AI のお手並み拝見

接待力

AI は手加減できるのか

2019年12月10日

AI研究の進展に伴い、ゲームAIは大きく発展した。オセロ、チェス、将棋などのゲームでは次々とコンピュータが人間に勝利を収めるようになり、最も複雑といわれた囲碁でも、人間を負かすAIが出てきた。
大量のデータからAIが自ら特徴を抽出するディープラーニングの手法を取り入れた囲碁AI「AlphaGo」は、2015年10月に初めてプロ棋士に勝利した。2017年5月にはその改良版AIが当時の世界ランクトップの棋士を下した。さらに、人間との対局のデータを使わず、教師なしの自己対局のみで強くなるAI「AlphaZero」が登場し、囲碁のみならず、チェスや将棋でもこれまでのAIを上回る実力を示した。 
プロを凌駕するほど強くなったAIは、もはや人間にとって“対戦相手”ではなく、新しい“トレーニングツール”である。囲碁や将棋の世界では、AIを使って自分の対局を分析する人や、新たな戦略を取り入れる人が増えている。そうして腕を磨いた若い世代のなかから数多くのスターが誕生し始めている。

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強すぎるAIには楽しさが足りない

しかし、一般の愛好者が求めているのは、ゲームを楽しめる対戦相手だ。今のゲームAIはあまりにも強くなりすぎた。電気通信大学准教授の伊藤毅志氏はこう語る。
「どんなゲームでも、絶対に勝てない相手と戦うのは面白くないでしょう。勝てるかもしれないと思える局面があるから、勝負しようという意欲もわいてくるものです」
そうした人間の心理がわかっているから、勝利にこだわるプロ棋士も、一般人相手の指導対局で相手を叩きのめしたりはしない。うまく手加減をして、よい勝負を演出することで考える意欲と機会を与えてくれるのだ。では、AIには、相手の実力に合わせた「接待」勝負ができるのか。
「相手のレベルに合わせて自動的に手加減するシステムを作るのは比較的簡単です。AIは一手一手の評価値が明確に出せるので、それを利用して、接戦の局面が続くように調整すればいい。問題は、単に手加減するだけでは、人を楽しませることにならないということです」

ミスを犯すことでより身近な存在に

その要因は、AIが指す手の不自然さにある。結果的に五分の勝負になったとしても、AIがある局面で当然指すべき手を指さなかったり、明らかに不利と思われる手を指したりすると、人間は興ざめする。このような不自然な指し手が続けば、「わざと負けてもらっている」という不快感さえ生まれてしまう。
人が勝負の醍醐味を感じるのは、思いがけないスリルやドラマに触れたときだろう。そのような劇的な展開が生まれるのは、人間がミスを犯す不完全な生き物だからだ。人間の処理能力には限界があり、体調や感情の起伏にも左右される。どんな天才も間違えることがある。つまり、人間の勝負は自分も相手もミスを犯すことが前提となっており、それが勝負の楽しさにもつながっている。
一方で、AIの思考方法は人間とはまったく異なる。AIは、可能性のある打ち手をしらみつぶしに探索し、勝つための最適解を探る。基本的に、AIは「間違えない」ので、わざと負けることはできても、人間のような「うっかりミス」を犯すことはない。AIとの勝負に不自然さを感じてしまうのは、そのためだ。
本当に人を楽しませる接待勝負を実現するには、「人間らしいミスを犯す」ことも重要な要素となる。
「もちろん自動運転車など、間違いがあっては困る分野もあります。けれども、生活に身近なゲームAIやコミュニケーションロボットなどについては、時に人間のようにミスを犯すほうが親しみを感じられるのではないでしょうか。それができれば、失敗をしても皆から愛されるドラえもんのような、人間味のあるAIが生まれるかもしれません」

Text=瀬戸友子 Photo=平山諭 Illustration=山下アキ

伊藤毅志氏

電気通信大学大学院 情報理工学研究科 准教授

Ito Takeshi 電気通信大学人工知能先端研究センター兼務。北海道大学文学部行動科学科卒業、名古屋大学大学院工学研究科修了、工学博士。将棋などの思考ゲームを対象とした認知科学、人工知能、人間の問題解決・学習、学習支援などの研究に従事。コンピュータ囲碁フォーラム副会長。共著書に『先を読む頭脳』(新潮社)、『ゲーム情報学概論』(コロナ社)ほか。