
【開催報告】「未来のマネジャーの役割」を一緒に考える会

マネジメントには「目に見える課題」と「目に見えない問題」がある
会の冒頭は、リクルートワークス研究所が進めているプロジェクト「『マネジメント』を編みなおす」の問題意識を共有するところから開始した。
リクルートワークス研究所が、マネジャーの役割の見直しを行っている企業にその理由を聞いてみたところ、次の4点であった。1つ目は、「ミドルマネジャーが忙しすぎる」、2つ目は「ミドルマネジャーの仕事が増え続けている」、3つ目は「女性管理職を増やしたいが成り手がいない」、そして4つ目が「組織のエンゲージメントの差が大きい」ということである。
そして、これらの課題に対してどのような手を打っているのかという問いに対しては、「研修の充実」「役割定義の見直し」「裁量の拡大」「メンバーやテクノロジーによる仕事の分担」などといった施策が挙がった。
確かに、マネジャーの負担増大は多くの企業が抱える課題だ。ただ、個人や組織のシステムが複雑性を増すなか、「それだけに目を向けていてよいのだろうか」という問題意識がある。氷山に例えて示すと、海面より上、つまり目に見えるところに「マネジャーの負担増大」という課題があり、海面より下には「ビジネスの構造そのものの変化」という目に見えない問題があるからだ。前者に対する対症療法は喫緊だが、構造上の本質的な問題解決を図っていかないと、今の課題にも将来の課題にも対応できなくなるのではないだろうか。先のプロジェクトではそうした議論を進め、マネジメントを見直す際には「役割」と「機能」という2つの観点でアプローチする必要があると考えている(マネジメントの「機能」については、2025年3月発行の報告書『マネジメントを編みなおす』参照)。
問題意識を持ちつつも、実際に「見直しを行っている」企業は少ない
同プロジェクトでは、部長クラス以上を対象にしたアンケートも実施した。従業員300名以上の企業で、課長や一般従業員を部下に持ち、かつ、マネジメントの現状に問題意識を持つ2000名を対象にしたものだ。以下、得られた集計結果と分析を抜粋する。
「現在の課長クラスの仕事は、1年前の仕事と比べて複雑さを増しているか」という質問に対しては、「そう思う」(「どちらかといえばそう思う」を含む)という回答が8割弱を占めた。
図表1 課長クラスの仕事の複雑度
また「複雑さを増している理由」については、「メンバーが望む多様な働き方への対応」が32.8%と最も高く、次に「社内外、部門内外で発生する問題の解決」「コンプライアンスや勤怠管理の徹底」が続いた。また、特徴的だったのは、27.1%と比較的高い数字となった「新しい価値やイノベーションの創出」で、これはマネジャーの役割、マネジメントの機能が変わってきていることを示している。
図表2 課長クラスの仕事が複雑さを増している理由 ※クリックして拡大
さらに、「課長クラスの管理職が担う役割について、見直しを行ったことがあるか」という質問に対しては、約3割の企業が「権限の範囲を明確にした」「裁量を増やした」と回答しており、他には「部長やメンバーへの仕事の割り振り」「テクノロジーを導入して仕事の効率を上げた」などといった対応策が見られた。しかし他方では、課題として認識しつつも「特に何もしていない」が16.6%となった。
図表3 課長クラスの役割の見直し ※クリックして拡大
そして、本会を実施するにあたり、参加者にも同様のアンケートにご協力いただいた。マネジャーの役割についての認識を尋ねたところ、程度は違っても、課題だと認識している人が9割を超えた。それに対して、マネジャーの役割について見直しを行っている企業は、20社中、5社にとどまり、その見直し内容は以下のようなものだ。
- 事業戦略からマネジャーの役割を策定中(総合電機)
- マネジャーの役割を再定義・言語化し、アセスメントやトレーニングに反映(情報通信)
- マネジャーへの権限委譲(薬品メーカー)
- マネジャー層による働き方見直しプロジェクトの立ち上げ。管理職の負担を軽減するチーム制の導入(小売)
- トレーニングの見直し。新人マネジャー向けのプログラムを追加。AI活用による業務の効率化(情報通信)
一方、「何もしていない」と「検討中」を合わせると75%に達し、先の部長クラス以上を対象にしたアンケートと合わせると、多くの企業が問題意識を持っているにもかかわらず、実際には課題解決に向けて着手している企業が少ないことがわかった。
「どこから着手すべきか」「人事に何ができるか」
次に、上記の問題意識と、マネジャーの役割について見直しを進めている参加企業の事例紹介をもとに、6つのグループに分かれて意見交換を行った。テーマは大きく2つ。見直しを考えていこうとするときに、「どこから着手すべきか」「人事に何ができるか」。ここでは、ディスカッション後に全体共有された参加者の声を要約する。
「見直しに着手されている企業の事例から、事業の環境変化に応じてマネジャーの役割を再構築していく必要があると感じた。一方で、今、事業が非常にうまくいっている会社については『あえて変えなくてもいいのでは』という意見もあり、まずは経営戦略に焦点を合わせるところから考えたい」
「マネジャーの役割を見直すための目的と手段が混同していないかという議論が出た。マネジャーに手段まで強要すると自由度を奪うことになり、そこが難しくて見直しが進まないところがある。会社として役割を決めることは大事だけれど、それを実行するための手段はマネジャーに任せた方がいいのではないか」
「『最近、管理職になりたがらない人が多い』という話題が挙がり、どの会社でも抱えている問題なのだと実感した。その中で、見直しに取り組まれている事例で参考になったのは、マネジャー像のリブランディング。『忙しくて当たり前』という昔ながらのマネジャー像から脱皮して、新しいマネジャー像を社内に広く情報発信していくことが重要だと思う。まずは経営層にリブランディングの重要性をしっかり理解してもらうことから始めたい」
「具体的な見直しを進める上で、現場に権限委譲するとかえって負担が増えてしまうのではないか。この点は、人事が懸念する部分である。ディスカッションするなかで、例えば、業務マネジャーとピープルマネジャーを分けて考えているといった話を聞いて参考になった。そして、グローバル化が進む会社は、人事に関することを“共通言語化”する取り組みを行っており、個人的にもまさに人事ができることの一つだと思った」
「従来のマネジメントのスタイルで成功体験を重ねてきた管理職が多い場合、マネジャーの役割を変えていくのは難しい側面があるが、評価軸や研修に手を入れたり、新任者に対するサポートを手厚くしたりといった他社の取り組みを聞いてヒントをもらえた」
「役割や働き方の見直しについて、マネジャー同士で話をしてもらう取り組みはとてもいいと思った。日頃、マネジャー同士が悩みや困り事を共有するのはなかなか難しいので、同じ立場で話す機会や場を設けることは有効だと思う」
「そもそものところで、マネジャーの役割の見直しはどこの部署が担うのか。HRBPがやるべきなのか、それともCoE機能でやるべきなのかという議論が出た。誰がどのボールを持つかが明確でなかったり、互いの期待値が食い違っていたりすると一貫性のないことが起きてしまうし、実際、軋轢を生んだというケースも話題に挙がった。施策を進めていく上では、HRの中での情報共有、一体化がとても重要である」
実践に基づく議論の深化を
企業ごとに事業が違えば、事業を取り巻く環境も違う。そして、マネジャーの役割の見直しについても「すでに進めている」「これから取り組もうとしている」「していない」と状況はさまざまである。それゆえに、さまざまな角度から意見交換することができた。
本会を通じて、未来のマネジャーの役割や企業の経営戦略実行に紐付く新しい視点や切り口を得ることができたのではないだろうか。マネジャーが期待される役割を発揮できるようにするために、ここで得た視点を自社で試していただき、その実践知を再び持ち寄りながら議論を深めていきたい。
執筆:内田丘子
第1回HR未来会議オーナー:千野翔平

千野 翔平
大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。