。成果を出せず、成長できない従業員に対し、数カ月〜半年程度のインプルーブメント・プランを提示し、その目標を達成できなければ(2度チャンスを与える企業が多い)、"アウト"である。「このコミュニケーションは、まさに真剣勝負。上司が"ここができていない"と指摘しても、部下は"きちんとできている"という。そうならないように、一つひとつ部下の仕事の記録を確認し、どこができていないのか、その根拠は何かを説明して相手を納得させなければならない。
「そんな高度な英語力を持つ駐在員は前より少なくなった。以前は良きにつけ悪しきにつけ、海外駐在するのは英語も堪能な"海外畑"の人だった。今、日本企業は急速なグローバル展開で、適切なマネジメントスキルも英語力も養わないままの人材を海外に"放り出す"ことも少なくない。退出マネジメントを通訳を介して行うと、逆にうまく意図が伝わらず問題が起こることも少なくない」と、前出のコンサルタントは指摘した。
退出マネジメントを行いながら、きちんと成果が出た人材には高い報酬を支払う。この仕組みが機能してこそ、優秀な人材に十分な報酬を支払って採用やリテンションを有利に進められる。たとえマネジメントスキルが高くても、日常的な頻繁なコミュニケーションを支え、迫力を持って交渉するには、言語というツールなしには成し得ない部分も大きい。
「"既得権益"を持つ人材」が必要な人材のモチベーションを下げる
2014年のバンコク取材で、「"既得権益"が、成果に応じた適切な報酬の配分を不可能にしている」という声を何度か耳にした。一瞬、日本人駐在員の高い報酬のことかと思った。しかし、そうではなかった。タイは日本企業の展開の歴史が長いという特殊な事情はあるが、10年、20年と在籍するいわゆる現地の"ローパフォーマー"たちのことだという。「確かにうちのことは深く理解してくれているものの、年功的に上がっていった高い給与に見合うほどの働きはしてくれていない。そういう人の給与を知ると、優秀な若手がやる気をなくす」と、日系建設会社の人事が話してくれた。
現場における上司とメンバーの緊密なコミュニケーションによって人を育て、必要において退出させる。そうでなければローパフォーマーを生み続け、彼らが滞留する組織になってしまう。繰り返すが、これにはマネジメントの手法の違いやマネジメントスキルの高低が最も大きく影響している。しかしながら、それを支える英語力にも、今一度注目すべきかもしれない。
[関連するコンテンツ]