今、問われているのは新しい「com(ともに)」のあり方である――中原 淳氏

2021年10月28日


中原淳【プロフィール】
中原 淳(なかはら・じゅん) 立教大学経営学部教授。マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授などを経て、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発、組織開発について研究している。上梓した著書は数多く、最新刊に『増補新装版 経営学習論』(2021、東京大学出版会)がある。


「com(ともに)」から見た「集まる意味」

“ザ・職場”という概念は、すでに崩壊しつつある

カンパニー(company)の語源は、「コミュニオン」、すなわち「ともに集まる仲間」ですね。接頭辞「com」の意味は「ともに」です。カンパニーとは、そもそも「人々がともにある」ことを通して、事業や産業を興し、利潤を得ることですね。そう考えると、今回のヒアリングの論点である「会社に人が集まる意味」というのは、私には、問いが不思議に聞こえます。カンパニーというのは、もともと「com」であり、人が集まることを内包している概念です。しかし、それが、昨今、コロナ禍の影響も加わって大きく揺さぶられました。「人々がともにあること」は変わらないにせよ、それを現代バージョンにいかにアップデートするかが課題です。

かつての高度経済成長期を支えたような、日本の会社の「職場」は、端的に言えば「同じ時間、同じ空間、いつものメンバー」です。それに加え、時にはともに食べる、飲む、宿泊するといったものも含めて、職場がありました。
しかし、この10年、それらは、だんだん「色あせて」きています。若い人をはじめ、育児・介護を担いながら仕事をする人など、多様な人々には「刺さらなく」なってきている。たしかに、コロナ禍が拍車をかけた部分はあるけれど、それ以前から“ザ・職場”という概念は崩壊しつつあったのです。
たぶん、職場の概念において、コロナ禍がもっとも影響を与えたのは空間でしょう。「同じ職場で働いている」という言葉から、多くの人は、「同じ空間を共有していること」を想定します。これがコロナ禍で大きく変わった。同じ空間を共有していなくても「Zoom」や「Slack」などでコミュニケーションをとりながら仕事をすることが常態化してきた。「同じ空間」を共有していない人がふえたのです。
そうなると、人々の意識も変わってくる。たとえば、私が今やっているサーベイの質問項目では、極力「職場」という言葉を使いません。むしろ「チーム」という言葉を使います。「あなたの職場では、どうですか?」と問うのではなく「あなたのチームでは、どうですか?」と聞きます。このように「com(ともにあること)」の様態が、コロナ禍で大きく変わってきたのです。私たちは「新たなcomのあり方」を模索する時代に入っています。

エンゲージメントは半径5mで決まる

コロナの「あと」に起こったと思われている変化は、実は、コロナ禍の「前」から起こっていました。たとえば、「物理的に集まるか否かで、エンゲージメントに差異が生まれるか」という観点も、その一つです。すでに変化は起きていました。コロナ禍の前の「ザ・職場」でも「本当に、職場で、目標共有ができていたんだっけ?」という話です。エンゲージメントに関して言えば、経年調査を見ても多くの項目が、コロナ禍前から、どんどん下がっています。

私は、エンゲージメントは半径5メートルで決まると考えていて、自分が日々過ごしているチーム、同僚や上司との関係性が大きく影響します。なので、私たちが調査をするときには、その人の生活世界に近いような設問を用い、それをフィードバックするようにしています。
「新たなcomのあり方」を考えるときには、やはり「半径5メートルの世界」が重要になるのではないでしょうか。
どんどん提案して、試みればいいのだと思います。「最近コミュニケーションがとれていないから朝会をやろう」とか、何でもいいんですよ。簡易的な調査を短期間に繰り返すパルスサーベイを使って、少しずつフィードバックし、たとえば会議の最後に振り返りや対話の時間をこまめにつくるとか。こういった取り組みを半年やって、エンゲージメントを高めた会社事例もあります。

原始共同体の頃から、「人が集まる」のには重要な意味がある

コロナ禍の現状を見ても、しばらく先、そう簡単には元に戻れそうもありません。今までのように、派手に飲み会・無礼講をやって盛り上がるというノリは難しいでしょうから、今、地道にでも何か動き出さないとまずいと思いますね。コミュニケーションの「com」も同じ。いろいろなコミュニケーションのあり方も含めて、新しい時代の「ともにある」を見いだしていかなければならないと思います。

それに伴って、祝祭のあり方を考えることも重要です。祝祭は集団を維持していくために行われるもので、会社で言えば忘年会や新年会、表彰などといった場ですね。社会学者のエミール・デュルケームが、かつて「聖俗二元論」を唱えたように、人間は日常的な経済活動である「俗」だけでは「気枯れて」いくから、非日常の空間を持ち、そこに「集合的沸騰」をつくろうというわけです。

農業なんかでも、仕事に疲れてきて「もうダメだ」となった頃に夏祭りがあるんです。祭りとは、非日常、つまり日常が倒錯する、いわば「カーニバル」ですよね。非日常の空間で英気を養って「また頑張るか」となるのが人間なのです。「新たなcomのあり方」を模索するときには、「新たな会社における祝祭のあり方」も考える必要があるでしょうね。さすがに、「今日は無礼講、的飲み会」を復活させるわけにはいかないでしょうから。

これからの「集まる」

教場化されていない集まりが重要な意味を持つ

以前、私は、大学で「ビジネスパーソンがつながる場」を主催していました。「ラーニングバー(Learning bar)」とよばれる勉強会で、ビジネスの最前線の話題をみんなで聞き、みなで対話する場でした(※1)。一時期は参加募集を行えば800名ほどが集まるような場になりました。ラーニングバーで、私が目指していたのは、「この場から新たな知・実践知を生み出す」ということでした。今から考えても、「ビジネスパーソンが集える、楽しく怪しい場」だったと思います。
歴史的に考えると、「人々が集える、楽しく怪しい場」がいつも、時代をつくってきたんです。かつて17世紀のイギリスには「コーヒーハウス」というものがあったんですよ。社会のさまざまな人々が自由に集まる場で、ここが情報の集積地となって金融のロイズが生まれ、新しいメディアや文化も生まれてきました。フランスでは、サンジェルマン・デ・プレにたくさんの「カフェ」がつくられますよね。そこに、社会にいる多様な人々、異才が集まる。サルトルやボーヴォワールの新たな思想も、カフェ文化から生まれましたよね。
コーヒーハウスも、カフェも、めちゃくちゃ「怪しい場」なんです。さまざまな領域の先端をいく、かつ異端的な人々が集まってコーヒーを飲むだけなんだけれど、ここから新しいものが生まれている。ラーニングバーを通じても思うことですが、こういう「教場化されていない場」はとても重要な意味を持ちます。イノベーションは、人々が自由意志で集まる怪しい場でしか生まれないのですから。
大切なのは、場のつくり手も観客も、全員が同じ参加者として存在すること。固定化しちゃったらつまらないんです。いつものメンバーで、いつものように集まり、いつものようにまったりと過ごす場は、心地よいかもしれませんが、新たなものは出てきません。

さまざまな制約もポジティブに捉える

「集う」ということで、私のゼミの話をすると、2020年の3月頃でしたか、新型コロナで集まれないとなったときに、学生たちがサーッと引いていく感覚があったんですね。通常ならば社会人とのコラボ企画をやったり、合宿をしたりという楽しい時期なのに、一気に白けたというか……。このまま放置しておいたらまずいと思ったので、いくつかの試みを始めました。

まずは「コロナ禍」という「悲劇」のイメージの書き換えです。コロナ禍を「悲惨な出来事」と捉えるのではなく、「この状態は100年に1度のイベントである」「こんな機会はめったにないチャンスだ」というように、新たに捉えなおすようにしました。いわゆるポスト・トラウマティック・グロース(post traumatic growth:悲惨な出来事のあとの成長)ですね。悲惨な出来事のなかにこそ、君らの成長がある、と信じようと言いました。
そういうなかで実施した一つが「オンライン合宿」です。誰もやったことがなく、これから社会でニーズも出てくるだろうからと、学生に「つくって」とけしかけまして(笑)。オンラインでの合宿を、いちはやく実行しました。そのプロセスは、マニュアル化して、社会にただちに公開しました(※2)。

また、「世の中でいちばん楽しいオンラインゼミをつくろう」というのも取り組みの一つ。もとより、自分たちの学びは自分たちでデザインするというのが基本スタイルなのですが、この環境だと、モチベーションを保って学ぶのは難しいので、ゼミのテーマに少しでも関係するのなら何をやってもいいと。毎回、ものすごく盛り上がっています。もちろん、目的の確認や振り返りは大事にしつつですが、極論を言えば、プロダクティビティは求めなくていいと考えています。この難局をみんなでどうやって明るく乗り越えていくか、そのためには何が必要かを考えなければならない今は、「com」の原点と向き合い、「新しいcomのあり方」を求めていくときでもあるのです。
「新しいcomのあり方」は、どこかに「答え」があるわけではありません。自分たちの未来は、自分たちでつくりだすほかはないのです。

 

(※1)Learning bar
https://www.youtube.com/watch?v=KX8bJ4o3Q8g
(※2)世界初!? 中原ゼミ「オンライン合宿」でチームビルディングをやってみた!? : ZOOMで新人の組織社会化は可能なのか?
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/11365


執筆/内田丘子(TANK)
※所属・肩書きは取材当時のものです。

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