心理的安全性が高いだけの職場では、若手は活躍できない
ゆるい職場時代。若手が成長し活躍する職場とは
前回、「職場環境が厳しくて離職したい」若手と「職場環境が“ゆるくて”離職したい」若手が存在していることが明らかになった。それでは、近年の労働法令改正によってもたらされた新しい環境のなかで、若手と職場の良い関係とはどういったものだろうか。
今回は、若手が成長し活躍できる新しい時代の職場に必要な要素を検討する。その結果として明らかになったのは、「心理的安全性が高いだけの職場では若手は活躍できていない」という実態と、心理的安全性とマイナスの相関を持つが若手の活躍とつながる、あるファクターの存在であった。
「キャリア安全性」
今回実施した調査(※1)からは、大手企業(1000人以上)の新入社員(入職1~3年目の大卒以上正規社員)のワーク・エンゲージメントと関係する要素として、2つの要素が存在していることが明らかになった(図表1)。
図表1 ワーク・エンゲージメントと職場環境の認識(※2)
ひとつは、「心理的安全性」である。よく知られた概念であり、調査ではエイミー・C・エドモンドソン教授の尺度を参考に、「チームのメンバー内で、課題やネガティブなことを言い合うことができる」「チームに対して、リスクが考えられるアクションを取っても安心感がある」「チーム内で自分を騙すようなメンバーはいない」「現在のチームで業務を進める際、自分のスキルが発揮されていると感じる」の4項目で状況を把握した(※3 )。図表1からも、心理的安全性の認識が新入社員のワーク・エンゲージメントにプラスの影響を与えていることがわかる。心理的安全性については各所で議論され、その重要性については社会全体で広く共感されており、新入社員の仕事のエンゲージメントを高め活躍できる環境をつくるうえで、この点に異議を唱える方は少ないだろう。
もう1つの要素が本稿のポイントである。心理的安全性と同様に新入社員のワーク・エンゲージメントにプラスの影響を与えるものとして「キャリア安全性」とも言える要素が存在している。キャリア安全性については、「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」(時間視座)、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」(市場視座)、「学生時代の友人・知人と比べて、差をつけられているように感じる」(相対視座)の3項目の逆数を用いて把握した(※4) 。つまり、この3項目に対して「そう思わない」度合いの高さである。時間が経過したときどうか、社会・市場のなかでどうか、交友関係のなかで相対的にどうか、といった俯瞰した視座で、“自身の現在・今後のキャリアが今の職場でどの程度安全な状態でいられると認識しているか”を捉える尺度である。回答者のこの認識を、本稿では「キャリア安全性」と呼称する。
図表1で整理したとおり、このキャリア安全性は新入社員のワーク・エンゲージメントにプラスの影響を与えていることがわかる。自分のキャリアが現職でどうなっていくのか安心しているという点で、この関係性の存在についても理解できるのではないだろうか。
このうえでポイントは、職場の心理的安全性とキャリア安全性がマイナスの相関を持つ点である。つまり、職場における心理的安全性とキャリア安全性は、ともに新入社員のワーク・エンゲージメントを高める性質を持つ一方で、片方を高めればもう片方が低くなる関係を有している。
心理的安全性とキャリア安全性の両方を高めなければ若手は活躍しない
この結果が示すのは、両方を高めたときに若手が全力で成長し活躍できる環境が生まれるが、しかし両方を同時に高めることが極めて難しい、という現状である。片方を上げれば、片方が下がる状況にあるのだ。そんななかで、日本の大手企業は基本的に2010年代後半以降、一貫して心理的安全性を高めるアプローチに重点を置いてきたように思える。このアプローチはもちろん各所で効果を挙げたが、しかし若手を育てるという観点では不完全であることは図表1からも明確だろう。「心理的安全性を高めながら、キャリア安全性をどう高めるのか」という問題が浮上しているのだ。
なお、この2つの要素を職場で両立するために有効なアプローチが調査からはわかっており、その点については次回検討する。ここでは、若手の心理的安全性とキャリア安全性の状況についてさらに確認したい。
職場環境と若手の就労・仕事状況の密接な関係性
図表2に若手を取り巻く職場の状態を整理した。心理的安全性の高低・キャリア安全性の高低をもとに、4つに分類することができる。
両方が高い職場を心理的・キャリア形成上の安全が確保された①Secureな状態、心理的安全性は低いがキャリア安全性が高い職場は成長機会や経験が多く積めるが高い負荷が掛かるという②Heavyな状態、心理的安全性は高いがキャリア安全性が低い弛緩を生む③Looseな状態(※5)、両方が低い二重の危険が迫る④Dangerousな状態である。
図表2 現代の若手を取り巻く職場の状態(概念図)(※6)
それぞれの入職1~3年目大卒以上正規社員における出現率は図表3のとおりであった(※7) 。①Secureは17.8%、②Heavyは13.0%、③Looseは30.9%、④Dangerousは38.4%である。法令改正の動きもあり、②のような職場環境は少数派であり、他方で、②からキャリア安全性をもそぎ落としたような④が多数派となっていた。また、狭義のゆるい職場とも言える③が30.9%存在していた。最も理想的だと考えられる①は17.8%に留まっている。
図表3 職場状態の出現率(%)(※8)
さらに、この4つの職場状態について、各種のスコア(※9)から若手との関係性を整理したい。
まず、いきいき働くスコアやキャリア進捗満足スコアといった自身の就労やキャリアの満足感を評価するスコアとの関係を図表4に示した。心理的安全性やキャリア安全性と関係性が深いこともあり、①Secureな状態の職場にいる若手のスコアが他と比較して明確に高い。また、④Dangerousは低い。
いきいき働くスコアでは②Heavyが③Looseより低いが、キャリア進捗満足スコアでは②と③は同水準である。②と③は心理的安全性・キャリア安全性の面で対極の関係にあるが、似た傾向を示していることは興味深い。
図表4 若手のいきいき働くスコア/キャリア進捗満足スコア(※10)(職場状態別)
また、ワーク・エンゲージメントの状況も掲示した(図表5)。ワークエネルギースコア、仕事夢中スコアの両者ともに、①が最も高く、④が最も低い。ワーク・エンゲージメントについて単純比較すると、心理的安全性だけが高い③よりも、キャリア安全性だけが高い②のほうが高い結果になっている。
図表5 ワーク・エンゲージメント指標(※11)(職場状態別)図表6には「いつまでその会社で働き続けたいか」の結果を示した。もちろん、④Dangerousな状態の職場にいる若手が最も短期の離職意向が強い(「すぐにでも」および「2・3年」の回答の合計が多い。同質問には「少なくとも5年は働きたい」という選択肢があるが、これを選ばない、つまり5年は長いと考えている回答者である)が、次に高かったのは心理的安全性のみが高い③Looseな状態の職場にいる若手であった。これは前回の図表3の結果と親和的である。
図表6「いつまでその会社で働き続けたいか」設問への回答(※12)(職場状態別)
今回提示したとおり、ゆるい職場の時代には心理的安全性が高いだけでは若手が成長し活躍する職場が形成できない状況にある。そこにはもう1つのピースである「キャリア安全性」が必要であった。
筆者は過去に、約50名の若者へのインタビューを整理し、若者のキャリア観を「ありのままでありたい」と「なにものかになりたい」という2つの欲求に整理している(※13)。今回提示した職場に必要な2要素の、心理的安全性が「ありのまま」であることを受容し、キャリア安全性が「なにもの」かになることを促すファクターであると感じている。
しかし、心理的安全性とキャリア安全性はマイナスの相関を持ち、単に片方を上げるだけではもう片方が下がってしまう厄介な関係にある。次回は、若手を取り巻く職場の2つの重要要素を両立するためのアプローチについて検証する。
古屋星斗
(※1)リクルートワークス研究所(2022)「大手企業における若手育成状況検証調査」サンプルサイズ2985。調査実施時期は2022年3月、第一時点調査(主として学生時代の状況や現在の就労状況・職場環境などの説明変数となりうる項目を聴取。3月18日~22日実施)と第二時点調査(主としてキャリア認識やワーク・エンゲージメント、企業への評価などの被説明変数となりうる項目を聴取。3月25日~28日実施)に分けて実施している。第二時点調査の回答者は2527であった。
(※2)構造方程式モデリングによる分析。統制変数は性別(女性ダミー)、現職企業規模(1000人以上規模ダミー)であり、ともに5%水準で有意な結果ではなかった。図表1で示した3つの概念はすべて潜在変数であり、それぞれ文中・文末脚注で解説した観測変数により構成される。また、モデルには、職場の心理的安全性および職場のキャリア安全性に対して単方向の関係を持つ職場での取り組み要素(ここでは第一時点調査で計測した、ジョブアサインのフィット感、「職場において任される仕事は、自分の能力や適性に配慮されている」など3項目への回答)を設定しているが、本稿の趣旨をふまえて省略し図示を簡略化した。χ2(113)=308.52,CFI=.969,TLI=.963,SRMR=.043, RMSEA=.048(upper bound .054)。適合度指標は慣例的な基準を上回っていることが確認できる(カイ二乗適合度検定は棄却されているが、中・大標本〈サンプルサイズ 759〉のため他の適合度指標の値が良好であることによる)。
(※3)エイミー・C・エドモンドソン氏による心理的安全性を計測する尺度を参考に、リッカート尺度・5件法(「あてはまる」~「あてはまらない」)で作成。α=.73
(※4)「日々の仕事に関する以下の質問について、最も近いものを選んでください」と掲出して、文中のとおり質問した。リッカート尺度・5件法(「強くそう思う」~「全くそう思わない」)で作成。α=.79
(※5)なお、③グループは狭義のゆるい職場と考えられる。「狭義の」とするのは、以前も整理したとおり、日本の大手企業では全体として若手の負荷の減少傾向があることから広義のゆるい職場はより広範に生起している現象と解釈できるためである。
(※6)〇〇な状態の職場/a XXX place to work として解釈できる若手の職場観の整理である。
(※7)心理的安全性の高低分類については、「失敗が許される職場である」「他者の反応におびえたり恥ずかしさを感じることなく、安心して発言や行動ができる」「プライベートでの活動を職場でオープンにできる」の3項目への5件法(「あてはまる」~「あてはまらない」)の回答について、「あてはまる」を5点とし、合計が10点以上となった回答者を「高い」と設定した。10点以上であれば、3項目のうち1項目以上に「どちらかと言えばあてはまる」と回答した者であるためである。キャリア安全性の高低分類については、「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」(時間視座)、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」(市場視座)、「学生時代の友人・知人と比べて、差をつけられているように感じる」(相対視座)の3項目への5件法(「強くそう思う」~「全くそう思わない」)の回答について、「全くそう思わない」を5点とし、合計が10点以上となった回答者を「高い」と設定した。10点以上であれば、3項目のうち1項目以上に「そう思わない」と回答した者であるためである。
(※8)上記調査において、入職1~3年目を対象に分析。性別ウェイトを用いて集計している。
(※9)以降のスコアについてはすべて第二時点調査で用いた設問を用いて構成している。
(※10)いきいき働くスコアはリクルートワークス研究所(2020)の研究による「仕事は、私に活力を与えてくれる」「仕事内容に満足している」「私の仕事は、私自身をより理解するのに役立っている」等リッカート尺度・5件法で回答を得た5項目を因子分析(最尤法・プロマックス回転)した結果として得た1因子の因子得点。キャリア進捗満足スコアはSpurk, D., Abele, A. E., & Volmer, J. (2011). The career satisfaction scaleを参考に筆者が翻訳した5つの設問(「自分のキャリアにおいて、これまで成し遂げたこと」「将来の目標に向けた、これまでのキャリアの進み具合」「目標とする仕事や社会的な地位に向けた、これまでの進み具合」など)にリッカート尺度・5件法で回答を得た5項目を因子分析(最尤法・プロマックス回転)した結果として得た1因子の因子得点。
(※11)ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(9項目版)を用いて測定した結果を因子分析(最尤法・プロマックス回転)した結果として得られた2因子の因子得点。ワークエネルギースコアは「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」「職場では、元気が出て精力的になるように感じる」など5項目の因子負荷量が高く、仕事夢中スコアは「自分の仕事に誇りを感じる」「仕事をしていると、つい夢中になってしまう」など4項目の因子負荷量が高い。Shimazu, A., Schaufeli, W. B., Kosugi, S. et al. (2008). Work engagement in Japan: Validation of the Japanese Version of the Utrecht Work Engagement Scale. Applied Psychology: An International Review, 57, 510-523.
(※12)「あなたは現在働いている会社・組織で今後、どれくらい働き続けたいですか。一番近いものを選んでください」という質問に対する回答。
(※13)リクルートワークス研究所「“ありのまま“と“何者”のはざまで。若者キャリア論2020」第1回 若者はなぜ焦るか