頂点からの視座

大平貴之氏(プラネタリウム・クリエイター)

星空が持つ圧倒的な存在感、
奥行きを忠実に表現したい

2016年08月10日

プラネタリウムをつくり始めたのは、実に10歳のとき。以来、大平貴之氏の人生には、星空が深くかかわり続けている。大学時代には、個人製作は不可能だとされていたレンズ投影式のプラネタリウムを開発。1998年に発表した「MEGASTAR(メガスター)」では、従来の100倍以上という150万個(最終的には170万個)の星を輝かせた。今も星の投影数を飛躍的に進化させているだけでなく、家庭用プラネタリウムの開発など、大平氏はとどまることなく新機軸を打ち出している。その素顔に迫りたい。

Ohira Takayuki_1970年生まれ。常に先鋭的なプラネタリウムを提案するクリエイターとして、世界的に活躍する。千葉県立現代産業科学館(8/31まで)、浦添市美術館(8/28まで)にて、夏休みプラネタリウムイベント開催中。

― ずいぶんと好奇心旺盛なお子さんだったようですね。とりわけ、ものをつくるのが大好きだったとか。

もう生まれつきですね(笑)。天体だけではなく、写真、ロケット、鉱物など関心事は多々あったんですけど、何かわからないことがあると、ひたすら原理を調べるとか、何でも自分でつくってみたくなるんですよ。
次第に興味の対象が絞られ、残ったのがプラネタリウムとロケット。中学から大学の途中まではロケットづくりも続けていたのですが、ただ、当たり前だけど危ないでしょう。その点、プラネタリウムは安全で、誰にでも楽しんでもらえる。高校の文化祭では自作のプラネタリウムを発表し、みんなに喜んでもらったんですが、ピンホール(針穴)式では美しさに限界があります。いずれは、それとは比較にならないほどリアルな星空を実現できる、レンズ式の投影機に挑みたいと思っていました。

― そのレンズ式は大学時代に、そしてソニー勤務時代には、業界の常識を覆したMEGASTARを開発されています。「つくりたい」という情熱は、ずっと冷めなかったんですね。

レンズ式の製作に専念するため、途中、大学を1年間休学したんです。学業との両立はとても無理だと思ったし、レンズ代や製作費を稼ぐ必要もあったので、電源メーカーでアルバイトしながら......。とはいえ、将来、プラネタリウムを生業(なりわい)にすると決めていたわけでもなく、理系なら大学院には行っておこう、技術者になるなら憧れのソニーでしょうとか、僕は流されやすいタイプで(笑)。でもレンズ式のように、個人でつくるのは不可能などといわれると悔しいし、「ここまで」とあきらめられない。
MEGASTARもそうで、それまでとはケタ違いの星数、100万個以上を実現しようと決めていました。一般的なプラネタリウムって、肉眼で見ることができる6.5等星までの約1万個の星を表現できれば十分、というのが通説だったのですが、違うだろうと。だって実際には夥(おびただ)しい数の星が存在するわけで、それを再現するのは当然のことだと思うのです。

進化がなければ、意味も面白みもない

― 企業は、そういう開発努力をしてこなかったのでしょうか。

プラネタリウムをつくる技術自体は昔から確立されているので、資本力や設備を持つ企業にすれば、特段難しいことではありません。ただ、多くは公共施設で使用されるために市場が限られているのと、教育プログラムと連動して発展してきたから、極端な進化は必要なかったということだと思います。費用対効果も得られにくいですしね。
僕は個人で突っ走ってきたから、自分にとって正しいと思うこと、やりたいことができた。たとえば、天の川。あれは光の帯のように見えるけれど、実際には肉眼では見えない多数の星が集まって圧倒的な存在感を放っているわけです。そうした宇宙の奥行きみたいなものを忠実に表現したい----僕には、そんな思いが常にあるのです。

― 今春には、パーソナルユース向けの超小型プラネタリウム「MEGASTAR CLASS」を開発され、話題を集めています。次々とブレイクスルーを起こす背景にあるものは何なのでしょう?

ものづくりに携わる以上、そこに進化がなければ意味がなく、面白みにも欠けます。そして何より、人を喜ばせたり、驚かせたりすることが大きなモチベーションになっているんです。僕は、いわゆる「周囲は関係ない」的な破天荒タイプではなく、人に評価されたい、褒められたい願望がわりにあるんですよ(笑)。
技術って魔法のようなもの。空を飛ぶこと一つとっても、人間の力をはるかに超越した能力を技術が実現してくれます。そういった力を創造することは最高に面白く、僕にとっては幸せなことなのです。

強みも弱みも明言することが重要

― 好きなことを純粋に追求していく過程には、時に、人との衝突や障壁もあると思うのですが、大平さんはどのように解決されているのですか?

確かに、衝突もありますよ。公共事業の場合などは、えてして、行政側と現場の学芸員さんの意向が違ったりして、その狭間で苦しむこともあります。当初は「従来にない最新鋭のプラネタリウムを」と望まれても、新しいものを入れると作業手順も変わるから、現場は受け入れを好まないとかね。時にはトラブルになって、喧嘩することだってあります。
もちろん、いたずらな争いはよくないですが、おかしいと思うことには正対し、相手に伝え、理解を求める努力はしているつもりです。そこを疎かにすると、結局いい関係がつくれません。誰に対しても、自分の一貫したスタンスを守ることは、とても重要だと思っています。

― 技術者として、信頼関係を大事にしていらっしゃる。

そうですね。社会や仕事相手とのバランスのいい信頼関係。それを構築するには、自分の強みをアピールするだけでなく、弱点やマイナス部分も明言することが大切です。たとえば、星の明るさを自由に変える機能とか、うちの製品が他社に及ばない点もある。そういうできること、できないことを明確にしたうえで、僕らのアピールする点を認めてくださるのなら、全力でご提案しますと。なかなか難しいですけど、1つでもウソがあると、辻褄を合わせるために自分が苦しくなるし、何より大切な技術者としての信頼を失うことになります。大好きなプラネタリウムづくりにひた走ってきた僕ですが、少し大人になりましたかね(笑)。

Text=内田丘子(TANK) Photo=橋本裕貴

After Interview

桁違いの数の星を投影できるプラネタリウムを個人で完成させ、世界中を驚愕させた若きエンジニア。この肩書きから、いわゆる「猪突猛進」「唯我独尊」タイプの人物を想像しなかったといえば、ウソになる。
実際にお目にかかると、どうも様子が違うのだ。幼い頃から「周囲の目が気になってしまう」。周りから浮くのはイヤで、先生にも怒られたくない。だから、ものづくりに明け暮れた夏休みの最終日に、終わっていない宿題を前にパニックになる。大学時代には、壮大な挑戦の前に、きちんと休学手続きをとってしまう生真面目ぶりだ。
夢はあるが普通の人。普通の人だが夢は捨てられない。この二律背反の状況に“右往左往”する一面と、どうせやるなら記録を大々的に破るレベルじゃないと面白くもないと、突っ走る一面。このアンビバレントさこそが、大平氏の魅力だ。この人物が今、主張すべきことは主張し、誠意で繋がれる相手としか仕事はしたくないと、自らの型を定めた。いい仕事ができないはずがない、と思う。
新著『プラネタリウム男』では、大平氏がオトナになっていく過程を楽しく読める。密やかな夢を持つすべての人に、お薦めの書だ。

聞き手=石原直子(本誌編集長)