コミュニケーションの型知
役員にネガティブな報告をする
今回のシーンのように、ネガティブな情報を上層部に伝える際に、まず人事部長に求められることは何だろうか。産業医として人事の事情にも詳しい医師の亀田高志氏はこう語る。
「このようなパワハラ問題は多くの会社に起こりえます。ここで大事なのは、今後生じるリスクを軽減するための、組織としてのリスクコミュニケーションです。そのためには、社内で問題を共有し、協力して解決にあたることが求められます」
これが、"組織にとってネガティブな情報"を報告するコミュニケーションの目標となる。つまり、人事部長は大前提として、「個人の利害」にとらわれず「全体の利害」を意識しなければならないということだ。
また、事実ベースで正確な情報を伝えるには準備も大切だ。当事者へのヒアリングによる事態の客観的な把握、それによって生じるリスクや本質的な問題の分析に加え、できれば問題改善のための組織改革案なども用意しておきたい。
事態への反応によってアプローチは異なる
具体的なコミュニケーションで注意すべきなのは次の点だ。人によって問題意識のあり方は異なり、同じ事象を前にしても反応はそれぞれ違う。今回のケースで、役員の典型的な反応として想定されるのは図に示した3タイプ。「組織としてリスクコミュニケーションに取り組む」という目標を達成するには、それぞれのタイプに適したアプローチが必要になる。
役員Aのようなタイプの意識を1回の対話で変えることは難しい。その点を踏まえ、折に触れ他社の事例なども伝えながら、焦らず中長期的なアプローチをとるのが現実的だろう。一方、役員Cは既に問題の本質を理解しているから、スムーズに課題解決に入れる。注意すべきは役員Bである。役員Bのように、訴訟や評判リスクといった目先のリスクに振り回されるなど、問題の本質をとらえていない場合、相手の視野を広げるコミュニケーションが必要だ。
「実際には、パワハラから訴訟やSNSでの悪評につながるケースはそれほど多くはありません。より重大なのはパワハラの蔓延が有能な人材の退職や士気の低下につながり、会社の生産性が落ちること。その点を役員Bに気づかせる必要があるのです」(亀田氏)
役員Bの場合は、役員Aと比べると、起こった事態に過敏に反応している点に実は脈がある。
相手のストレスが問題共有の糸口に
「大きな反応をするということは、その事象に対して役員Bにも何らかの心配事があり、ストレスがあるということ。このストレスこそが相互理解を図るための対話の糸口になりえます」(亀田氏)
本質的にものを見られないこのようなタイプからは、「人事は何をやっていたんだ」と責められる可能性が高い。まずはそれを受け入れ、謝罪したうえで、事前に準備したデータを用いて訴訟リスクの低さなどを説明する。それでも、役員の表情にはいくらか不安が残っているはずだ。それに対して、「何がそんなに心配なんですか?」と相手のストレスのありかを探る質問を投げかけてみたい。
「重要なのは傾聴です。相手は本音を語る過程で徐々に冷静になり、"全体の利害"へと視野も広がっていきます。人事担当役員なら、本来、"人事が目指す方向とは違う方向に会社が向かっている"ことがストレスの根源になっていることが多いもの。お互い悩んでいることは同じだというところに至れば、前向きな議論ができるはずです」(亀田氏)
問題共有が図れたら、準備していた改革案を提案するのもいいだろう。
Text=伊藤敬太郎Photo=轟木浩治
亀田高志氏
健康企業代表取締役、医師。
Kameda Takashi 日本医師会認定産業医。『管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント』(労務行政)など著書多数。