職場が「ゆる」くて、辞めたくなる
急速に変わる職場環境における若手育成という新しい課題
ここ数年の労働法令改正により、職場運営に関するルールは急速に変化した。この職場運営ルールの変化の詳細については、前回のコラムをご覧いただきたい。この変化は、雰囲気が変わった、などといった曖昧なものではない。2010年代に社会を揺るがす大きな問題となった若者の労働環境問題に端を発し、政府が法令を改正したことによる環境変化であった。そのため、これが“不可逆な変化”であることに異論はないだろう(月100時間、200時間の残業を是とする社会に戻ることはありえないだろう)。
もちろん、こうした労働環境の改善はポジティブに受け止められるものである。他方で、この急速な職場環境の変化が、若手の職場観をどう変化させ、また、若手の育成をどう変えようとしているのかについてはほとんど検討されていないのが現状である。そこで現在の状況を明らかにするために、リクルートワークス研究所では大手企業の若手社員に対する定量調査を実施した(※1) 。このコラムシリーズ 変化する職場と若手育成-「ゆるい職場」におけるソリューションを考える では、実施した調査をもとに若手の職場観の変化とその理由、見えてきた新しい職場に必要な要素を検討していく。また、その必要な要素を促進するために求められる取り組みやマネジメント・コミュニケーションスタイルなどを検証していく。
大手新入社員の36%が職場を「ゆるい」と感じている
まずは、若手の職場認識から取り上げよう。ここでは、従業員数1000名以上の大手企業に入職した大学卒以上の1~3年目の新入社員を対象とした結果を用いる。職場との向き合い方についての詳細は以前のコラムで整理したとおり、職場環境は良くなっているが、不安に思う若手が多いことがわかっており、この不安が「ゆるさ」に起因するのではないかと仮説を提起していた。この点について検討したい。現在の職場を「ゆるい」と感じるかどうか、について尋ねた結果を示した(図表1)。
結果としては、大手入社3年目までの新入社員のうち、実に36.4%が「ゆるい職場か?」という質問に「あてはまる」および「どちらかと言えばあてはまる」と回答していた。「どちらでもない」は32.5%、「あてはまらない」「どちらかと言えばあてはまらない」は31.2%であり、職場を「ゆるい」と感じている新入社員が一定数いる様子が明らかになっている。
この結果は、読者各位の予想通りだろうか。ぜひ、入職当初の職場を思い起こして御覧いただきたい。当時の職場に対して、「ゆるい」という表現が出てくるだろうか。筆者はこの単純集計の結果だけでも、若手を取り巻く職場環境の構造的な変化を物語っているように感じる。
図表1 現在の職場を「ゆるい」と感じる(※2)(%)
職場を「ゆるい」と感じている新入社員のほうが、離職意向が強い
約36%の大手新入社員が職場を「ゆるい」と感じていた。この状況の大きな課題と考えられるのが、職場の“ゆるさ感”とその会社で「いつまで働き続けたいか」が密接にリンクしていたことである。
まずは新入社員のその会社でいつまで働き続けたいと思っているか(就労継続意識)を示す(図表2)。具体的には、「あなたは現在働いている会社・組織で今後、どれくらい働き続けたいですか」という質問に対する回答である。
「定年・引退まで働き続けたい」新入社員も20.8%いた一方で、「すぐにでも退職したい」者が16.2%、「2・3年は働き続けたい」も28.3%存在していた。「すぐにでも」「2・3年」を合わせると、実に44.5%と半数弱が現在の会社との関係性をごく短期的なものだと考えていることがわかる。なお、「5年は働き続けたい」が15.6%おり、6割以上の大手新入社員は現在の会社との関係を“5年程度で終わるもの”とイメージしている可能性がある。
図表2 大手新入社員「いつまでその会社で働き続けたいか」(※3)(%)
さて、問題はこの「いつまでその会社で働きたいか」(就労継続意識)と、ゆるさ感がリンクしていることである。図表1で示した職場を「ゆるい」と感じているかどうかの回答と、図表2で示したどのくらい自社で働く意向があるかをかけあわせて整理したのが図表3である。
図表3からは以下のことがわかる。
① 現在の会社との関係を2・3年程度の短期的なものと最も考えているのは、職場が「ゆるいと感じる」新入社員である。「すぐにでも退職したい」が16.0%、「2・3年は働き続けたい」に至っては41.2%に達しており、合わせて57.2%がごく短い期間の在職イメージしか持っていない。
② 「すぐにでも退職したい」については、職場を「ゆるいと感じない」新入社員が最も高く、29.7%であった。これはいわゆるブラック企業、労働環境・条件の良くない状況で働いている新入社員の意向が反映されているものと考えられる。
③ 「2・3年は働き続けたい」については、先述の職場が「ゆるいと感じる」新入社員が最も高く、41.2%に達している。
図表3
職場が「ゆるい」ならストレスもなく、自分がやりたいようにできて、心身ともに健康で安泰なのではないかと思ってしまうが、実際はそうではないのだ。就労継続意識が低いことは裏返せば、離職意向が高いことである。つまり、ゆるい職場は若手の離職意向を高めている可能性がある。
「今の職場は好きだが、このままで大丈夫なのかという焦りがある」「思ったほどビシバシ鍛えられなくて、自分からもっと指導してくださいと上司に言った」「学生時代に近くて肩透かしなんです」(※5) ……。大手新入社員が語る自身の職業生活に関するコメントは、まさにこの結果を裏打ちするものではないだろうか。この点に、現代に出現した「ゆるくて不安になり転職する」という、新しい若手の離職理由が凝縮されている。
キャリア不安につながる「ゆるさ」
最後に、職場の「ゆるさ」が生んでいる不安の代表例としてひとつの集計を掲示したい(図表4)。「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」という項目に「強くそう思う」「そう思う」と回答した者の合計は、職場を「ゆるいと感じる」と回答した新入社員が非常に高い結果となり、合わせて62.6%に達している。特に、「強くそう思う」については23.7%であり、圧倒的に高い割合である。このように、職場のゆるさは成長を望む新入社員のキャリア不安に直結している。
図表4 「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」割合(※6)(%)(「ゆるさ感」別)
ただし、ゆるいと感じている新入社員はその会社のことが嫌いというわけではない。10点満点での自社の評価点出してもらい、ゆるさ感別に平均点を示した(図表5)。見てわかる通り、最も評価点が高いのが「ゆるいと感じる」新入社員である。著しく労働環境・条件が悪い回答者が一定数含まれると考えられる「ゆるいと感じない」が一番低いことを除けば、成長できるかどうかと会社が好きか嫌いかは別である。
図表5 現在の自社の評価点(※7) (10点満点)
本稿の図表3と図表4、図表5が示した現在の大手新入社員の状況は、非常に“厄介な”ものである。それぞれの図表の結果をまとめれば、「会社のことはゆるくて好きだが、キャリアが不安なので、退職を考えている」という若手像が浮かび上がる。ゆるくて会社のことは好きなのになぜ辞めるのか、この理由はもはや明白であろう。では新たな職場はどのような場になるべきなのだろうか。
次回は、ゆるい職場時代の職場が目指すべき方向性について検証する。
古屋星斗
(※1)リクルートワークス研究所(2022)「大手企業における若手育成状況検証調査」サンプルサイズ2985。調査実施時期は2022年3月、第一時点調査(主として学生時代の状況や現在の就労状況等の説明変数となりうる項目を聴取)と第二時点調査(主としてキャリア観やワークエンゲージメント、企業への評価等の被説明変数となりうる項目を聴取)に分けて実施している。第二時点調査の回答者は2527であった。
(※2)1000人以上企業、正規入社大卒以上、新卒1~3年目社員。集計にあたっては性別割付ウェイトを用いた
(※3)「あなたは現在働いている会社・組織で今後、どれくらい働き続けたいですか。一番近いものを選んでください。」という質問に対する回答。集計詳細は図表1と同様。
(※4)集計詳細は図表1と同様。なお、「ゆるいと感じる」回答者と「どちらでもない」「どちらかと言えばゆるいと感じる」回答者の合計割合の差は5%水準で有意。
(※5)筆者は大手新入社員対象のインタビューを継続的に実施しており、コメント例については以下のコラムなどに記載している。
修羅場もない、叱責もない。「ゆるい職場」は新入社員を変えるか
(※6)「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」に対して、「強くそう思う」~「全くそう思わない」の5件法で聞いた回答。集計詳細は図表1と同様。なお、「ゆるいと感じる」回答者と「どちらかと言えばゆるいと感じる」以外の回答者の合計割合の差は1%水準で有意。「強くそう思う」の差は「ゆるいと感じる」とそれ以外の差が5%水準で有意。
(※7)「あなたは現在働いている会社・組織に就職・転職することを、親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか」に対する10点満点での回答の平均点。集計詳細は図表1と同様。