ベトナムでの人事制度構築について

Nguyen Dinh Phuc氏

2015年03月30日

在ベトナム日系企業向けに人材紹介を行うアイグローカル・リソース代表のNguyen Dinh Phuc(グエン・ディン・フク)氏は、日系企業がベトナム市場で成長するためには、戦略的な人事制度を構築する必要があると言う。どのタイミングに合わせて、どのような制度を用意する必要があるか、同氏がチェックリストを用いて解説する。

◆ 有能な現地人材は、ミッションやビジョンを明確に掲げる企業への入社を望んでいる。
◆ 人事制度の構築が会社の将来を決める、といっても過言ではない。

ベトナムでの人事制度構築について

ベトナム計画投資省によると、2014年の日本からの新規投資件数(認可ベース)は298件となり、前年の291件から微増した。また、プログレス アンド パートナーズの調査では、2014年度第3四半期にASEAN9カ国で日系企業が「法人設立」「進出」「提携」したと判断できる活動は359件で、全体では前四半期より25件減少した。しかし、国別ではベトナムが最も多い87件で、全体の24%を占める。円安などの影響で日系企業の海外進出が減少する中、ベトナムは相対的に注目を集めている。
業種別にみると、ベトナムを生産拠点とみて進出する企業だけでなく、消費マーケットを狙った企業の進出が着実に増えている。進出分野は、現地で生産して販売する企業のほか、教育関係、商社、ITサービスとさまざまである。

これらの企業が、現地企業や多国籍企業との競争に打ち勝つためには、他社よりもよい人材を採用できるかどうかが非常に重要であることは言うまでもない。しかし、多くの日系現地法人は、人事制度が未整備であり、確立された人事制度の下で、人材採用、教育、評価ができているところは意外と少ない。本稿では、人事制度の構築が、採用を含むあらゆる経営管理の改善をもたらすことを述べ、人事制度の構築に対する意識を促したい。

採用時に、マネジメント能力をチェックする

私は仕事上、ベトナムに進出した日系企業から頻繁に人材紹介依頼を受けている。その際に、「どういう人を採用したいか」質問すると、「真面目」「素直」「几帳面」と回答する方が多い。そのような特徴を持った人材が、企業の成長のためにベストかどうか議論されないまま、日本人に合う人材に焦点を絞っているように感じる。また、日本語能力を重視している傾向も強い。日本語のできる人材は、語学があまり得意ではない日本人にとって助かることも分かる。しかし、日本語能力を重視しすぎて、マネジメント能力といったほかの能力をチェックせずに、将来の幹部として採用してしまうケースもある。

日系企業はとても真面目で、進出する前にいろいろな調査資料を入手して、ベトナムの人材マーケットについて検討しているケースも多い。しかし、そのような資料には、大まかなベトナム人の人物像と給与の幅が書かれているだけである。そのため現地人材を採用する際に、給与の低さに目がいきがちで、会社が必要としている人材の能力とは何であるかを議論せず、最低限必要な経験と給料の安さを優先してしまう企業もある。そういう企業はなかなか組織が安定せず、幹部社員も育てられないため、継続的な成長を果たせていないように見受けられる。

まずはミッションとビジョンを伝える

前述の例で共通するのは、人材採用、教育に必要な物差しである「人事制度」をきちんと構築していないことである。人事制度の構築は会社の将来を左右するほど重要であるにも関わらず、進出して間もない時期は多忙で、現地法人の社長は人事が分からない、スタッフは3年程度で辞める、など着手できない理由が多いため、取り組みが遅れてしまう事もある。
人事制度を新規導入する時のチェックリストと、実践するタイミングについて、下記のとおりまとめた。

項目1の「ミッション」とは、現地法人の存在意義である。ミッションがあるから進出するはずなのだが、意外とそれをきちんと定めていないケースが多い。現地法人は親会社の一部門である、という考え方は、本社とのかかわりが薄い現地スタッフには理解できない。そのため、現地法人のミッションを明確に掲げ、時間軸に沿ったビジョンもあわせて構築する必要がある(チェックリストの項目2)。日本で入手可能なベトナム関連資料には、幹部人材が採用できない、すぐ転職する、という情報が散見されるが、有能な現地人材は、ミッションやビジョンが確立した企業への入社を望んでいる。そのため、採用活動を開始する前に項目1,2のミッションやビジョンをきちんと定めておくとよい。

求める能力要件を「見える化」し、KPIを整備する

項目3は、会社のミッションを遂行できる人材に求める能力を決める作業で、まさに採用に直結する。専門的な内容のため、本社の協力を受けながら整備してもよい。たとえば、医薬品メーカーのミッションが「ベトナム人の豊かな生活を支える」だとすれば、営業スタッフを採用する際に、求める主な能力を ①影響力 ②成果重視 ③主体性 ④サービス精神、というように定義すればよい。ここまでできると採用する人物像も想像でき、面接の際にどういう質問をすべきか自ずと頭の中で浮かんでくる。適性テストや能力テストのアセスメントツールを合わせて利用する場合、重視する点も分かってくる。

項目4は、採用後に向上させる能力の成長過程を、具現化する作業である。日本に比べて社内コミュニケーションが少ない海外では、啓発を兼ねて、細かく文書化する方法が合理的である。たとえば、前述の営業スタッフを採用する場合、下記のように段階分けできる。(hが最高のステップ)

a) 職務上の権限を乱用して、影響を与える
b) 努力していない
c) 意識しているが行動していない
d) マニュアル通りの説明ができている
e) 工夫して、説明できている
f) 相手に合わせた行動ができている
g) 相手に良い印象を与える行動ができている
h) 情報発信して、複合的な影響を与えることができている

本来ならば、人材を採用するまでに上記のような能力向上のステップを設定してほしいが、ベトナムでは幹部人材が多くないので、市場原理に従って、立上げ時のメンバーを採用してもよい。幹部候補でない人材は比較的多く、採用した現地の幹部に責任のある仕事を任せても良いので、最低限、上記 d)の能力があれば十分である。

項目4で説明する能力が比較的定性的なものであるのに対し、項目5で構築する指標は数字に表れる成果である。製造業であれば、生産量、生産効率、不良率、在庫などで、サービス業は売上高、アポイント数、訪問数などが挙げられる。日本ではチームでカバーしあって目標を達成しようとするので、KPIはあまり細かく設定しなくてもよいが、海外では仕事の内容の確認を兼ねて、細かいKPIが求められている。そのため、KPIの整備も重要な仕事のひとつである。

採用戦略には労力を惜しまずに

チェックリストの項目6、7、8も、人事制度を導入する上で非常に大事である。ここでは深く立ち入らないが、能力の指標とKPIを両輪に透明性の高い給与制度を構築し、中間管理職が部下を評価・教育できた時点で、はじめて人事制度が機能していると言える。仕組みが回り始めるまで数年かかる作業なので、まずは項目1~5を早期に確立して、採用につなげてほしい。

当地の日系企業の採用活動をみると、採用担当者の勘や好き嫌いで決める、候補者数名を面接して一番良さそうな人材を採用する、といった相対基準で採用するケースが非常に多い。会社のミッションやビジョンに基づいた人材要件をあらかじめ戦略的に決めて、採用しているケースは少ない。多少時間がかかる作業ではあるが、単なるスタッフの採用という考え方を脱して、一緒に戦う仲間の人材像を明確にして戦略的に採用した方が長期的に良いはずである。場当たり的な対応ではなく、確立した人事制度の下で長期的に会社を支える人材を採用するよう心がけて頂きたい。

プロフィール

Nguyen Dinh Phuc(グエン・ディン・フク)氏

1977年 ベトナム・ホーチミン市生まれ。1996年に国費留学生として来日し、京都大学修士課程(リスクマネジメント)、大手ITベンダー勤務を経て2006年ベトナムに帰国。会計事務所のアイグローカルホーチミン事務所代表を務め、数多くの日系企業に対して、進出支援、会計税務および経営アドバイスを行った。
2010年よりアイグローカル・リソース(アイグローカルとの合弁)の代表を務め、日系企業向けの人材採用、人事制度構築支援を行う。会社のミッションは「ベトナムにいる人材のレベルアップ」。