「若年新法」が採用市場に迫る改革 豊田義博

2015年02月10日

関係者の間で「若年新法」と呼ばれる新たな法案が、今国会に提出されようとしている。若者雇用対策法案だ。検討資料を概観すると、フリーターなどの非正規雇用、中退者や学卒未就業者への対応など、従来から議論されてきた観点も盛り込まれているが、「新規学校卒業者等の就職活動からマッチング・定着までの適切かつ効果的な就職支援の在り方について」という項目が筆頭に掲げられているのが目を引く。子細に見ると、「ブラック企業」と呼ばれる問題企業への対策になっている。
例えば、「労働条件の的確な提示の徹底」を謳っているが、これは、求人時に提示された労働時間、給与などの労働条件が、実際に働いてみると異なっていた、というような状況が頻発していることに対応するものだ。
「(不適切な求人の)公共職業安定所での求人不受理」という施策案も趣旨をより明確に表している。これまでは、求人内容が違法でない限り、すべてを受理・公表してきたが、労働基準法令に違反している企業や、男女雇用機会均等法、育児介護休業法に抵触している企業などは、一定期間求人を受理しないとしている。

早期離職、長時間労働などの実態情報の開示を要請

さらに踏み込んでいるのが「職場情報の積極的な開示」だ。募集企業に、以下の内容を要請に応じて提示することを求め、また、広く公開することを推奨している。

(ア) 募集・採用に関する状況 (過去 3 年間の採用者数及び離職者数、平均勤続年数、過去 3 年 間の採用者数の男女別人数等)
(イ) 企業における雇用管理に関する状況 (前年度の育児休業、有給休暇、所定外労働時間の実績、管理職の男女比等)
(ウ) 職業能力の開発・向上に関する状況 (導入研修の有無、自己啓発補助制度の有無等)

法案の趣旨は時節を得たものだ。企業の実態を隠蔽したまま人材を募集し、不当な労働条件の下で若年者を働かせ、早期離職に追い込むなど、彼らにとって極めて重要なスタートアップ時を大きく毀損する問題企業の存在を放置せず、新卒採用市場をより健全なものにしようという志には、強く共感する。実効を危ぶむ声もあるが、成果に繋げてほしい。
しかし、情報開示の例示の一部には、ミスリードに繋がるリスクを感じる。3年以内離職者数が多ければ、平均勤続年数が短ければ、残業時間が長ければ、それは悪質な問題企業なのかといえば、そうは言いきれない。
残業時間を例にとろう。毎月100時間を超えているような過度な実態であれば、健康に与える影響が懸念されるし、何より労働基準法に抵触してしまう。しかし、36協定によって定められた残業時間の範囲で、かつ、従業員が自らの成長のために、仕事の質を高めるために、望んで残業をしていたとしたならば、それは責められるものではない。
3年以内離職者比率にしてもそうだ。平均値が仮に3割だとして、では、5割を超える企業は若者を食い物にする問題企業だと言い切れるだろうか。
マネジメント・トレーニーという制度がある。新卒採用における幹部候補養成コースとして、欧米企業の多くが取り入れているものだ。入社後3年程度の間に複数の業務を経験、その成果によって幹部社員として登用されるかどうかが決まる。通過率は企業によって異なるが、2割程度という企業も少なくない。若年者に早くから責任ある立場に就かせるチャンスを与えるこの制度も、見方によっては、早期離職率8割の問題企業になってしまう。
数値データは雄弁である。しかし、その意味合いは、企業・個人双方が条件・環境・期待成果をどのように設定し、どのような実態になっているか、によって大きく変わる。そうした情報がないままに数字だけを提示すれば、混乱を招くことにもなりかねない。

どのような情報を、いかに公開していくのか

「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。成功の暁には名誉と賞賛を得る」
これは、探検家アーネスト・シャクルトンが、南極探検隊員を募集した際の新聞広告の一文とされている。艱難辛苦が待ち受けること、報酬は限られること、命すら保証できないことを包み隠さず明示したところ、5000人を超える応募が殺到したという。
求人にあたり、どのような情報を、いかに公開していくことが大切なのか。南極探検隊の募集広告は、その原点を私たちに語っている。実態を隠さず、きれいごとは決していわず、正直であることが大切だということを伝えてくれる。
近年の採用活動において企業が公開している情報は、美辞麗句が多いと感じている。自社の在りたい理想の姿を伝えてはいるが、実態や課題を詳らかに語っているものは限られる。それが結果的に情報を隠蔽したことと解釈され、「ブラック企業」というレッテルを貼られる要因にもなり得る。
「若年新法」がきっかけとなり、企業と学生のコミュニケーションの質が高まり、マッチング・定着が改善されていくことを切に願う。

豊田 義博

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