大日本印刷(DNP)専務取締役 宮健司氏
人事の機能を高度化 社会変化に対応できる創発する組織へ
聞き手/奥本英宏(リクルートワークス研究所 所長)
奥本 2018年に社長が39年ぶりに交代し、北島義斉さんが新社長に就任されました。新体制のもと、「第三の創業」期に入ったそうですね。
宮 出版印刷業として創業した1876年以降、戦後に至る約70年間を当社の「第一の創業」とすると、「拡印刷」を掲げ、包装材や住宅建材分野などに進出した1951年以降が「第二の創業」にあたります。そして、2018年から「第三の創業」の実現に向けた取組みを加速しています。従来のような事業分野の拡大だけではなく、ビジネスモデルの変革を企図しているのが第三の創業期の特徴です。
印刷業というのは、長らく、得意先の課題を解決する受け身の産業でした。今は得意先自身、自社の課題が見えにくい、変化の激しい時代となりました。そのため、今までの待ちの姿勢を改め、我々自身が社会や生活者の課題を的確にとらえ、新しい価値を自ら創出していかなければならないと考えたのです。
奥本 どんな分野でしょうか。
宮 「知とコミュニケーション」「食とヘルスケア」「住まいとモビリティ」「環境とエネルギー」の4分野です。注力分野を定めた上で、様々な事業の強みをかけあわせ、パートナーを巻き込んだ対話を通じて新しい価値を生み出していきます。既に、教育ICTサービスや情報銀行、遠隔医療、スマートモビリティ、電気自動車のリチウムイオン電池のラミネート技術などで、事業の垣根を越えた技術融合の取り組みが始まっています。
人員計画の基礎として人材ポートフォリオを策定
奥本 そうした大きな戦略変更の際には人や組織の面でも根本的な変革が必要となります。どんな手を打たれたのでしょうか。
宮 まずは私が本社機能の強化を役員会で訴え、了承されました。2016年2月のことです。
当社は事業部制をとっており、これまで本社は各事業部の管理と支援を行うに留まっていました。この体制を改め、本社は全社の戦略企画機能を強化することとし、これまで行ってきた管理支援業務の一部を各事業部に移管したのです。この改革によって、本社人事部門の経営戦略との連動性が格段に高まるとともに、組織横断で動ける機動的な体制を整えることができました。
奥本 人事の役割も変わりますね。
宮 その通りです。経営計画や事業戦略を踏まえた組織戦略を企画、立案し、実行する役割が求められるようになったのです。その象徴的な例としては、2017年の人材ポートフォリオの考え方の導入があります。
それまでの要員計画は、各部門が毎年行う、定年と自己都合による退職者数予測をベースとした、現状の延長線で作っているにすぎず、経営計画や事業戦略と紐づいたものではありませんでした。そのやり方を大きく変えたのです。まず、新しい価値の創造か既存価値の最大化かの「貢献内容」、個人で成果を出すか組織で成果を出すかの「行動特性」という2軸で人材を区分し、計6つのタイプを作り、人員計画の基礎としました。
奥本 どんなタイプでしょうか。
宮 まずは、新価値、個人寄りの「イノベーション人材」、新価値、組織寄りの「イノベーティブマネジメント人材」、それに、既存価値、個人寄りの「エキスパート人材」、既存価値、組織寄りの「マネジメント人材」の4つです。それに加えて、先の四象限の中心に、技術や知識、経験など、稀少な専門性を持つ人材である「レアエキスパート人材」、新価値と既存価値の双方をカバーする組織運営者である「エグゼクティブマネジメント人材」を置きました。
奥本 人材ポートフォリオ策定によって、均一な人材管理からの脱却を図ったのですね。高度な専門人材と経営資源を統合的にマネージする人材の両者を重視する設計から、経営戦略と人材戦略が一体となっていることが伝わってきます。
宮 ありがとうございます。このポートフォリオにもとづいて、人材を確保していくことになったのですが、当然のことながら、新卒採用だけでは質と数を満たすことができず、中途採用に力を入れるようになりました。現在、中途採用の割合は年間採用者の4割にもなっています。
奥本 中途採用者が増えると組織に新しい風が吹きますね。
宮 それまでは「就職=就社」という意味で、当社で長く働いてもらうことを前提として、当社に合う人材を求めてきたのですが、人材タイプを明確にした結果、従来とは異なる、「型破り」な人材が増えてきたように思います。
役員任用基準を変更し複数部門の経験を必須に
奥本 そうやって人をまず変えていったということですね。組織風土や文化の変革についてはどうでしょう。
宮 以前は事業部制を厳格に推進していたので、役員になるのは各事業部の生え抜きで功成り名遂げた、事業部の代表とでもいうべき人が多かったのですが、それを、複数部門を経験しないと役員にはなれないようにしたのです。
奥本 役員任用基準の変更は組織風土の変革に最も効果的です。そういった一連の変革を進める上で、軋轢はなかったのでしょうか。
宮 幸いありませんでした。というのも、変革に向けたビジョンが既に浸透していたからです。2001年に我々は、21世紀の創発的社会に貢献するという「DNPグループ21世紀ビジョン」を策定していたのです。
奥本 創発とは相互作用が偶発的な創造を生むという概念です。最近はよく使われますが、2001年当時はまだ一般的ではありませんでした。
宮 そうなんです。その新しい社会に貢献するためには、自分たちも創発を成し遂げなければなりません。
同ビジョンではそのための行動指針も策定していました。最も重視されたのが「対話」です。創発は人と人の相互作用から生まれるもの。社内社外、様々な人たちとの対話を通じ、イノベーションを成し遂げよ、という意味です。
ジョブ型・メンバーシップ型の二者択一ではない議論を
奥本 コロナの影響もあり、日本型雇用への疑問の声があがっています。それをどうご覧になっていますか。
宮 弁証法で有名な哲学者ヘーゲルによる「螺旋的発展」という法則があります。弁証法は、対立する2つの意見を統合することで第3のよりよい意見に高めていく思考法です。螺旋階段を上から見ると回転しているだけに見えますが、横から見ると、上に登っている。つまり、物事は、変化していないように見えても実は変化している。そういう意味で、ジョブ型かメンバーシップ型かというような二者択一の議論は物事を上からしか見ていないように思えます。
奥本 つまり、たとえメンバーシップ型のマネジメントを行い続けたとしても、上から見ると不変のように見えるけれど、別の視点から見ると変化し続けているというわけですね。
宮 おっしゃる通りです。もちろん、ジョブ型が話題になったら、人事は中身をしっかり理解しておく必要はある。でもそれが流行りだから、という理由で飛びついてはいけない。ジョブ型にする・しないという議論からスタートするのではなく、課題の本質を突き詰めた上で、自社に本当にフィットする、オリジナルな制度構築を目指すべきだと考えています。
大日本印刷(DNP)専務取締役 宮 健司氏
人事本部・IR・広報本部・人財開発部・ダイバーシティ推進室・総務部担当
早稲田大学商学部卒業後、大日本印刷入社、労務部に配属。同社香港現地法人のディレクター、C&I事業部・事業開発室長を経て、2003年人事部長。2010年役員・人事部長、2015年常務執行役員、2020年6月より現職。
text=荻野進介 photo=刑部友康