定年を境に仕事の価値観は変化するか
定年後のキャリアにおいて仕事のサイズは小さくなる。人はそうした仕事にどのような意義を見出すのか。そもそも仕事に何を求めるのか。仕事の価値観という側面から定年後のキャリアの実相を探っていく。
現代日本人が抱いている仕事に関する29の価値観
人は何を求めて仕事に向かうのだろうか。もちろん、多くの人が欲するのは経済的安定である。稼がなければ生活できない。収入を得るための手段という側面を否定する人はあまりいないだろう。
しかし、働くことの意味はそれだけではない。働くことを通じ、私たちは有形無形問わず、さまざまなものを得ているのも事実である。仕事に対する価値観を体系的にまとめた研究者がいる。ドナルド・E・スーパーである。彼は、職業価値(work value)を経済的な安定を得ることだけでなく、自分の能力が活用できること、人の役に立てることなど、20の尺度にまとめた※。
仕事に対して抱く価値観は、どのような職業選択のみならず、仕事以外の生活面におけるさまざまな役割にも影響を及ぼす。Part2では、定年後、生活に占める仕事の割合が低下する一方、家庭・家族、芸術・趣味・スポーツ、地域・社会活動などの割合が高まることがわかったが、その背景の一つとして、こうした仕事の価値観の変化があると推察される。
スーパーによる働く価値観の尺度は一昔前にアメリカで作られたものであるため、今回、現代日本の就業者の価値観を調べるにあたって、いくつかの調整を行った。リクルートワークス研究所では、「シニアの就労実態調査」の事前調査として、働くことに関する価値観を尋ねた自由記述の調査を行っている。その結果、得られたいくつかの尺度をスーパーの20の尺度に追加することで、計29の価値観にまとめた(図表1)。
※Super,D.E. & Nevill, D.D. (1985) The values scale, Consulting Psychologists Pressを参照。
図表1 人が働く上で感じる29の価値観
注:1から20までは、中西・三川(1988)「職業(労働)価値観の国際比較に関する研究一日本の成人における職業(労働)価値観を中心に」を参考にドナルド・E・スーパーが整理した価値観を列挙。21から29までは、リクルートワークス研究所が行った価値観調査の自由記述欄にみられたいくつかの価値観を採用している。
仕事で何を重視するか 価値観を6つに集約
この29の価値観は大まかにどのように分類できるだろうか。「シニアの就労実態調査」では、この29の価値観それぞれについて、重要と思うか、そうでないかを5件法で尋ねている。
まずは、60歳未満の就業者(定年前の就業者)と60歳以上の就業者(定年後の就業者)との間で、それぞれの価値観を重要であると答えた人の割合の差をとると、図表2のようになる。定年後の就業者が相対的に重要であると答えやすい価値観として、「さまざまな人と交流する機会があること」「仕事において自身の責任を果たすこと」「一生懸命に身体を使って仕事をすること」などが挙がる。一方で、「高い収入を得ること」「昇進できること」などはその重要性を失う。
さらに、29の価値観は互いに関係が深いものとそうでないものとがあり、いくつかのグループに区分けできると考えられる。これらを因子分析することによって得られた結果が図表3である。これによると、現代の日本人が働く上で感じる価値観は大きく6つに分類できる。すなわち、「他者への貢献」「生活との調和」「仕事からの体験」「能力の発揮・向上」「体を動かすこと」「高い収入や栄誉」である。多くの人にとって、これらの要素が働く上でのモチベーションになっているのである。
図表2 定年前と定年後の仕事の価値観の差
出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」より作成
注:それぞれの価値観について、60歳以上の人が「重要である」「やや重要である」と答えた比率、60歳未満の人が「重要である」「やや重要である」と答えた比率を算出し、前者から後者を引くことで差を求めている。
図表3 人が働く上で感じる6つの価値観
出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」より作成
注:図表3の29の価値観についてそれぞれ重要であるかどうか5件法で尋ねたうえで、これを因子分析をした。因子分析をしてプロマックス回転をした結果、因子1(他者への貢献)の因子負荷量が8.38、因子2(生活との調和)が7.70、因子3(仕事からの体験)が7.13、因子4(能力の発揮・向上)が6.57、因子5(体を動かすこと)が5.54、因子6(高い収入や栄誉)が5.12、因子7が0.87となったため、上位6因子を採用した。なお、6つの価値観のいずれにも該当しなかった価値観が6つあった。