学びは報われるのか ―社会人の自己学習:効用編― 坂本貴志

2018年11月01日

【このコラムのPDF版はこちら

前回前々回のコラムではでは、人がいきいきと働き、満足した職業生活を送るために、学びは必要不可欠だという前提があった。しかし、諸外国と違い、日本では大学院に通っても企業では評価されにくいなど、学びがキャリアにつながりにくいという声もある。学ぶ人が少ないのは、人々が学びが報われないことを気づいているからかもしれない。ここでは学びの効用に焦点をあて、社会人の学びはどんなメリットを本人にもたらすのかを解明する。

自己学習の実施は賃金にプラスに影響

まずは自己学習の有無と賃金の増減にどのような関係があるのかをみてみよう。「全国就業実態パネル調査(JPSED)」2018と同2017のデータを利用し分析を行った。

固定効果分析を用いることで自己学習と賃金との関係を調べたところ、図1のように、自己学習の実施は賃金に対してプラスの影響があるという結果が得られた。自己学習の係数はプラス0.022となっており、自己学習を実施した場合には、そうでない場合と比べて2.2%分だけ賃金が上昇する可能性がある。このことは、たとえば、年収が500万円でかつ自己学習を実施していなかった人が、自己学習を実施するようになれば、そのことによってその年の年収が11万円上昇する可能性を示している。また、年齢をみると、年齢が高いほど賃金が高まる傾向にあり、その効果は年齢の上昇とともに逓減していく結果となっている。それ以外の項目でみても、正社員であること、企業規模が大きい会社に所属していることが賃金に対して正の影響をもつなどといった、われわれの実感を裏付ける結果が得られた。

図1 賃金に与える影響
注:10%有意水準で有意だった係数を黒字で記載している。企業規模は30人未満がベース。

自己学習の結果はキャリアや成長実感にも影響

自己学習はキャリア形成など賃金以外にも影響を及ぼしている可能性があるが、実はそれを知るのは難しい。賃金のような客観的な指標が存在しないからであり、当事者の主観的な評価に頼らざるを得ない。そこで、自己学習の実施によって、個々のキャリアに対する主観的な評価がどのように変化するかをみてみよう。

キャリアの見通しと成長実感についてパネルデータ分析を行った結果が図2である。ここでは、統計的差異が認められる場合には黒字で、有意差は認められなかった場合は灰色で、その違いを表す数字(オッズ比)を表示している。この数字が1よりも大きくなる場合はキャリアの見通しや成長実感が向上する傾向にあることを示し、1よりも小さくなる場合は低下する傾向にあることを示している。自己学習の実施によるキャリアの見通しと成長実感への効果をみると、いずれも数字が1を上回っており、自己学習の実施がキャリアの見通しや成長実感の向上につながっていることがわかる。

図2 自己学習などがキャリアの見通しや成長実感、満足度に与える影響
注)10%有意水準で有意だった係数を黒字で記載している。企業規模は30人未満がベース。

自己学習の成果は失業者の減少にも

最後に、自己学習を行うことで非就業者が就職できた、非正規社員が正社員に転換できたといったメカニズムが認められるかどうかを確認したい。

結果をみると、失業者の就職については、2016年に自己学習が行わなかった失業者が翌年、就職できた確率は11.0%であるのに対して、自己学習を行った人のそれは24.1%と、自己学習を行った人ほど就職しやすいという結果となった。同様に、2016年に自己学習を行わなかった非正規社員が正社員に転換できた確率が5.6%であるのに対して、自己学習を行った人が正社員になれた確率が6.7%となり、自己学習を行った人ほど正社員に転換しやすいという結果となった。ただし、非正規社員の正規転換については、検定の結果、統計的な差異は確認できなかったことを付け加えておく。

図3 自己学習の実施の有無と就業・正規転換確率
注:就業確率は2015年時点で非就業者だった人のうち2017年に就業者になった人の割合、
正規転換確率は2015年時点で非正規雇用者だった人のうち2017年に正規雇用者になった人の割合

個人は主体的に学べ 企業は学びを評価せよ

以上の分析から、自己学習が賃金をはじめ、幅広い効果をもつ可能性があることが確認された。JPSEDのデータを分析した結果、学びが効果をもたないことを理由に学びを行わないという姿勢は、適切ではないと言えるのではないか。学びが効果をもつ可能性がある以上、個人が主体的に学びを行い、かつ企業もそれを積極的に評価する、そういった姿勢が重要である。

坂本貴志(リクルートワークス研究所/研究員・アナリスト)

※本稿は「どうすれば人は学ぶのか―『社会人の学び』を解析する」に掲載されている分析の抜粋(一部調整)です。

・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。