VOL.5 世界展開を前提にした200%のストレッチ

パッションとロジックとスピードをあわせもつプロのアントレプレナー集団になる

2012年04月19日

Section1 日本でトップシェアの電動バイク企業が、アジアを狙う

渋谷のど真ん中、喧騒のなかにたたずむ雑居ビル。Terra Motors株式会社(以下テラモーターズ)はそのビルのなかにあるシェアオフィスに本社をおく、電動バイクの開発・製造・販売を手がけるベンチャーである。2010年創業ながら、2011年度の国内売上は3000台、 既に国内電動バイクのシェアナンバー1だ。「この実績をひっさげて、アジア各国で勝負を仕掛けていきたいのです」と、代表取締役社長の徳重徹氏は言う。

「国内シェアナンバー1は、アジアに打って出るための布石にすぎません。日本のバイク市場は30万台。しかも年々市場は縮小しています。電動バイクの主戦場はアジアなのです。日本のガソリンバイクはアジア、特に東南アジアでは圧倒的なブランド力とシェアがあります。しかし、日本の大メーカーは、今のところアジア市場での電動バイク販売に本腰を入れているとは言いがたい状況です。私は、ここに勝機があると思っているんです」

「今日本で販売している『SEED』という商品は、残念ながらうちのオリジナルではありません。生産は中国です。現在、アジアでの本格展開をにらんで、ベトナムに工場を建設中です。ベトナムは二輪大国なのです。あまりにバイクが多すぎて排ガスで街がくもっている。空気を汚さない電動バイクのニーズは高いのです。このベトナム市場には、オリジナルの電動バイクをガツンと投入したい。そのために今、世界中の叡智を集めて新製品を開発中なんですよ」

主力製品である「SEED」シリーズは10万円以下から購入できる。バイク店、家電量販店のほか、通販で購入することも可能だ。

Section2 水平分業のEVでは、叡智を結集する力が何よりも重要

バイクの動力源がガソリンから電気に代われば、部品点数は4分の1になるのだという。また、電子や電気といったデジタルの世界になれば、機能や部品どうしのすり合わせの必要性は低下し、パーツごとに別々のメーカーがつくったものを組み合わせるといったモジュール化が可能になる。ガソリン自動車やガソリンバイクは、垂直統合体制で大企業によって生産されてきたのだが、電動化すれば水平分業体制で生産できるようになり、ここにベンチャーが参入できる余地が生まれるのだ。テラモーターズでは、現在、この水平分業による新製品開発を急ピッチで進めている。

「当社サイドで開発を主導しているのは、もともと大手の二輪メーカーでエンジニアをしていた社員です。電動バイクではモーター、コントローラー、電池、といったものが重要なパーツになります。新製品では、デザイン、IT・ネットワーク機能、電池のセル、電池のパッケージなどの重要な部品をヨーロッパ・アジア・北米と、世界中の企業で分業して開発しています。まさに水平分業です」

水平分業には水平分業の難しさがあるだろう。パートナーとなる企業の品質や生産能力は十分か、資金力はあるか、納期は守れるか……。徳重氏はどうやってさまざまな企業の実力を見極め、パートナーを選んでいるのだろうか。

「ものごとにはポイントになる部分があります。電池であれば、安全性がポイントで、安全性というのは製造工程に起因する。それぞれの部品や機能で何がポイントか、というのは、その道のプロの方に教えてもらえばよいのです。そして、ポイントが何かさえ知っていれば、それを自らチェックすることは可能です。さらに、短期間で多くの工場を実際に訪れて、ラインまで仔細に見ていけば、どの工場のレベルが高いかは、おのずとわかってくるものなのです。モーターなどのほかのパーツについても、同じように、チェックポイントを明らかにして、それを現地に赴いて確認しています」

Section3 複数の情報から事実を引き出し、リスクをミニマイズする

「複数の専門家に教えを乞う、というのが大切です。私は日本の電池メーカーの方にもたくさんお会いして、いろんなことを教えていただいています。話を聞いていると、それぞれの方の立場によって少しずつおっしゃることが異なることもあります。しかしそれも、何人もの方に会っているうちに、事実はどのあたりにあるのかがわかってくるようになります」

「これは、ほかのことにも応用可能ですよね。判断するのが経営の仕事。判断するためには情報が必要で、その情報の確度を上げていくために複数の人に会い、自分の目で見る。うまく質問する能力があれば、なんにでも応用できると思っていますよ。ベンチャーには"イケイケ"の気風があります。その気風でもってリスクテイクするのは大事ですが、一方でリスクをミニマイズすることもすごく重要です。特に新興国の情報は、玉石混淆なことが多い。だから、いろいろな角度・視点から、話している人がどういう経歴と立場で、どういう背景でそう話しているのかをきちんと推し量りながら、事実を導き出さなくてはなりません」

Section4 パッションとロジックとスピード。プロのアントプレナーにはすべて必要

徳重氏は、リスクをミニマイズすることは「ロジック」の領域だと言う。

「私は日本で起業する前は、シリコンバレーでスタートアップ企業の支援をしていました。ベンチャーを起こすような人は、もちろん『何かを成し遂げたい』という情熱、パッションに溢れているわけですが、パッションだけでは、世界を変えるようなビジネスにはなかなか結びつかない、というのが実感です。パッションに加えて、どうやって市場で勝ち抜くのか、どうやって資金を調達しスケールアウトするのかを考え抜き、目の前に起こることに対処していく戦略的思考、ロジックも必要なのです。シリコンバレーで成功しているベンチャーには、必ずと言っていいほど、このロジックに強い人が存在しています。パッションとロジック、この両方を兼ね備えている人がプロのアントレプレナーだといえるのではないでしょうか」

「たとえば、先ほど話したように電池メーカーを選ぶ場合でも、どんどん情報収集して、うちの求める水準に合っている企業かどうかを的確に判断する、というのはロジックです。一方で、スピードや、私たちの野望に共感してくれるかという意味で、パッションのある企業とお付き合いしたい。ロジックを求めすぎてスピードが鈍る、というのでは困ります。感覚的な話ですが、おそらく日本人というのは、世界の水準で見れば考えすぎ、精度を求めすぎなんだと思いますよ」

「私たちの事業領域でいえば、技術的なイノベーションを目指していて、さらに新興国市場に出ようとしているわけですから、不確定要素ばかりで、前提条件はころころ変わっていきます。想定通りにいくはずがない。そういう状況で事前の戦略に90%の精度を求めても意味はありません。前進しながら変えていく、軌道修正能力のほうがよほど大切になります。目の前のことをやりながら次のチャンスはどこにありそうかを探るとか、『ここに抜け道があるんじゃない?』というのを感じ取る能力とか」

要求水準は厳しいが、徳重氏が社員の成長を語る笑顔には愛情があふれている。

Section5 若い人たちに200%を求めて急成長してもらう

「私は、テラモーターズで働いている人たち全員にプロのアントレプレナーになってほしいと思っているんです。うちは20代の社員がほとんどです。みんな優秀だし、インターンの後、大企業の内定を蹴ってうちに来るくらいですから、将来は何かを成し遂げようという気持ちの強い人が多い。もちろん、まだまだ脇が甘いところはたくさんあって、失敗もたくさんありますが、任せて、失敗して、それを何とかリカバーして、ということの繰り返しのなかでしか、成長できないと思うんです」

「私は若い人たちをずいぶん叱ります。『褒めて伸ばす』なんて言いますが、そこに関してはまったくできてない(笑)。元々が優秀だから、これまで叱られたことなんて数えるくらいしかないような人たちですが、リアルのビジネスではできないこと、不足していることがたくさんある。どの人も、毎週のように私に叱られているんじゃないでしょうか」

「でも、ここでは彼らは今持っている"100"の能力を"200"まで引き上げなくてはできないような仕事を任されていますから、成長スピードはとんでもないことになると思います。私も大企業の出身ですが、日本で大企業に行くと、100の能力を持っていても30くらいしか使わなくていいんですよ。100使ったら怒られたりしてね。この差は数年経てば歴然としてくると思います。事実、うちでは中国の工場の管理をしているのも、ベトナムの新市場の開拓をしているのも、まだ大学を卒業して2年目の若手たちです。このスピード感を大切にしたいのです」

「若手だけでなく、大手二輪メーカーからテラモーターズに合流してくれたベテランエンジニアの社員がいます。この人にも同じスピード感を要求しています。彼には、これまで埼玉の倉庫で製品の整備と出荷前の調整等をしてもらっていたのですが、先日から2カ月の予定で、この渋谷のオフィスに来てもらって、国内の事業開発をしてもらっています。販売店のサポートをしながら、どの販売店がアクティブで、どの販売店が停滞しているのか、停滞しているお店にはどう売り込めば販売につながるか、全部自分で考えてアクションして検証してもらいます。このオフィスでその経験を積めば、今の彼のスピードでは不足しているということ、私たちの求めているスピードがどれくらいか、というのを肌で感じてもらえると思っています」

「このものすごく狭いオフィスも、そろそろ引っ越してもいいのかな、と思わないでもないのですが、一段のブレイクスルーなしに経費だけかかることはしたくないし、すべきではない。若い社員にも『売上なくして給与なし』というのを、本当に経営者と同じ目線で理解してほしいのです」

Section6 継続すればいつしか差がつく。サムシング・ニューを求め続けろ

徳重氏は、若い社員たちに日頃、何を求めているのだろうか。

「私がいつも言っているのは、常に『Something New(サムシング・ニュー)』を持ってこい、ということなんです。何か新しい情報あるの?とか何か新しい戦略につながるの?というのをいつも訊いています。もちろん、いつでもサムシング・ニューを提供できるとは限らない。運もあります。でもこれ、長く続ければ続けるほど、出せる人と出せない人の差は明確になってくるんですよ。きちんと実力通りに収斂されていくんです。だから手を抜かずに貪欲に探してほしい」

「サムシング・ニューを見つけるためには、とにかく日頃から、会える人のストックを増やすとか、会う人のレベルを上げておく、というのが1つ。それと、あるデータを見たときに引き出せる情報の量をどれだけ増やせるかを意識しろ、と言っています。引き出す情報量の差は、意識の差ですし、意識の差は執念の差です。執念というのは結果にこだわっているかどうか、ということです。『頑張りました』では全然ダメで、結果を出せなかったら意味がない、という覚悟を持ってほしい」

Section7 相手への貢献が信頼を生む

「会える人のストック、というのも重要です。たとえば私には、20人くらい、私のやっていることに期待してくれて、応援団みたいに勝手に動いてくれる人たちがいるんです。別にコンサルティング料を支払っているわけではありませんよ。そういう人たちが、私が興味を持ちそうなことが起こったり、私の商売につながりそうな話があったら紹介してくれたりする。自分自身が動かなくても、勝手に新しいことが始まるんです」

人のネットワークをたくさん持っている人は少なくないが、そのつながりを「価値」に変えられている人はそう多くはない。徳重氏は、こういうつながりをどうやって構築しているのだろうか。

「もちろん、1つには私のミッションや志、というものに共感してくれているんですよね。日本から成功事例が出るのに協力したい、と言ってくれている。もう1つは、私自身が、彼らに対して貢献することを心がけているから、というのがあると思います。先日もあるEVのセミナーに呼ばれ、講演するよう頼まれました。そのセミナーの担当者の方に、どういうお客さんが来て、お客さんのニーズは何か、どういう情報を提供できれば価値があるのか、というのをしつこいくらい訊いて、その文脈に乗せる形で、うちのビジネスのことを紹介させてもらいました。またその担当者の方がご存じではなかった業界の情報などもいろいろ教えてあげることができました。そうすると、その方の知り合いが、次はロンドンで講演してくれ、と言ってくださる。結局、そこからスタートして私は4回も、うちの事業についてプレゼンする機会をもらいました」

「若い人たちの行動を見ていると、行動が『ブツ切れ』になっていることが多いのです。1回のオポチュニティをもらっても、それを1回きりで終わりにしてしまっている。営業でもなんでも1度つながったら、その『つながり』を大事にしなくてはいけません。そのときに『持ち出し超過』という考え方をしてはいけません。出し惜しみする必要はまったくないのです。そういうことが回り回って、いつか自分たちによい形で返ってくるのですから」

今の日本の閉塞感を打ち破りたい、という徳重氏。テラモーターズが成功のモデルになり、それに続く若者やベンチャーがたくさん生まれることを切望している。

Section8 アジアのビジネスチャンスを社員みんなで分かち合いたい

この後、テラモーターズのアジアでの本格展開がいよいよ始まる。徳重氏はアジアという市場をどのように見ているのだろうか。

「日本人や日本の製品やサービスというものに対して、東南アジアではものすごくバリューがあると感じます。これは先人のおかげです。なのに今、そのバリューをほとんど活用できていない。韓国や台湾の貪欲な企業にどんどん先を越されていて、日本企業は視察には来るけど進出はしない、なんて言われています。国内の論理でがんじがらめになっていて、アジアの混沌のなかに踏み込めていないんです。私はここのところ月の半分くらいアジアに出張していますが、めちゃくちゃ面白いですよ。動けば動くほどチャンスが増えていくのがわかります。日本の若い人たちにもこの面白さを教えてあげたいですね」

「『ガソリンバイクはヤマハやホンダ』というブランドが確立しています。これと同じように『電動バイクはテラモーターズ』というブランドを打ち立てることは不可能ではない。こうやって日本発の技術ベンチャーがアジアで成功する、ということの先例をつくりたいですね。私は、創業メンバーでなくても、後からテラモーターズに合流してきた若者たちに、100万円でもいいから出資することを推奨しています。うちで鍛え上げられた彼らが、うちを出た後に、パッションもロジックも持ったプロのアントレプレナーとして面白いことをどんどん始めてくれればいい。そのためにはお金も必要です。その資金はうちが上場したときに得た利益です、ということになれば本当に嬉しいと思いますよ」

Section9 人材のアセットアロケーションを根本的に変える

徳重氏は自分たちの成功が、日本に与えるインパクトについても夢を持っている。

「今は、若い人たちが、安定とか安心、つまり『セキュリティ』を求めています。そのセキュリティも年金だったら国に、安定だったら会社に、ということで、他人に依存しているわけです。ロジカルに考えたらどうしてもネガティブな要素ばかりだから求めても不安になるだけです。そうではなくて、セキュアは自分自身に力をつけることだと考えれば、つまり、自分に頼るという考え方をすれば、行動が180度変わってくると思うのです」

「私は、29歳のときに大企業を辞めましたが、そのときに、これからは自分に力をつけることによってセキュアを高めていこうと決めました。それはプロスポーツの世界と同じ考え方です。たとえばイチローもサッカーの選手も、自分の力を頼っています。だからチームやスポンサー企業がおかしくなっても、自分に力があれば、どこにでも行ける。自分に力をつけるという観点でみれば、ベンチャーで働くという選択肢は、リスクではなく投資に変わります」

「でも、優秀な人材がベンチャーや中小企業になかなか流れていかないという現実がある。人材というアセットのアロケーションがうまくいっていないわけです。テラモーターズという『日本発のベンチャーが』『アジアで』『テクノロジーで』成功したら、それは日本のプロ野球選手でほぼ初めて大リーグに挑んだ野茂英雄投手と同じ役割を果たすことになると思っています。今、高い能力のある野球選手だったら、みんな当然のように大リーグを視野にいれます。それは野茂選手が『こういう生き様もあるんだ』って示したからですよね。私たちもベンチャー業界の野茂選手のようになりたいんです」

「日本の優秀な人材はみんな大手企業に行く、というのではなく、ベンチャーで鍛え抜かれた後で、一部の人は自分でも何か事業を興し、ある人は大手企業に行く、またある人は中小企業に入っていく、というようなことがあってもいいかもしれない。そうなったら日本は変わると思いませんか」

取材日:2012年4月2日、19日文:石原直子写真:刑部友康

徳重 徹 氏

Terra Motors 株式会社 代表取締役社長

住友海上火災保険株式会社(現:三井住友海上火災保険株式会社)にて、商品企画等の仕事に従事。29歳で退職し渡米。MBA取得後、シリコンバレーにてインキュベーション企業の代表として IT・技術ベンチャーのハンズオン支援を実行。事業の立ち上げ、企業再生に実績を残す。2010年に帰国後、日本発のグローバルEVベンチャーの創出を目指してTerra Motors株式会社を創業。経済産業省「新たな成長型企業の創出に向けた意見交換会」メンバー。一般社団法人日本輸入モーターサイクル協会電動バイク部会理事。