Next Issues of HR With コロナの健康経営
第2回 社員も会社も成長していく健康経営の要素
コロナ禍をむしろ逆手にとって健康経営の取り組みを進め、社員のモチベーションを上げ、顧客や地域社会から圧倒的な支持を得ている事例には共通の要素があります。
1つは、健康経営が本業にもプラスになることです。たとえば、京都府の製作所では、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、社員がアイデアを出し合って、足で踏むタイプの消毒液装置をつくりました。当初は社内用のつもりでしたが、会社の業績悪化の穴埋めになればと、自分たちでPOPやカタログまでつくって慣れない営業にも乗り出しました。これは、健康経営の活動が本業に活かされ、ものづくりで顧客に貢献するという製造業の特長が表れた事例です。
一方、東京の美容室では、コロナ禍での健康経営の取り組みを通して美容師たちの健康に対する感度が磨かれ、顧客の変化やニーズに敏感に対応できるようになったことで売り上げの増加にもつながった、というサービス業ならではの展開もあります。
また、社員の健康自体も企業の業績に直結します。私たちの研究ユニットによる先行研究(*)で、社員の体調不良に伴う労働生産性の損失額は、健康状況によって1人当たり年間100万円の差があることがわかっています。100人の職場では年間で億単位のインパクトがあります。さらに、健康経営を通じて社員のモチベーションや職場の一体感が高まる構造が示されており、企業活動によい影響を与えることがうかがえます。
健康経営で企業が成長するもう1つの要素は、社会による評価です。社会的な評価を受けた企業は、さらに健康経営を進化させ、社会に貢献する基盤を固め、持続的な経営を確立します。前回お伝えしたように、日本には健康経営に取り組む企業を国や自治体、医療保険者、金融機関、労働市場が評価する仕組みがあります。顕彰制度で認定・表彰を受けた企業には、社会からの注目が集まるだけでなく、健康経営のリーダーシップが期待されます。福島県のガス会社は、県庁の表彰を受けて以降、社長が経営者の集まりや自治体に招かれ、さまざまな助言を求められる一方、大学生など求職者からの応募も格段に増えました。すると、社員は以前に増して仕事にやりがいを感じ、もっといい健康経営の取り組みに進化させよう、もっと社会に貢献する事業をやろうと、社員自らが創意工夫を凝らすようになったそうです。
このような各地の成功事例を踏まえて、次回は健康経営の発展形をさらに探りたいと思います。
(*)「中小企業における労働生産性の損失とその影響要因」(『日本労働研究雑誌』2018年6月号)
古井祐司氏
東京大学未来ビジョン 研究センター特任教授
産官学共創のもとデータに基づく科学的な予防介入の設計および検証を進めるデータヘルス研究に従事。著書に、『会社の業績は社員の健康状態で9割決まる』(幻冬舎メディアコンサルティング)など多数。
Photo=刑部友康 Illustration=ノグチユミコ