生き物のチカラに学べ

社会を長く維持するカギは、一定の「余裕」にある

2017年04月10日

社会性昆虫の最高峰ともいえるミツバチの社会は、実に高度に組織化されている。今のような形になったのは500万年前とされており、あらゆる地球の環境変化を克服してきたタフな生き物だ。その優れたメカニズムの研究に長年携わってきた中村純氏は、「『自分たちの社会を維持する』という統一目標のもと、ミツバチ間では見事な役割分担がなされており、かつ、それらを柔軟に運営することで、高い環境適応能力を発揮している」と説明する。

女王バチも働きバチも、群れを運営する"器官"

ミツバチの社会は雌のみで運営されている。女王バチと働きバチの存在はよく知られているが、意外にも、そこにヒエラルキーはないという。「呼び名のイメージから、女王バチが君臨していると思われがちですが、女王バチも産卵という仕事を担う、あくまでも群れの一員。特別な系統があるわけではなく、幼虫の段階で大量の餌(ローヤルゼリー)を与えられた者が女王バチとなり、その生涯を産卵にだけ費やすのです」(中村氏)
一方、働きバチは、1カ月ほどの寿命(暖候期の場合)のうちに、体の生理機能を変化させ、それに伴って仕事も変えていく。羽化してすぐに巣の掃除係を務めた後は、子育て、巣作りなどを経て、最後には花粉や花蜜を集める"外勤"を担う(図参照)。
「基本の流れはありつつも、仕事に柔軟に対応するのもミツバチの大きな特徴です。たとえば、女王バチが卵を産んでいない時期ならば、育児の仕事は必要ないとスキップするし、門番がやられたとなれば、ほかの働きバチがカバーに入る。あるいは、仕事と今の自分の生理状態が合っていなければ、失業中ということで(笑)、待機組に入るとか。実に柔軟でしょう?」(中村氏)

多様性が生きるリーダーなき秩序社会

これらはある種の自己判断によるものだと、中村氏は続ける。「群れを存続させるために、『今、自分ができることは何?』を基準に動いているのです。そこに、人間社会のような命令系統はありません。ミツバチの社会が、"リーダーなき秩序社会"と呼ばれているゆえんです」そして、働きバチ間の多様性にも大きな意味がある。ミツバチはほかのハチと違って、女王バチの交尾が同時期に複数の雄バチと行われる。だから、同世代の働きバチは父親違いの姉妹ということになり、受け継ぐ遺伝子の違いから個体差が生まれる。温度、匂いなどに対する感度の違い、そういう個体差もまた、群れの維持には有効だ。「ミツバチは住環境にとても気を配る昆虫で、なかでも温度や湿度を保つ換気は、分業になくとも重要な仕事になるんですね。少しでも暑くなったとき、率先して空気の入れ替えを始めるのは温度変化に敏感な働きバチで、それでも力が足りなければ、ほかのハチを順次動員していく。
起きた問題に対し、働きバチは個体差を生かしてファジーな調節を行っているわけです」(中村氏)

「3:7」の比率が意味するもの

コロニー(集団)における働き手の基本割合はアリと同様3割、あとは待機組だ。「待機組7割をキープできるかどうかが重要」だと中村氏は言う。ただミツバチの場合、その比率は一定ではなく、コロニーのサイズによって変わってくる。「標準的なコロニーのサイズというのは3万〜5万匹くらいで、その規模なら3:7の比率を保てます。でも、サイズが小さくなると、先ほどの換気などのように、巣環境を維持するのに絶対的に必要な作業が一定量は発生するから、働き手の比率は上がっていきます。待機組が減るわけで、そうなると、たとえば、瞬間的に咲く花から一斉に採餌(さいじ)したいなど、『いざ』というときに人員不足で成果を挙げられない。つまり、群れを長く維持するには、一定の余裕が非常に大切になってくるのです」
中村氏が実験や観察のために作る小さなコロニーは、余裕のなさからいずれ破綻していくという。1人が何役も担ったり、いざというときのために余力が確保できていなかったりすると、いっときの成果は得られても、サステイナビリティは望めない。いかなる環境変化も乗り越え、古来より命をつないできたミツバチに学ぶところは大きい。

Text=内田丘子(TANK)  Photo=内海明啓 Illustration=寺嶋智教

中村純氏

玉川大学ミツバチ科学研究センター主任/教授。

Nakamura Jun 飼料メーカーでの養蜂飼料開発、青年海外協力隊での養蜂普及活動を経て、1993年、同大学大学院博士課程修了。ミツバチによる資源利用を主テーマに、その行動学や遺伝子などの研究に取り組む。NPO法人みつばち百花理事も務める。