【警備員座談会・後編】「座って警備」は定着するか?4ヶ月実験した感想

2021年12月08日

警備員多くの業界で働き方改革が進むなか、業界構造の複雑さなどから、「警備業」の働き方の見直しはまだ道半ばだ。そこで、リクルートが、新たに始めたのが「警備員の働き方改革」プロジェクトだ。取り組みの一貫として、今年3月から7月までの4ヶ月間、リクルートのオフィスビルに勤務する4名の警備員を対象に、「座哨(座って警備すること)」の実証実験を実施。「立哨(立って警備すること)」が当たり前だった警備業界にとっては、新たな試みとして注目される。
体験した警備員は、座哨の効果をどう感じたのか。警備員座談会・後編では、実験の感想と導入に向けた課題を整理する。(全2回、聞き手:坂本貴志)

(プロフィール)
村上さん:50代。業界歴は15年ほど。フォークリフト整備、トラック運転手を経て現職。
鈴木さん:50代。業界歴は5年ほど。印刷会社に30年勤めて現職。
長谷川さん:30代。業界歴は10年ほど。介護職、職業訓練校を経て現職。
小林さん:60代。業界歴は5年ほど。民間企業の経理、経営などを経て現職。3名をマネジメントする隊長。
注:いずれの方も氏名は仮名にて表記。

警備業の常識「立つのが当たり前」

── はじめに座哨(座って警備する)の打診を受けた時、どう感じましたか?

村上さん:本当に座哨していいのかな」ということでした。これまで15年警備員として働いてきて、立哨はどの現場でも当たり前だったので、さすがに驚きましたね。
もちろん、ずっと立哨しているのは大変なので、座哨できるのはありがたいです。でも、ビルで働く人や来訪者は、他の施設では立哨警備を当たり前に見ている中で、自分の施設で「座哨している警備員」をみてどう思うのか、不安になったりするんじゃないか、と懸念がありました。

長谷川さん:私も、まったく同じことを思いました。「警備員=立つ仕事」というイメージがあるので、サボってるように見えるんじゃないかと。座れて嬉しいという気持ちと、クレームが来たら困るなという気持ち、両方が同時に思い浮かんだのを覚えています。

小林さん:2人が話すように、この話をメンバー伝えたときは、全員が「本当にいいんですか」という表情をしていましたね(笑)。かくいう私も、最初に本社から話を聞いたときは、耳を疑いました。
ですが、働き方改革の一貫だという話を聞くうちに、必要かもしれないな、と思い直して。実験の意義を感じ、ぜひやってみたいと気持ちが変わりました。

── そもそも、なぜ警備員は立ち続ける必要があるのでしょう?

鈴木さん:一番は、「抑止力」だと思います。立っていること自体が、不審者の行動の抑制につながるのかな、と。
ただ、今までは「座る」という発想自体がなかったので「座っていたら抑止力がないのか」と聞かれると、正直難しいですね。なんとなく、「立つのが当たり前」という暗黙の了解があった、というほうが、実情に近いかもしれません。

「座哨」でパフォーマンスはあがったか

── 具体的に、座哨をどう業務に組み込んでいったのでしょうか?

座哨小林さん:基本的に座哨で警備にあたり、たまに動哨(動いて警備すること)を組み合わせていました。だいたい、座哨が7割、動哨が3割くらいだったと思います。ずっと座っていると、姿勢が崩れてしまうので、ときどき巡回をしてマインドを整えます。

村上さん:私も隊長の指示で、座哨とバランスよく使い分けていました。はじめは「座っていると眠くなるかも」と懸念していたのですが、動哨を混ぜることで、むしろ全体的なパフォーマンスが上がった気がします。肉体的な負担も減って、体力を温存しながら最後まで集中力を持って業務に取り組めるようになりました。

── 他の方はどうですか?

鈴木さん:私も足の疲れがだいぶ和らぎましたし、足腰の疲労が少なくなる事で、翌日への仕事に対する心持ちも軽くなりました。今までは、夕方になると身体が痛くなったりしたのですが、それがめっきりなくなって。

長谷川さん:座哨することで、疲労が軽減し集中力が向上するという点で警備そのもののパフォーマンスはあがったと思います。
私は30代なので、まだ体力には自信がありますが、それでも立哨は疲れますし、疲労に比例して集中力も落ちてしまいますから。座哨を組み入れる事で今までよりも自分に対しての精神的なプレッシャーはありますね。

小林さん:機敏な対応をするぞ」という心構えがあれば、必ずしも立哨でなくてもいいのかも、と考えるようになりました。立っていようと、座っていようと「周りをよく監視してビルの安全を守る」という職分自体は、変わるものではありませんから。

── 逆に、座哨をしていて戸惑ったことはありますか?

鈴木さん:ビルで働く人や来訪者と、目線の位置が合わないのは気になりました。普段から目の前を通った人には挨拶をしているのですが、座哨だと見上げて会釈するかたちになる。最後は慣れましたが、最初の3週間くらいは少し違和感がありました。

長谷川さん:目線の位置は、たしかに今までと違うので戸惑いましたね。挨拶もそうですし、警備中も「死角が増えるんじゃないか」と不安がありました。ただ、これも動哨を挟むことで、改善できたと思います。むしろ、立ちっぱなしで疲労から注意力が散漫になるより、全然いいじゃないか、と。

村上さん:はじめに全員が気にしていた「周りからの目線」も、今回は事前に今回の実験のことがビルの方に伝わっていたので、あまり気にせずに済みましたね。「座っているのが当たり前」という前提があれば、気にする人もいないんだな、と実験を通してはじめて気づきました。

「座哨」は浸透するか、課題と展望

── 今後、座哨を広げていく上で、何がポイントになると思いますか?

長谷川さん:村上さんが言うように、世の中からの認知が広がれば、座哨がもっと当たり前になっていくと思います。「必ずしも警備は立ってなくてもいいんだ」「むしろパフォーマンスがあがるんだ」という、印象が広まっていくといいな、と。
それがないと、私たちがはじめに懸念したように、警備員側も座ることに対して気が引けてしまうだろうと感じますね。

小林さん:私も、猛暑のなか立哨をしていて体調を崩した経験があるので、座哨の認知が広がっていくといいなと思います。
ただ、個人的には、「警備とはどういう仕事か」という心構えを持ったうえで、座哨をしてほしいとも感じます。どんな時でも、ビルの安全を守るんだ、という意識を持っていてほしいです。

── 逆にいえば、その意識さえ持っていれば、座哨でも問題ないと。

小林さん:そう思います。立哨でも座哨でも、結局は本人がどれくらい警備という業務を自覚し、責任感と緊張感を持てるか。それに尽きるんじゃないか、と思います。その前提さえあれば、座っていてもクオリティの高い警備ができるはずです。
隊長として、そして毎日現場に立ち続ける一人間として、より警備員が働きやすい環境を整えたいし、業界全体も変わっていくといいなと願っています。

執筆:高橋智香
撮影:平山諭