ハラスメントが個人に与える損害額はいくらなのか 孫亜文

2020年12月08日

「職場のハラスメントを解析する」Part2では、ハラスメントを見聞きすることが翌年における仕事に満足する確率、生活に満足する確率を引き下げることを示した。そこで、今度は、ハラスメントを受けたり見聞きしたりすることが個人に与える影響を金銭的に評価してみたい。

金銭的評価の方法として、Life Satisfaction Approach(LSA)を用いる(Frey et al. 2009 ※注1)。たとえば、今、ハラスメントを受けた場合、ハラスメントを受ける前の仕事満足感を一定にするには、ハラスメントを受けたことによる仕事満足感の減少分に相当する所得額を上乗せする必要がある。これを所得補償額(Income Compensation)と呼び、その試算結果は図表1の通りである(※注2)。

まず、ハラスメントを受けたと感じた場合の結果をみてみる。雇用者全体では、その場合の所得補償額は、仕事満足感では1758.6円である。つまり、ハラスメントを受けることよって、時給換算で約1758.6円分の仕事満足感が失われていることになる。これは雇用者の平均時給1761.1円の99.9%に相当しており、ハラスメントを受けてなお仕事満足感を維持するためには、今の倍の収入が必要であると解釈できる。生活満足感でも同様の結果(1742.4円、98.9%)を得た。

次に、ハラスメントを受けていないが、見聞きしたと感じた場合の結果をみると、雇用者全体では107.3%(1889.4円)であり、仕事満足感を維持するための所得補償額は、ハラスメントを受けたと感じた場合と比べてさらに高いことがわかる。生活満足感では75.6%(1330.9円)と、仕事満足感よりも所得補償額は小さくなるが、それでも高い水準にとどまっている。

正社員と非正社員別でみてみても、ハラスメントを受けたと感じた場合も受けていないが、見聞きしたと感じた場合も、仕事満足感で測った所得補償額はほぼ平均時給額に相当することがわかる。

図1 満足感を損なうハラスメントの状況に対する所得補償額(生活満足感、仕事満足感で評価)5-1.jpg

注:推計に用いた時間当たり賃金については、①主な仕事からの年収を、週労働時間に52週をかけた年間労働時間で割り、②時給回答がある場合は時給回答で置き換え、③雇用者に限定したうえで、標準偏差の3倍以上の時給は異常値として欠損値に置き換えて算出している。2段目は、属性別平均時給に対する所得補償額の割合である。XA20Tを用いたウエイトバック集計である。

この所得補償額は果たして大きいのだろうか。久米ほか(2017)では、正社員(平均時給1703.8円)において、残業がある場合とスキルを高める機会がない場合の所得補償額を算出している。まず、残業がある場合をみると、仕事満足感に対する所得補償額は 361.5円であり、正社員の平均時給の21.2%を占める。生活満足感では490.7円であり、28.8%を占める。スキルを高める機会がない場合では、仕事満足感が1233.3円で72.4%、生活満足感が808.0円で47.4%であった。これらの結果と比べると、今回のハラスメントによる試算結果は相当大きいことがわかるだろう。つまり、ハラスメントがもたらす満足感への毀損はかなり大きいのである。

政府や企業が目指すハラスメントがない世界の実現は、まだ道半ばである。その道のりを歩むなかで、ハラスメントが個人にもたらす損害の大きさを適切に認識し、ハラスメント対策を重要な経営課題としたうえで、防止策などに取り組んでほしい。多くの日本企業がハラスメント問題にこれまで以上に真摯に取り組むことに期待したい。

 

(注1)LSA は、地域や公共財などの非市場財の価値算出の手法である。「満足感を潜在的な効用の代理変数とみなし、満足感を直接的に評価させた後、それらを関心の高い変数に回帰させて得られる係数を使って、効用が一定となるようなトレードオフ比率(限界代替率)を計算して非市場財の金銭的な価値を試算する」(久米ほか 2017)ものである。
(注2)所得補償額を算出するためには、満足感関数を推計する必要があり、満足感関数を推計後、所得(対数賃金)とハラスメントの状況の係数を用いて、各個人について、所得補償額を試算している。今回の試算は、「全国就業実態パネル調査2020」追加調査のハラスメントの状況についての設問を用いて新たに推計したものであり、「職場のハラスメントを解析する」Part2の結果を用いたものではない。


参考文献:Bruno S. Frey, Simon Luechinger, Alois Stutzer (2009) “The life satisfaction approach to valuing public goods: The case of terrorism,” Public Choice. 138: 317-345.
久米功一,鶴光太郎,戸田淳仁(2017)「多様な正社員のスキルと生活満足度に関する実証分析」生活経済学研究 Vol.45; 25-37.

 

孫亜文(研究員・アナリスト)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、
所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。

 

※本コラムを引用・参照する際の出典は、以下となります。
孫亜文(2020)「ハラスメントが個人に与える損害額はいくらなのか」リクルートワークス研究所編「全国就業実態パネル調査 日本の働き方を考える2020」Vol.5(https://www.works-i.com/column/jpsed2020/detail005.html)

 

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