AI のお手並み拝見

気配り

AIは空気が読めるのか

2018年02月10日

急速な技術革新が進むAIだが、人間のように自ら考えて行動する自律型AIは、いまだ実現していない。現状のAIは、膨大なデータ処理や複雑な計算は得意でも、「空気を読む」「阿吽の呼吸」といった人間的な判断や柔軟な対応は苦手だといわれている。
「今後は人間らしいAIの開発がますます進んでいくと思います」と語るのは、電気通信大学教授の栗原聡氏だ。既にAIは医療や金融、家事などさまざまな分野に応用され、高度な情報処理や効率化に役立つツールとして、高い能力を発揮している。いよいよ次は、自発的に仕事をこなしかつ気配りもできるAIが求められる段階に入ってきた。
「SiriやGoogleアシスタントに明日の天気を尋ねれば、設定した地域の予報を詳しく教えてくれますが、結局は『明日の天気は雨』というデータ処理の結果を伝えているにすぎません。
気配りができるということは、単に質問に答えるだけでなく、明日の遠足を楽しみにしている子には『残念だね』、運動会が中止にならないかなと願っている子には『よかったね』などと、今このとき、その人ならではの事情や要望に応じた対応ができるということです」ただし、そのためには、相手に対する深い理解が欠かせない。人間同士でも、親しくない相手が何を考えているかはよくわからない。長い付き合いを重ねてきた相手だからこそ、阿吽の呼吸が成り立つのだ。

背景知識を含めた情報を集め「私」専用のAIとなる

つまり、AIが相手の要望を先読みし、最適な対応を取れるようになるには、その人の属性に加え、個性や志向、習慣、置かれている状況など背景にある膨大な情報を集めることが必要になる。
その人の背景を踏まえて気配りのできるAIは、何も言わなくても予定に合わせて会議の準備をし、外出している間に先回りして掃除を済ませ、一息つきたいタイミングで好みの味のコーヒーを出してくれるなど、優秀な秘書のような存在になるだろう。将来的には一人ひとりに個別最適化した「私専用のAI」を持つ時代が来るかもしれない。
ただし、その実現には課題も多い。1つは情報をいかに集めるかだ。
人間は絶えず視覚から膨大な情報を得て、無意識のうちに学習している。そのため、相手の表情や態度からも心中を忖度できるが、現在のセンシング技術では、AIは相手が何を考えているかまでは分析できない。IoT時代に入り、生活のなかでインターネットにつながる接点は増えたが、人間の視覚に匹敵するほどの情報を得るには、センサーの数自体もまだ少ないのが現状だ。
さらに、マルチモーダルと呼ばれる、視覚・聴覚・触覚など複数の感覚を連係して情報を処理する技術も必要になる。気配りのできるAIの実現には、こうした技術のもう一段の革新が期待される。

「私」のために何をすべきかAI自身が判断して動く

そして最大の課題は、AIにいかに自律性を持たせるかだという。
「散歩中、AIに『のどが渇いた』と言えば、近くのカフェやコンビニを即座に検索してくれるでしょう。でも、子どもの健康を気に掛けるお母さんは、甘いものの飲み過ぎはよくないと考えて『我慢しなさい』と諭すかもしれません。気配りには、目的が必要です。お母さんの例のように、子どもの健康を守るという高次の目的の実現のために、この状況下でどうふるまうかを、AIが自律的に考えて行動して初めて気配りができるのです」
自律型AIは極めて大規模、複雑なシステムになることが想定されるが、そのために栗原氏が手掛けているのが「群知能」の研究だ。たとえばアリの集団はエサを巣に運ぶ最短ルートを見つけることができるが、1匹1匹は単にエサを見つけた仲間の匂いをたどっているだけで、全体を統括するリーダーがいるわけではない。
このように、単純な個体が大量に集まって連係することで、集団として高い知能を創発する現象が存在する。この仕組みを解明して、自律型AI開発に応用しようというものだ。
「技術的なブレークスルーが起きれば世界は一瞬で変わります。歴史を振り返っても、10年後と想定していたものは3年後には実現している。だから10年後には、今の私たちが想像もできない形で、人間とAIが共存しているかもしれませんよ」

Text=瀬戸友子Photo=刑部友康Illustration=山下アキ

栗原聡氏

電気通信大学大学院情報理工学研究科教授。

Kurihara Satoshi 慶應義塾大学大学院理工学研究科計算機科学専攻修了。NTT基礎研究所、大阪大学大学院情報科学研究科などを経て、2013年より現職。2016年には、電気通信大学が新設した人工知能先端研究センターのセンター長に就任し、汎用型AIの開発を目指す。