極限のリーダーシップ

バンケットマネージャー 吉田勇太氏

賓客600人を迎えた “完璧”が求められる晩餐会。仲間を信頼して舞台を整えるのみ

2020年04月10日

w159_kyokugen_01.jpgPhoto=刑部友康

令和元年10月23日、天皇即位を祝う「内閣総理大臣夫妻主催晩餐会」が東京・赤坂のホテルニューオータニで開催された。世界各国からの賓客600人が一堂に会する晩餐会。サービス部門のリーダーを任されたのが、バンケットサービスに15年以上携わってきた吉田勇太氏だ。「国賓もお迎えできる一流のサービスを目指してこの仕事をしてきました」。吉田氏は、会場サービスの責任者として数カ月に及ぶ計画策定に携わり、350人のサービススタッフを率いて、晩餐会を成功に導いた。
しかし実は、直前まで現場は混乱のなかにあった。吉田氏はスタッフが整然と食事を運べるよう動線計画を立てていたものの、前日に行われたリハーサルで、スタッフたちの大渋滞が発生。規定の料理提供時間である70分どころか、リハーサル全体の時間である2時間を超えても料理をサーブしきれないありさまだった。

完璧を目指したサービス計画

吉田氏の最大のミッションは、賓客がサービススタッフの存在すら感じることなく料理と会話を楽しめるように、円滑なサービスを実現すること。「今回、特に難しかったのが、通常であれば90分かけて提供する6品のフルコースを70分で提供しなければならないこと。そして、賓客一人ひとりへの特別メニュー対応です。しかも賓客の正確な情報が直前まで確定しない。計画作成は困難を極めました」
特別メニューとは、宗教上の理由やアレルギーの有無、アルコールの可不可などの個別の事情に対応したメニューのこと。世界中から多様な文化的背景を持つ賓客を迎えるこの宴会では、特別メニュー対応者数が通常の宴会の10倍にも上った。結果として6品すべてに最大4種類の特別メニューを用意することになり、オペレーションは極めて複雑になっていた。吉田氏は特別メニューに対応するために、会場の外側一角に、専用の受け渡しスペースを設けた。さらに料理サービス担当を全卓に2人、ドリンク係を2卓に1人、ソムリエを4卓に1人、サポートに入る責任者を4卓に1人配置した。その結果、通常の3倍もの350人体制となったのだ。全国のホテルニューオータニのスタッフとOBから選りすぐりの精鋭を結集させることとなった。
これだけの人数に、いかに自律的に動いてもらうか。「短時間で料理を正確に出しきるための手厚い人員体制ですが、会場に圧迫感を与えかねない。それを感じさせず、350人が優雅に流れるように動くにはどうしたらいいのか。会場でのスタッフの動線を、毎日ずっと考えていましたね。それこそ夢にまで出てくるほどでした」
熟慮の末に編み出したのは、各卓のサービス担当2人のうち1人が皿を下げると同時にもう1人が次の料理を運び、2人が厨房と会場を常に循環するフォーメーションだった。
「これで万全だ、と思っていました」

w159_kyokugen_02.jpg国賓が参加する食事会では国際儀礼(プロトコール)に準じて入場、配席、配膳の順番などが決められている。サービススタッフは担当テーブルの賓客を把握し、プロトコールを守ってサービスしなければならない。
Photo=ニュー・オータニ提供

スタッフへの信頼で成功を確信

入念な計画にもかかわらず前日のリハーサルは失敗に終わる。大渋滞の原因は、当初50 ~ 100人と想定していた特別メニュー対応者が、直前になって200人まで増え、特別メニュー受け渡し専用スペース付近に想定以上の数のスタッフが集中したことだった。既に開演まで24時間を切り、残すは開演直前の90分のリハーサルのみという状況だった。
「解決のために自分がやるべきことは動線を修正することだと明確にわかっていました」。吉田氏はすぐに動いた。渋滞を解消するために、特別メニュー対応の出入り口を2カ所追加。国家的行事の会場設計を直前に変更することは容易ではないが、主催者側に状況を説明して承諾を得た。
さらなる問題は、晩餐会前日にもかかわらず参加者も席次もまだ確定していなかったことだった。言うまでもなく、賓客の正確な情報はサービススタッフの生命線である。最終的に情報が届いたのは当日の午前3時、開会の15時間前。しかも重要な情報である氏名・国名・特別メニューが別々のリストになっていた。吉田氏はスタッフの協力を得ながら、それらの情報を1つに統合したリストを夜通しで作成し、350人に渡す賓客情報の準備をぎりぎり間に合わせた。
前日のリハーサルの失敗から、一夜で計画を修正して臨んだ当日最終リハーサル。動線の追加と、正確な賓客の情報によって前日の混乱は解消された。最初から最後まで計画通りにスタッフが動き、時間通りに完了した。「前日の絶望した表情が一変して、『これはいける』とみんなの気持ちが変化したのがわかりました。このとき成功を確信しましたね。信頼できるプロたちが揃っているのですから、舞台さえ整えれば必ずうまくいくのです」
晩餐会は定刻にはじまり、定刻に終了。本番でスタッフが動く姿を見る吉田氏の表情は、緊張ではなく満面の笑みだった。

Text=木原昌子(ハイキックス)

吉田勇太氏

ホテルニューオータニ 宴会マネージャー

Yoshida Yuta 東京都出身。駿台トラベル&ホテル専門学校卒業後、「国賓をお迎えできるようなクラスのホテルでサービス業を極めたい」と考え、2003 年にニュー・オータニに入社。以来、会議、パーティー、婚礼の宴会サービス、トゥールダルジャン 東京の接客など数々の経験を積む。