職業人気度についての考察-賃金以外の特性に着目してー
松本洋輔(一橋大学 経済学研究科)
ここまで述べてきたように、日本では人手不足が盛んに叫ばれているが、一般事務をはじめとして人余りである産業・職種も複数存在する。この人手不足と人余りが共存する歪んだ状況は需要・供給双方の要因によって起こっていると考えられる。こうしたなか、ここでは労働供給サイドすなわち求職者の職業人気度からその要因の一端の考察を試みる。
人々が職業を決定する要因として、真っ先に考えられるのは賃金である。しかし、自律性や専門性が発揮できる環境であるかといった、労働者が感じる仕事自体の価値も多分に影響していることは想像に難くない。
田中(2020) (※1)においても、「金銭的報酬を強く望む理由で就職した者は必ずしも多くないこと」や「専門性の発揮、仕事の面白さをはじめとした内的報酬を得たいと考えて仕事に就いた者が多いこと」が示唆されている。そこで、ここでは、「賃金一定」の仮定を置いた上で人々がどのような職業を選好するのか、そしてそれらの職業が共通して持つ特徴は何かを見ていくことで、求職者が感じている賃金以外の価値を浮き彫りにすることを目指す。
警備員、建設作業者、ドライバー、介護士などが不人気職種
まずは、賃金一定の仮定のもとで、人はどのような職に就きたいと思うのかを見ていこう。ここでは、リクルートワークス研究所が行った1,400名に対して行ったwebモニター調査、「サービス業の方の働き方調査」を用いて分析を行う(※2) 。
同調査では、調査回答者に対して、以下のような問を用意して、34の職の人気度を測定している。
(問)あなたがいま仮に自由に職業を選べるとしたら、下記のどの職業に就きたいと思いますか。
なお、賃金はどの職業を選んでも変わらないものとします。就きたいと思う職業と就きたくないと思う職業をそれぞれ5つずつお選びください。
同結果を分析し、サンプル全体の職の人気度を見たのが図表1である。グラフの傾向を見ると、まずは、一般事務や財務・会計・経理事務などの事務職が人気であることがわかる。その一方で、営業職は不人気職種となっており、デスクワーカーの中でも職種の魅力には偏りがある。
さらに、人気が高い職業は医師、弁護士、研究職をはじめとした専門職である。こうした専門職は概して賃金も高いが、賃金以外にも人を引き付ける何かがあるのだと考えられる。最後に、人気度が低い職業をみると、警備員、ドライバー、建設作業者、介護士などノンデスクワーカーがやはり不人気であることが確認できる。
図表1 職業の人気度
出典:リクルートワークス 研究所「サービス業の方の働き方調査」より作成
注:就きたい職業と就きたくないとおもう職業をそれぞれ5つずつ選択する形式をとっているため、%の合計は100にならない。知名度が高い職業が「就きたい職業」、「就きたくないとおもう職業」共に選択されやすいと予想されるため、今回は「就きたいと思う職業」に回答した割合(%)と「就きたくないと思う職業」に回答した割合(%)の差分を「職の人気度」として定義した。
不人気職職種の人手不足が深刻
ここで、図表1を業種ごとの人手不足度を示す雇用人員判断DI(図表2)と見比べてみよう。足元で人手不足が深刻な業界である「運輸・郵便」「建設」「対個人サービス」「対事業所サービス」の人気度を見てみると他と比べて低いことが確認できる。
人手不足は需要・供給の両側面によって引き起こされており、かつ図表1は賃金が一定であると仮定した上での職の人気度を示すものである。その上で、人手不足と職業人気度に強い類似性が見られることから、「労働者が感じる仕事に対する価値」が市場メカニズムを通じて「人手不足」に影響を与えている可能性が高い。
それでは、労働者は様々な職業の中のどのような点に対して価値を感じるのか。次回以降の分析では、これまでブラックボックス化されてきた職業間の魅力度の格差が生まれる理由を分析していこう。
図表2 雇用人員判断DI(業種別)
出典:日本銀行「日銀短観」より作成
(※1)田中秀樹. (2020). 労働者にとっての仕事の報酬: 労働者は賃金で報われたいと思っているのか (特集 あらためて賃金の 「上がり方」 を考える). 日本労働研究雑誌, 62(10), 70-81.
(※2) 本データは1400人を対象に行ったアンケートであり、「賃金一定・どの職業にも就業可能」の仮定の下に就きたい職業と就きたくないとおもう職業をそれぞれ5つずつ選択する形式が取られている。また、年代・性別毎の割付は図表3が示すとおりである。