
エンゲージメントを中核に置いた地方創生シナリオ
地方創生戦略の課題 ―ビジョンと実践をつなぐシナリオ構築の重要性―
地方創生は、平成26年に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を出発点とし、以下の4つの基本目標を掲げている。
• 稼ぐ地域をつくるとともに、安心して働けるようにする
• 地方とのつながりを築き、地方への新しい人の流れをつくる
• 結婚・出産・子育ての希望をかなえる
• 人が集う、安心して暮らすことができる魅力的な地域をつくる
これらの目標のもと、各自治体は人口ビジョンと地方版総合戦略を策定し、地域の持続性向上のために具体的な政策を展開している。しかし、多くの自治体では、移住促進、テレワーク推進、子育て支援、住民自治の推進などのテーマごとに担当課が分かれ、それぞれの政策が独立して実行される傾向がある。その結果、各政策がどのように関連し合って目指す地域の姿を実現するかという全体的な視点は見失われがちである。
私が地方創生に関わるようになって最初に感じたのはまさにこの点であった。ビジョンや目標といった目的地とそこに行くための手段としての政策はあるものの、誰とどのように協力し、どんな道筋で目的地に到達するかというシナリオ、言い換えるならば、ビジョン実現のための戦略方針が抜けていると感じたのである。
主体的な市民との共創による地域づくり ―壱岐市における地方創生シナリオの提案―
地方自治体の役割は、一般的に自主財源と地方交付税による予算を使い、自治についての国の方針や制度に基づいて、地域の状況に合わせて政策を実施していくことである。しかし、人口と経済の規模が縮小していく中で、減少が見込まれる予算をこれまでと同じように使っていては地域社会の持続性を高めていくことは困難である。
そこで私は、長崎県壱岐市に「主体的な市民の育成に投資し、彼らと共に地域を創っていく」というシナリオを提案した。地域の課題を自ら発見し、仲間と協力しながら解決策を考える若者や、地域の企業や自治会で新しい取り組みを主導する市民、壱岐市の発展のために協力したいという都市部の企業など、「主体的な市民」として振る舞う人や組織が増え、彼らとの共創がスムーズに行われることで、自治体はより多くのアセットや知見を活用して地域の持続性を高める活動を展開できる。
このシナリオを実現するためには、自治体が従来の行政サービスの提供者としての役割に加えて、「共創の促進者」としての役割を果たせるように自己改革を進めていく必要がある。その実現のために、私は3つのアジェンダを提案した。
そこで私は、長崎県壱岐市に「主体的な市民の育成に投資し、彼らと共に地域を創っていく」というシナリオを提案した。地域の課題を自ら発見し、仲間と協力しながら解決策を考える若者や、地域の企業や自治会で新しい取り組みを主導する市民、壱岐市の発展のために協力したいという都市部の企業など、「主体的な市民」として振る舞う人や組織が増え、彼らとの共創がスムーズに行われることで、自治体はより多くのアセットや知見を活用して地域の持続性を高める活動を展開できる。
このシナリオを実現するためには、自治体が従来の行政サービスの提供者としての役割に加えて、「共創の促進者」としての役割を果たせるように自己改革を進めていく必要がある。その実現のために、私は3つのアジェンダを提案した。
自治体の役割を転換するための3つのアジェンダ
① 主体的な市民の育成
主体的な市民の育成とは、市民一人ひとりが自分たちの生活や地域をより良いものに変えるための行動を起こす力を養うことである。その実現のためには、市民参加と協働機会の提供といったこれまでの政策に加えて、日常的な市民生活の中で継続的に市民の主体性を育む場を構築していくことが重要である。地域には市民が所属する様々な組織や団体があるが、中でも未来の地域の担い手である児童生徒が所属する市内の学校、地域住民が自らの地域の福祉の向上や活性化に取り組んでいる住民自治組織(まちづくり協議会など)、そして事業活動によって市民生活を支えている地元企業の3つが継続的に主体的な市民を育む社会装置として機能することを目指す。
② 地域の外からの支援の獲得
持続可能な地域を実現するためには、地域内の資源や知恵だけに頼るのではなく、地域外の個人や企業、団体と連携を密にすることが重要である。従来の「関係人口」という概念にとどまらず、地域の課題を共に考え、実際に活動に関わる「共創人口」を増やすことが求められる。共創人口を拡大し、その知見やネットワークを地域づくりに活かすための新しい枠組みを構築し、得られたパートナーシップをふるさと納税や地域おこし協力隊、地域活性化企業人制度といった既存の枠組みを通して具体的な案件に落とし込んでいくことが必要である。
③ 自治体の組織変革
③ 自治体の組織変革
新たなシナリオにおいて、自治体は役場で決めた政策を実行するだけではなく、挑戦したい市民や地域外の人・組織の想いを汲み取り、共創の場を設計し、実現していくことが求められる。そのためには、変化に柔軟に対応できる組織力と、一人ひとりの職員が主体的に何かを実現しようと仕事に向き合うことが重要である。そこで、職員が効果的に協働できる新たな業務プロセスの構築、仕事の意味や目指す姿を職員一人ひとりに浸透させるための目標管理や評価システムの整備、そして主体的な取り組みを展開できる職員を育成する機会提供を通した組織変革に取り組んだ。
壱岐市エンゲージメントシティ構想
上記3つのアジェンダ実現の鍵を握っているのは、「エンゲージメント」という概念である。エンゲージメントは多様な定義と解釈が存在する概念であるが、この取り組みにおいては「共感に基づく主体的な貢献意欲」と定義している。自身が生まれ育った故郷の自然やそこに住む人々への愛着、一緒により良い地域の姿を実現しようとしている同僚との連帯感、壱岐市の目指す幸福の姿と自社の事業理念との重なり、共感という言葉には様々な感情が内包されている。この感情が生まれる接点を丁寧につくり、その感情を着実に育んでいく仕組みを整えることで、エンゲージメントに基づいて一緒に地域の未来を創っていく人と組織を増やしていく。壱岐市ではこれを「エンゲージメントシティ構想」と名付けて推進していくこととなった。
エンゲージメント向上の鍵は組織の在り方
エンゲージメントは自然発生的に個人の中に生まれるものもあるが、多くはリーダーや組織構成員同士の相互作用からもたらされる。だからこそ、市民、職員、地域外の人や団体が所属する組織の中で、どのようなやり取りがなされ、どのような価値観が共有されるかが重要である。
地域には、市役所や地元企業といった組織としての形がはっきりしているものから、自治会の会合や学校の教室、企業や大学が参加しているコンソーシアムまで、様々な形態の組織が存在している。それぞれに適した組織の在り方をデザインしていくことで、関わる人のエンゲージメントを高め、一緒に地域づくりに取り組んでいくのが壱岐市のエンゲージメントシティ構想である。
次回以降のコラムでは、組織開発を通した地域の持続性の向上についての取り組みを実践レポートとして紹介していく。
執筆:中村駿介
地域には、市役所や地元企業といった組織としての形がはっきりしているものから、自治会の会合や学校の教室、企業や大学が参加しているコンソーシアムまで、様々な形態の組織が存在している。それぞれに適した組織の在り方をデザインしていくことで、関わる人のエンゲージメントを高め、一緒に地域づくりに取り組んでいくのが壱岐市のエンゲージメントシティ構想である。
次回以降のコラムでは、組織開発を通した地域の持続性の向上についての取り組みを実践レポートとして紹介していく。
執筆:中村駿介

中村 駿介
2006年株式会社リクルート入社、以来一貫して人事関連の業務に従事。2019年に新たな人事のパラダイムを模索する実証実験組織「ヒトラボ」を立ち上げる。2020年に長崎県壱岐市に移住、地域活性化企業人として政策立案と実行、市役所の組織改革に取り組む。2023年3月、慶應義塾大学大学院・政策メディア研究科を修了、同年、北海道東川町との2拠点生活を始め、同自治体の政策アドバイザーを務める。合わせて、現在は壱岐市政策顧問、慶應義塾大学SFC研究所上席所員としても地方創生に関わっている。