VOL.4 成果を2倍にするプロジェクトマネジメント
プロジェクトはリレー。バトンを受け取ったら全力で走れ。
Section1 4週間でローンチした新サービス
参加型で絵本の紹介と購入ができる日本最大の絵本サイト「絵本ナビ」を運営する株式会社絵本ナビ。創業から10年目になる2011年8月、新しいサイト「できるナビ」がスタートした。
「このサイト、実は4週間で作り上げたものなんですよ」と、同社の金柿社長が話してくれた。
「当社に出資してくれているベンチャーキャピタルの方々に新規事業プランをプレゼンするチャンスがあったのです。ちょうどプレゼンの3日前にスタッフのブレインストーミングでこの『できるナビ』のアイディアが出たばかりだったのですが、絶好のタイミングだったので、直前にラフな案を作って、プレゼン資料の中にいれておきました」
「当日、そのベンチャーキャピタルのヘッドの方が、このラフ案に目を留めて『これ、面白いじゃない。どこにあるの?』とおっしゃった。『いや、まだ構想段階で……』とこちらが驚いていると、『早く始めなさいよ』と。そこで、今から4週間で立ち上げる、と宣言して取り組んだのです」
「できるナビ」では、たとえば「逆上がりができるようになるにはどうしたらいい?」といった、子どもなら誰もが直面するテーマを設定し、サイト会員にコツを教えてくれるように投げかける。会員は「こんな風にやればできるようになる」という「レシピ」を投稿し合う。みんなで子どもの「できる」を応援しよう、という主旨の投稿サイトだ。最近では、「子どもと一緒にお花見を楽しむには?」「字がうまくなるには?」などといった投稿がある。こんなサイトが4週間で作られたとは、にわかには信じがたい。絵本ナビでは、いつもこんなスピードで新サービスが生まれているのだろうか。
Section2 4週間でにこだわる理由は、集中力
「以前からこんなスピードがあったわけでは、全然ないのです」と金柿氏は言う。
「この『できるナビ』の前にローンチした『まなびナビ』というサイトがあります。こっちは、立ち上げまで6カ月かかりました。時間も人手もたくさんかけて、とてもきれいなサイトが完成したのですが、ローンチ後の反響はいまひとつ。その後も次々と追加機能を入れていく予定だったのですが、最初のバージョンを作り上げるまでに予算と時間をかけてしまっただけに、ただちに次のプロジェクトを、といっても『また6カ月かかるのか……』とスタッフも疲弊してしまっているんです。最初のバージョンの成果も十分見えていないとなると、経営者としても投資判断に悩みます」
「そういう経験を踏まえての『4週間』なんです。4週間なら人は集中できる。私はもともとシステムエンジニアで、プロジェクトマネジメントの実践と勉強もしていました。『できるナビ』プロジェクトでは、私自身がプロジェクトマネジャー(PM)になって、必要なメンバーをアサインして始めました」
「4週間しか時間がないのですから、何もかも盛り込むことは不可能です。何を残して何を捨てるのかを決めることがPMにとっての重要問題になってきます。一方で、メンバーには『信じろ。絶対できるから』と言い続ける。結果として、4週間で"余裕で"完成したのです。『まなびナビ』の時は6カ月あっても、リリースの直前までどたばたしたのですが」
「この成功体験は大きかったですね。これに味をしめて(笑)、さっそく次の4週間で、できあがったばかりの『できるナビ』にユーザーからの声を盛り込むリニューアル・プロジェクトをやりました。その前の4週間でこれだけのものをゼロから作ったんだから、リニューアルに4週間もかけられるなんて夢のよう、という気持ちになれるんです。これ以降、私たちのアプローチとして4週間を1つの区切りにして回していく、というのが標準化されたのです」
Section3 何がスピードを阻むのか
4週間で1つのプロジェクトを完結させる、という高いハードルをなぜ自分たちに課そうと思ったのか、なぜそのスピードが必要なのかを、金柿氏に訊いてみた。
「会社を立ち上げてから、成功と同じくらいたくさんの失敗を経験してきました。うまくいかないのはなぜかを、あるときじっくり考えてみたんですよね。そうすると、逆説的ですが、『自分の考えに自信があるから』という答えにたどり着いたのです。自分の考えに自信があるので、拙速に進めて失敗したくない。本来は早く形にして仮説検証のサイクルを回さなきゃいけないのに、それが遅くなる。これがボトルネックだな、と」
「自分のアイディアはうまくいくはずだと、信じなきゃできませんから信じているんですが、そこに余計なプライドも生まれます。うまくいくはずで、うまくできなきゃいけないから、『もっとこういう機能も入れなくちゃ、もっとここの分析をしとかなきゃ』と、どんどん重く、遅くなっていく。そして、ローンチしたタイミングで、世の中の反応がいまひとつだったとしても、もうあれもこれも考えて時間を使ってしまっているので、方向転換する余地がないわけです」
「私たちの会社は小さいのに、ある意味で"大企業病"にかかってしまっていました。世の中にサービスを問うまでに予算と時間がかかり過ぎている。ある程度まで投資してしまうと、途中で引っ込みがつかなくなりますから、次第に、失敗していないということを証明するために、自分たちに都合のいいデータを集め始めてしまう。そんなことになるくらいなら、早く作って早く試したほうがいい。私たちが挑戦しているのは、課題も実現方法も明確ではない未知の領域なのですから、考えてみれば当たり前なんですよね。やっぱり、ベンチャーにはスピード感が大切です」
「4週間しかないのに『機能検討会議』なんてやっていられないわけです(笑)。社内SNSを使って、チャット上で『この機能、入れる?』『なしで行こう』と会話しながら、とにかく早く回す。迷ったらPMが決める。このルールでやっていくわけです」
Section4 年初の合宿で決めた「1年で成果を2倍にする」という目標
ベンチャーとしてのスピード感の大切さを意識した金柿氏は、2011年1月、全従業員が参加する「合宿」を行った。
「たとえば、サッカーのFCバルセロナ(バルサ)ってすごく強いチームです。『ボールを持ったら、3メートル以内にパスコースを3つ以上つくるために全員が動く』といったことを徹底しているんだそうです。選手一人ひとりの個人能力も高いんだけれども、それぞれの局面でどう動くかも、しっかりコンセンサスができている」
「早い動きって、バルサのように何かコトがあったときにはどう動くのか、何をすべきなのか、というコンセンサスが全員に浸透していないとできないんですよね、結局。『組織としての運動能力の高い会社』になりたい、何かをやると決めたらみんながぱっと動くことができる会社にならなくちゃいけない、という問題意識がありました。そのために合宿を行ったのです」
この合宿には、企業体としての大きな方針変換を社員に意識してもらう目的があった。
「それまでは個人の頑張りが会社を支えてきた。でもそのままだと、その個人が休んだらそれで終わり、というリスクも抱える。個人の頑張りから組織化された機動力に変えていく、というのをどうやったら実現できるか、みんなで考えるのが合宿の目的でした。この合宿で決めた目標が、『成果を2倍にする。ただし、働く時間を2倍にする以外のやり方で』ということだったのです」
Section5 成果の再定義 × マネジメントの改善 × 個人の能力向上で成果2倍は達成可能!
定義にもよるが、「成果2倍」というのはかなり高い成長をしている企業でもそう簡単なことではない。金柿氏は、どんな算段でこんな目標を従業員に提示したのだろうか。
「成果を2倍にするのって実はそんなに大変なことではない、と私は思っているんですよ。まず、何が成果なのか、という定義をきちんとし直すだけで、だいたい1.3倍の成果が出ます。次に、マネジメント手法を改善すればさらに1.3倍になる。最後に、個人の仕事処理能力を向上させれば1.3倍になる。1.3×1.3×1.3で約2.2倍です。ほら、そんなに難しくないでしょう(笑)?」
確かに成果を1.3倍にすることなら、頑張ればできる気がする。それを3つのアプローチでやれば、なるほど、成果2倍は達成できる。ただし、その3つがきちんと実行されれば、である。それぞれのアプローチとは、実際には何をすることなのだろう。
「1つ目の成果の再定義というのは、こういうことです。たとえば、"すごく頑張って資料を作ってきてくれたんだけどちょっとフォーカスがずれてる"とか、"夕方5時までに必要だったんだけど完成したのが夜7時"なんていうことは、仕事をしていると珍しくないですよね。でも、こういうのはつまり、かけた時間が丸々無駄になってしまっているわけです。だから、一つひとつの仕事をアサインするときに、『何を』『いつまでに』『どれくらいの品質で』やってほしいのかについて、きちんと摺り合わせすることを徹底する」
Section6 プロジェクトマネジメントの手法を磨く
「2つ目のマネジメント手法の改善というのは、PM自体のレベルを上げていきましょう、ということです。PMには、あらゆる事態を予測して先回りして手を打って、最終的にローンチの日に間に合うように問題を解決していくことが求められますね。大事なのは『目標達成』という命題をおいたときに何を徹底するか、ということなんだと思います。そのためにツールの力も頼りますが、それだけではもちろんプロジェクトというのはうまく回りません。プロジェクトマネジメント用の各種ツールというのは、理論上、きちんと使えばプロジェクトが成功することになっているんですが、現実はそう簡単ではありません(笑)」
冒頭に登場した「できるナビ」開発の4週間プロジェクトのとき、金柿氏は、毎朝、社内の全スタッフに向けて、プロジェクト状況のレポートをメールし続けたのだという。
「4週間は実質的には20日ですね。Day1からDay20まで番号をふって、毎朝レポートを届けるのです。『昨日はDay10でした。ついにXという機能が完成しました。現在考えられるリスクのトップ5は以下のとおりです。それぞれにこういう手を打ちました』とこんな感じで。暑苦しいくらいですよね(笑)。開発はオンタイムで進んでいるのか、遅れているのかというのは、全員で認識しなくてはいけませんし、リスクトップ5をあげておけば、ほとんどの事態が『想定の範囲内』になってきます。だから、何かあっても慌てる必要がない」
「リスクというのを1つずつ潰していくと、最後のほうでは『今プログラマーのAさんがインフルエンザで倒れたらヤバい』みたいなものがリストにあがってくるようになります。ここまで来たら、ほとんどのことには対処できた、という証拠です」
「これを4週間やり続けたわけです。最後のほうは、チームを盛り上げるために『いよいよ"くす玉"を準備しています』とか『管理部ではプレスリリースの準備をしています』といった情報も流していきました。こうやって、PMがハイテンションを維持して、チームにポジティブなメッセージを流し続けて、チーム以外のスタッフにも注目してもらいエールを送ってもらって……。これで初めてプロジェクトの成功が見えてくるんだと思います」
Section7 「手を動かすのが仕事」では、断じてない
「3つ目の個人の仕事処理能力を1.3倍にする、というのも、そんなに難しいことではないと思っています。仕事術の本はちまたにあふれていますし、簡単なところでは、道具の問題もあります。たとえば、パソコンが遅い、ソフトがイマイチなんていうのは最悪です。『いつでも言ってくれ、新しいのに変えるから』とみんなに伝えています。あとは『仕事のなかに、やらなくていいことはありませんか』という問いかけをしょっちゅうやるんです』
「当社に限らず、誰にでもありうると思いますが、ともすれば『手を動かしているのが仕事』ということになりがちです。そうじゃない、というのをリーダーはしつこいぐらいに言い続けなくてはいけないと思っています。もちろん、日々やらなければいけないルーティーン業務というのはゼロではないですが、そのままだとルーティーンは増え続けるのです。当社では『やらなくてはいけないこと』はミニマムにして、その代わり『チャレンジ』をしようというメッセージを出し続けています」
「できるナビ」の4週間プロジェクトのときも、メンバーは全員、日常業務を抱えながらの参加だったという。そうなると、「とりあえず参加はするけど、怒られない程度に報告できるくらいのことをやる」というような態度になりやすい。このプロジェクトを梃子に組織のスピード感を劇的に変化させようと思っていた金柿氏は、メンバーに次のように説明したという。
「これは、社運をかけた、『超最優先プロジェクト』です。だから、このプロジェクトの業務については『バトン』だと思ってほしい。『バトン』が自分に回ってきたら、全力で走ってください」
Section8 ポジティブなスパイラルに入った組織は強い
「できるナビ」プロジェクトの直後に続いたリニューアル・プロジェクトのとき、実は、もう1本の超最優先プロジェクトも同時進行していたのだという。
「2本のプロジェクトは、お互いが刺激しあって、どちらも目標を達成することができたんですよね。このポジティブなスパイラルの力は強くて、1つのプロジェクトが成功の軌道に乗り始めると、そのプロジェクト以外の人たちの間でもファインプレーが続出する、というようなことが、実際に起こるのです。そういうファインプレーが出てきたら、それもPMは全スタッフに知らせて褒める。こういう風にポジティブ・スパイラルを回し続けることこそがPMの仕事かもしれません。本当に、この半年くらいでどんどん進化してきているんです。以前より成果がでているのに、以前よりも時間に余裕がある」
「当社の組織ビジョンは『子どものためならいつでも休める会社』ですが、これを単純にワークライフバランス重視でスタッフに甘い会社だと思ってほしくはありません。いつでも休める状態にするためには、無駄なことをやっている時間は一切ないわけです。当社の組織ビジョンは正しくはこうです。『ハードワーク。でも、子どものためならいつでも休める会社』。私たちはベンチャーキャピタルからも出資を受けていて、日本にこれまでなかったビジネスで、株式上場も視野に入れている会社です。前年比10%アップなんていうレベルではなく、ブレイクスルーして事業をスケールさせることが求められています。ちっとも甘くないですよ(笑)」
Section9 とにかくリーダーが理想を追い続けて、その背中を見せるしかない
ポジティブ・スパイラルが回り始めた絵本ナビ。金柿氏には、どんな未来が見えているのか訊いてみた。
「今は、どのプロジェクトも私がPMをしています。少し前に、組織体として大きくなってきたからという理由で、事業部長を選任して、私が現場のマネジメントから離れた時期がありましたが、これはけっこうな大失敗になりました。現場を離れてしまったために、『やる』と決めたことに対してメンバーが動けない状態になったときに、その理由がわからない、なぜみんなが忙しいのかわからない、ということになってしまいました」
「そこで、いったんすべての事業部長を自分にしたのです。みんなに日報を作成してもらい、全員とコミュニケーションをとって、具体的に組織の一人ひとりが何をやっているのかを私自身が肌感覚でわかるようにした。そうすると、何かコトを起こすときに、『何をやらなくていいか』をあきらかにしてあげることができます。いったん部分最適になってしまったものを、マネジャーとしての私が把握することで、全体最適の視点から優先順位づけすることができるようになった」
「もともとは私も未熟です。でも、企業は社長のレベルで変わるんだな、ということが実感としてわかってきました。まず社長がレベルアップして突き抜けることが大事で、率先垂範でやってみせ、スタッフを導いていくことが今のステージです。私がベストプラクティスを追い続ける。その姿を見て学んでもらう。そして、全員が『成長実感』を分かち合えるようになっていきたいですね」
トップが突き抜け、ぶれないでいてくれる組織では、おそらくメンバーも、同じ夢を共有することができるだろう。2012年に、そしてその先に、絵本ナビがどんな風にブレイクスルーを果たしていくのか、目が離せない。
取材日:2011年12月20日文:石原直子写真:刑部友康
金柿 秀幸 氏
株式会社 絵本ナビ 代表取締役社長
大手シンクタンクにて、システムエンジニアとして民間企業の業務改革と情報システム構築を推進。その後、総合企画部にて経営企画に従事する。2001年、愛娘の誕生にあわせて退職。約半年間、子育てに専念した後、株式会社絵本ナビを設立し、代表取締役社長に就任。絵本選びが100倍楽しくなるサイト「絵本ナビ」の運営を開始する。雑誌など各メディアにて絵本紹介、講演など多数。著書に『幸せの絵本』シリーズ、『大人のための絵本ガイド』など。NPO法人ファザーリング・ジャパン初代理事。