Next Issues of HR ブレインテックの可能性と課題
第1回 現実味を帯びるブレインテックの実用化
今、脳科学とITを融合させた「ブレインテック」が、ビジネスの世界で注目を高めています。なかでも、ここに来て急速な進化を見せつつあるのが、脳と機械を接続することにより、念じるだけでコンピュータやスマホを動かしたり、脳の動きから人の意思や気持ちを読み取ったり、あるいは情報を人の脳に送り込んだりする「BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)」「BCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)」と呼ばれるテクノロジーです。
まるでSFの世界のようだと感じる人も多いでしょう。しかし、ここ数年、イーロン・マスクが設立したニューラリンクや、フェイスブック(現Meta)といったグローバルビジネスを牽引する著名企業が参入したことにより、BMIのビジネスへの応用が現実味を帯びてきたのです。
BMIには、外科手術を施して脳に電極やチップを直接埋め込む「侵襲型」と、ヘルメット型や眼鏡型のウェアラブル端末などを利用する「非侵襲型」があります。
このうちニューラリンクが取り組んでいるのが侵襲型BMIの開発です。なかでも、現段階で同社が目指しているのは、体を自由に動かすことが難しい重度身体障がい者や難病患者を対象とした医療サービスとしての侵襲型BMIの実用化です。
その仕組みは、人が何かをしようと意思を持ったときに脳が発する「スパイク」と呼ばれる電気信号を、脳に埋め込んだ装置を通して読み取り、その信号がどのような動きと結びついているかのパターンをAIが学習することによって、コンピュータなどを操作できるようになるというもの。現在は動物実験の段階まで研究開発が進んでおり、2021年4月には、脳に装置を埋め込んだ猿が、手を使わずにビデオゲームで遊ぶ動画が公開されました。
まず医療用として事業をスタートしたのは、当局の承認を得やすく、実用化への道筋も立てやすいからですが、イーロン・マスクは次の展開として、ビジネスやゲームなど一般での利用について明言しています。
ただし、侵襲型BMIは、健康な一般の人にとっては明らかに抵抗感があります。そこで、フェイスブックが注目したのが、非侵襲型BMIです。
同社は、「光学画像」という方式を用いて、通常人が手を使って入力したときの5倍に相当する毎分100単語の入力を目標に掲げて非侵襲型BMIの開発に乗り出しました。しかし、2017年にはいったん研究チームを解散し、再編するなど、研究開発は順調とはいかず、今のところはっきりとした成果は示されていません。そもそも、非侵襲型は侵襲型と比べると脳内の電気信号を読み取る精度が大幅に劣るという課題があります。
このように侵襲型・非侵襲型いずれも現状では壁があるのは確かです。
しかし、この2社に限らず、今、世界中でいくつもブレインテックのスタートアップ企業が立ち上がり、大量の資金が投入されています。一連の動きを見ると、BMIの一般への実用化や普及の可能性は確実に高まりつつあると言えるでしょう。
小林雅一氏
KDDI総合研究所 リサーチフェロー
情報セキュリティ大学院大学 客員准教授
日経BP記者などを経て現職。著書に『ブレインテックの衝撃─脳×テクノロジーの最前線』(祥伝社新書)、『AIの衝撃─人工知能は人類の敵か』(講談社現代新書)など。
Text=伊藤敬太郎 Photo=小林氏提供 Illustration=ノグチユミコ