コミュニケーションの型知
議論をよりよい結論に導く
今回は、経営会議で、人事部長がファシリテーターを務めるケースを想定している。明確に意見が対立しており、かつ、取締役クラスが参加する会議だけにそれぞれ裏の思惑もある。人事部長はどのように会議を進行すればよいのだろうか。
目的は、結論をAかBかに決めることではなく、よりよい結論Cを得ることにある。そのためには、それぞれの「本当のニーズ」を探るなかで相互理解を進め、双方のニーズを満たし得る新たな問題を設定し、その解決策を出しあうという流れで議論を導いていく(右図)。
ファシリテーターにとって最初の難関は、「本当のニーズの発見」だ。各々の主張は、一体何を実現したいのか、その中味を明らかにする必要がある。そのための有効な問いかけとは何だろう。ビジネスファシリテーションの第一人者である堀公俊氏はこう説明する。
「『そもそも外国人を入れることで何を達成したいのですか』といった質問を投げかけることで議論のレベルが一段上がり、本当のニーズを引き出すことができます。さらに、『異なる価値観の人がいることがよい結果になると実際に思ったのはどんなときですか』と質問して、具体的なエピソードを聞き出してみるといい。体験に基づく物語は全員が共有しやすいため、相互理解が進み、お互いが歩み寄りながら話を進める土壌が整います」
本当のニーズとは別にある利己心・欲を把握する
だが、本当のニーズを詳(つまび)らかにしたからといって、合意形成が簡単に進むわけではない。表出されたニーズのさらに奥に、「自分が損をしたくない」という損得勘定や好き嫌い、名誉欲、利己心などによる"本音"が隠されていることもあるからだ。
「こうした感情を議論の俎上に載せる必要はありません。しかし、これらの感情こそが、最終的な合意や歩み寄りを阻むことは少なくないので、各人が決して言葉にしない本音までをもファシリテーターは早めに掴んでおく必要があります」
さて、もう1つの難関が「問題の再設定」だ。
「再設定する新たな問題は、あとで選択肢が複数出せるよう具体的すぎないほうがいい。まずは両者のニーズを統合するところから始めて、意見が一致しなければ、徐々に抽象度を高めていきます。最終的には『経営理念に照らしてみれば』や『競合に勝つには』といった全員が共有している価値観や理念にからめれば新しい問題を創ることができます」
なお、各人の"本音"をファシリテーターが掴んでおいたことは、最終的な結論の有効性を高めるのに役に立つ。合意された内容に納得していななさそうな人には、図に示したようなフォローを加える。これによって、後々に不満を持つ余地を排し、参加者全員が結論にコミットするかたちで議論を締めくくることができる。ちなみに、ファシリテーターがどちらかの意見を支持していた場合、真に中立であることは難しい。だが、片方ばかりに体を向ける、片方の意見だけに大きく頷くといったことはしないなど、公平な態度を貫く必要がある。
Text=伊藤敬太郎
堀公俊氏
堀公俊事務所代表。
HoriKimitoshi 2003年に日本ファシリテーション協会を設立し、初代会長を務めた。著書に『問題解決フレームワーク大全』など。