タイの管理職志望者に選ばれる会社になるために
Wethisa Kanjanakaew氏
タイでは失業率が1%前後を推移し、企業は管理職の候補となるような人材の確保に苦戦している。少数ながらも存在する「管理職志望者」を惹きつけるためには、彼らのニーズを反映させた企業ブランドや研修を創り上げ、スピード感のある採用プロセスを整備する必要がある。バンコクでエグゼクティブ・サーチの業務に携わるウェティーサ・カンジャナケーオ氏が、管理職候補者の獲得に工夫をこらす企業の事例を紹介し、人材不足の市場で優秀な人材を獲得するための戦略を提案する。
◆管理職志向の高い人が応募したくなるような、企業ブランド、研修、ジョブ・ディスクリプションを創り上げる。
◆従業員が推薦した候補者は、採用後の定着率が高い傾向がある。採用したい人材にアプローチしたら、決断力とスピードのある採用プロセスで競合会社のひと足先を行く。
タイは、自然災害や不安定な政治情勢に苛まれながらも引き続き海外企業の投資先として人気が高く、多国籍企業が選ぶ2014~2016年の進出先候補地では8位になった。(国連貿易開発会議(UNCTAD))近年は、日本からの直接投資受入額が最も多く、自動車、金属加工、家電製品およびエレクトロニクス(E&E)など幅広い分野でプロジェクトへの投資が見られ、 タイ人の雇用創出、国内の輸出産業支援、技術移転による地場産業の競争力強化など、国内経済のあらゆる方面に貢献している。
日本とタイのビジネス関係が緊密になる中、在タイ日系企業は現地で抱える労働・雇用面の問題として「労働コストの上昇(52.1%)」、 「管理職クラスの人材確保が困難(30.3%)」を挙げた(出典:「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」 国際協力銀行2014年)。
過去12年間にわたる経済成長の恩恵を受けて、タイの2001年~2013年の平均失業率はわずか1.59%、2015年3月時点では0.99%となっている(出典:タイ銀行)。2014年1月に行われたタイ 投資委員会(BOI)の会合では、2013~2014年に約40万人の大卒者と8万人の大学院卒業生が労働市場に参入し企業の人手不足を補う労力になる、との報告があった。しかし、職務経験のある人材、特に専門的なスキルを備えた候補者の不足という問題は残されたままだ。
人材不足の採用市場で成功するために
タイの採用市場では過去数年間、求人要件を満たす人材が不足しており、状況は年々悪化している。実際、日々人材紹介業務を行う中で、顧客企業に紹介する候補者を見つけるのが非常に難しくなったと感じており、企業の人事部や採用担当者からも同様の話を聞くことが多くなった。人材不足が顕著な業種は、日用消費財メーカーなどの製造業と小売業である。海外から巨額な投資が流入する一方、多くの企業が成長・拡大して競争が激しくなったため、販売、マーケティング、生産部門の主要ポジションでは人材需要が供給を上回っている。
優秀な人材は一度に複数の企業からオファーを受けており、企業に要求する労働条件も高くなっている。そのような状況下、人材不足に悩む企業は、次のような人材獲得戦略を立てて実践しなければならない。
1)候補者のニーズを理解する
企業の多くは、市場調査やアンケート結果の報告書を見て、候補者のニーズや希望条件を把握する。有能な候補者を惹きつける方法、最も効果的な経路、肩書に見合う魅力的な給与。これらを理解している会社ほど、有能な候補者を獲得できる確率が高くなる。
2)CSR活動などで企業ブランドを構築する
タイのように人材獲得競争が激しい市場では、ブランドイメージが重要である。多くの企業が「選ばれる会社」になろうと凌ぎを削っている。対外的なブランドイメージを構築するために、既に働いている従業員が現在の職場環境に満足しているか、確認しておきたい。現在、多くのタイ企業が企業ブランドの強化を図るためにCSR活動に励み、個別研修、柔軟な勤務時間、個々のニーズに合わせた福利厚生などを取り入れ、業績連動型の報酬が提供できるよう、積極的に取り組んでいる。
3)管理職候補を育てる「タレント・パイプライン・プログラム」を導入し、採用チームを専門化させる
タイでは日用消費財メーカーA社が独自の「タレント・パイプライン・プログラム」を導入しており、求職者から高い評価を得ている。このプログラムは、管理職を志望する新卒者や既卒者を1~2年間で管理職の補佐役 へと育てる研修で、従業員だけでなく学生も参加できる。A社はこのプログラムを長年実施することで、成績優秀で高い英語力を保有する管理職志向の強い人材を獲得してきた。
また、多くの企業が社内の採用グループを専門化させ、テクノロジー分野のリクルーター、キャンパスでの新卒採用、エグゼクティブのリクルーターなど、役割を特化させている。
上記のA社は、ヘッドハンター経験のある人材を採用し、管理職採用のコストを削減するために設置した社内の管理職サーチ・チームや大量採用チームのサポート役を任せている。同社の体制は、もう人材ビジネス会社に依存していないようだ。
4)ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)は明確にする
ジョブ・ディスクリプションには、責務や業務内容、任務を成功させるポイントなどを記さなければならない。多くの企業が、優秀な人材を獲得するためにジョブ・ディスクリプションをマーケティング・ツールとして利用している。使い回しの任務や、誰でも書けるような一般的なフォームで説明しただけの求人広告では、優秀な人材は獲得できない。
5)リファラル・プログラム(従業員による紹介制度)の活用
リファラル・プログラムでは、従業員が直接候補者を勧誘できる点が有利である。私の経験から、最も競争が厳しい日用消費財メーカーや小売業の従業員は、業務の連絡が迅速で、リファラル・プログラムで質の高い候補者を獲得できている。これらの企業では、リファラル・プログラムで採用された人材の方が、同じ会社に長く勤務する傾向にある。従業員には、紹介した候補者が採用された場合、現金報酬や特別ボーナスを提供している会社が多い。
6)採用のスピードを加速させる
候補者の関心を引き留めておくには、短期で結論を出すための決断力、素早いオファーにつながる効率的な採用プロセスが非常に大事である。多くの候補者は同時に複数の企業からオファーを受けているため、決定が遅いと仕事をオファーする頃には、あっさりどこかへ行ってしまう。
最近私が担当した候補者の中にも、志望していた会社の面接回数があまりに多くて決定の連絡も遅かったために、他社への就職を決めてしまった人が多数いた。
採用活動の開始から候補者が雇用契約にサインするまでにかかる平均的な期間は、1.5~2カ月と言われている。
7)LinkedIn(リンクトイン)の活用
リンクトインは、企業と候補者の双方に人気の高い採用経路である。登録者にいつでも連絡ができるほか、個人や企業ブランドの構築、求人情報の検索、就職先企業に関する調査などができる。リンクトインにプロフィールを登録しているタイ人候補者は100万人以上で、会員数は増えている。
タイ、東南アジア諸国、新興市場といった人材不足の市場では、上記を考慮して人材獲得の戦略を立てれば、競合会社よりも早く、タイムリーに、適任者を獲得できるチャンスが舞い込んでくるだろう。
プロフィール
Wethisa Kanjanakaew (ウェティーサ・カンジャナケーオ)氏