AI のお手並み拝見
識別力
AIはがんを見分けられるのか
医療現場に、AIの技術を導入しようとする動きが進んでいる。AIメディカルサービスが開発する、画像診断支援AIもその1つ。AIが内視鏡の画像を解析して、肉眼では見分けにくい病変も瞬時に検出し、医師の診断を助けてくれるというものだ。
同社代表取締役会長の多田智裕氏は、現役の医師でもある。臨床医としてこれまでに2万例を超える内視鏡検査を行ってきたが、もはや人手では立ちゆかない状況だという。
「内視鏡検査の普及により、医師がチェックすべき画像は、10年前の3~ 5倍に激増しています。自治体の胃がん検診では、見落としを防ぐため医師によるダブルチェックを行っていますが、内視鏡専門医の数は限られており、診療時間外に3000枚もの画像を読影しなければならないのが現状です。せっかく高性能の機材を導入しても、医師の負担が大きすぎて、これでは見落としにつながりかねません。見落としを防止するためには、AIの活用が欠かせないと考えました」
実際、AIの画像認識能力は極めて高い。胃がんの原因となるピロリ菌胃炎判定で、同社が開発したAIを内視鏡専門医23人と競わせたところ、AIの正答率は87.7%となり、医師の平均82.4%を上回った。
注目すべきは、そのスピードだ。1万枚以上の画像を読影するのに、医師が平均4時間近く要したのに対して、AIはわずか3分強だった。
AI自身が特徴を学んでものを見分けられるように
AIの画像認識の精度が上がったのは、ディープラーニングが可能になったからだ。ディープラーニングは、人間の脳神経回路をモデルにしたニューラルネットワークという技術がベースとなっている。ニューラルネットワークを何層にも重ねた多層構造にすることで、高度な情報処理が可能になった。最大の成果は、AI自身が対象の特徴を学び、ものを識別できるようになったことだ。
たとえばネコを見たとき、ペルシャでも、スコティッシュフォールドでも、人間は一目でネコだとわかる。はじめて見る珍しい種類のネコであっても、イヌと間違えることはないだろう。目や鼻などのパーツ、色、全体のシルエットなど、ネコに共通する特徴を自分なりにつかんでいるから正しく識別できるのだ。
従来のAIには、見分けるための特徴をつかむことが難しかった。そのため、AIにネコを識別させるには、「4 本足で歩く」「しっぽがある」「耳がとがっている」など、どこに注目すればいいかを人間が教えてやらなければならなかった。
しかし、ディープラーニングの登場により、人間が教えることなく、AI自身がネコの特徴を認識できるようになった。AIは大量の画像を学習しながら類似性や法則性を見つけ、これを繰り返すことによってさらに精度を高めていく。結果として、はじめて見るネコでも、イヌではなくネコだと識別できるようになった。
医師の診断をAIがサポートする
「ただし、重要なのは、AIに与えるデータの量と質です。質の高い画像を膨大に与えなければ、十分な精度は確保できません」
同社では全国の大手病院やがん専門施設とも連携し、40万枚もの内視鏡画像を学習させた。がんのある画像と正常な画像を「教師データ」、つまり例題として与えると、色や大きさなどの特徴を、AIが自ら発見して学習していく。
早期のがんほど病変も小さくて目立たず、専門医でなければ見極めが難しいが、良質な教師データで学習したAIは、肉眼では見分けにくいがんも見落とさない。将来、AIとのダブルチェック体制が整えば、経験の浅い医師でも、がんの見落としを防ぐことができるだろう。
「今後も医療のさまざまな現場で、AIの活用が進んでいくことは間違いないでしょう。ただし、AIは単にこれががんである確率を示すにすぎず、診断するわけではありません。最終的に判断するのは、あくまでも医師です。AIを活用することによって、的確に診断を下したり、患者さんに寄り添って治療を進めるなど、医師本来の仕事に専念できるようになるのが理想ですね」
Text=瀬戸友子 Photo=平山諭 Illustration=山下アキ
多田智裕氏
AIメディカルサービス代表取締役会長CEO。
Tada Tomohiro AIメディカルサービス代表取締役会長CEO。1971年生まれ。東京大学医学部・同大学院卒。東京大学医学部付属病院、虎ノ門病院などを経て、2006年にただともひろ胃腸科肛門科を開業。2017年9月、AIを活用した内視鏡の画像診断支援システムの開発を目指し、AI メディカルサービスを設立。