看護師や介護士のディーセントワークは実現できているか 坂本貴志
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リクルートワークス研究所では毎年、日本の働き方の評価指標「Works Index」を発表している。その最新版の「Works Index 2018」では、構造的な人手不足の影響、働き方改革の後押しもあり、すべてのIndexが改善した。本稿から数回にわたって、Works Index2018を利用し、職業と働き方との関係を分析していく。
ディーセントワークは、
職業の安定や学習・訓練とトレードオフの関係にある
今回は、Works Indexの5つ目のIndexとして設計しているIndexⅤ「ディーセントワーク」の結果を分析してみよう。ディーセントワークは、働きがいのある人間らしい仕事と訳される。賃金や労働時間といった古典的な指標とは一線を画す、仕事の質に着目した指標といえよう。
ディーセントワークは、ほかのIndexとどのような関係にあるのだろうか。職業ごとに算出された5つのIndexの相関関係を分析したものが表1である。
これをみると、就業が安定している人、また学習・訓練が行われている人などは、ややディーセントワークが低い傾向にあることがわかる。一つの企業で正社員として安定的に働いていること、日常的に学びを行っていることは好ましいことである。しかしながら、そのような環境が過度な仕事の負荷やメンタルヘルスの悪化と隣り合わせにあるということは留意しなければならないだろう。
表1 Indexの相関関係
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2019」
過度な負荷がハラスメントや差別を誘発し、健康を阻害する
さらに、IndexⅤ「ディーセントワーク」の各Indicatorの関係性について分析する(表2)。IndexⅤ「ディーセントワーク」は、IndicatorⅤ-1「仕事量・負荷が適切である」、IndicatorⅤ-2「差別がない」、IndicatorⅤ-3「ハラスメントがない」、IndicatorⅤ-4「労働者の権利」、IndicatorⅤ-5「安全な職場・健康」から構成される。
この5つのIndicatorの関係をみると、IndicatorⅤ-4「労働者の権利」は異なる動きをしているものの、そのほか4つの項目は互いに強く正の相関を示している。因果関係を推察すると、仕事における過度な負荷がハラスメントや差別などを誘発し、これらの結果としてメンタルヘルスをはじめとする健康状態に悪影響を及ぼしている可能性があるだろう。
表2 ディーセントワークに関するIndicatorの相関関係
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2019」
医療・介護関連職に課題
職種別にIndexⅤの偏差値をみたものが図1である。数値が低い職種はいくつかあるが、医療・介護関連職でその数値が低い傾向にあり、特に、看護師・保健師や介護士で著しく低い結果となっている。これらの職種は安定的な仕事があり、一定額の収入も期待できるが、適正な働き方ができていない人も一定数存在しているものとみられる。
医療・介護関連職で、IndexⅤのIndicatorを比較してみると、やはりこれらの職種では総じて値が低い傾向がみてとれる(図2)。これらの職種は総じて仕事の負荷が高いが、それぞれの職種で比較してみると、看護師・保健師や介護士に比して、薬剤師や医師、歯科医師などはそこまでディーセントワークが実現できていないわけではない。たとえば、IndicatorⅤ-3「ハラスメントがない」をみると、薬剤師(55.1)と医師、歯科医師(52.9)は偏差値が50を超えているが、看護師・保健師(32.1)や介護士(34.5)は低い水準にとどまっている。同じような職場で働いているにもかかわらず、このような差が生じるのはなぜだろうか。
図1 職種別のIndexⅤ「ディーセントワーク」の偏差値 (クリックで拡大します)
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2019」(クリックで拡大します)
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2019」
看護師や介護士など、顧客との距離の近さが時には問題に
薬剤師や医師、歯科医師と看護師・保健師や介護士との間にある差を、顧客との距離の近さという観点から考えてみよう。薬剤師は、医師の指示のもと調剤を行い、患者に薬剤を届ける責務を負っているが、顧客と直接コミュニケーションをとる機会は相対的に少ない。また、医師や歯科医師は患者と直接やりとりする機会は多くとも、その関係性には一定の距離があることも多いのではないか。
一方、看護師・保健師や介護士は、直接的に顧客とコミュニケーションを行う機会が多いだろう。近い距離で不特定多数の人と接すれば、どうしても差別やハラスメントなどにさらされる機会が増えるし、その結果としてメンタルヘルスへの悪影響も生じてしまうものだ。
多くの人の仕事を、働きがいのある人間らしい仕事とするためにできることは、職場における取組みだけではない。ディーセントワークを実現するためには、顧客との関係を適正化することが必要である。働く人と顧客との関係性がどうあるべきかという問題は、働き方を考えていくうえで重要な課題となるだろう。
坂本貴志(リクルートワークス研究所/研究員・アナリスト)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。