中国の「7割人材」を戦力化する仕組み
田中信彦氏
日系企業が中国で人材獲得を成功させるためのカギを、日本人の視点と、中国人の視点の2回に分けて紹介する。
1回目は、中国で人事コンサルタントに携わる田中信彦氏の寄稿。
同氏は、欧米系有力企業が好条件で能力の高い人材を採用しようとする一方で、日系企業は採用後の育成にコストをかけようとする傾向があるという。それを前提に、求人要件を100%満たさない「7割人材」を伸ばす方法と、企業価値に合った人材を引き寄せる方策を提案する。
◆「7割人材」を戦力化するために、欠けている要素をリストアップする。
◆足りない3割は「能力」よりも「姿勢」であることが多い。人材募集の際に、「ウチの価値基準」を積極的に発信する。
中国の「7割人材」を戦力化する仕組み
中国で事業を行う企業にとって、幹部人材の確保は最大の課題のひとつである。これは日系企業だけの問題ではない。しばしば、欧米系や中国企業はそれなりにうまくいっていて、日系企業だけがうまくいっていないかのように伝えられることがあるが、それは誤解だ。中華民国建国の父、孫文が「中国人は乾いた砂のようだ。握りを緩めるとすぐバラバラになる」という言い方でリーダーとしての苦悩を吐露したように、この社会に生きる人々はマネジメントにとってかなりタフな人たちである。
まずマクロの面では、この社会はグローバル標準の仕事ができる人材の絶対数が少ない。企業は若手の人材に投資しようとせず、大学や大学院教育の専門性は極めて低い。つまり、社会としての人材育成のコストを誰も負担していない。真の力はついていないのに、需給関係で賃金とポストだけが上がっていくというイメージである。すでに一定レベルの力を持つ人材の値段は非常に高い。
筆者がシニアパートナーを務める会社では、顧客企業の経営幹部候補を選定するためのアセスメントプログラムを開発し、過去数年間に数十社、数百人の日系企業幹部(課長~部長級)を評価してきた実績がある。ところが、大手日系企業が「現地法人の役員候補」として挙げてきた部長級の人材が、実は課長はおろか係長程度の業務知識や技能、人間関係調整能力しか持ち合わせていなかったという例もある。こうした全体としての「優秀な人材」の不足は一朝一夕に改善するものではなく、そういうものだと思って対策を考えるしかない。
社外調達か内部育成か
日系企業側の課題もある。それは「要求水準に見合った、仕事ができる人材をマーケット価格で調達する」のか「要求水準には達しない人材を安く調達し社内で育てる」のか、その見極めが曖昧なことである。欧米系有力企業の場合、多くは前者の手法をとる。人材不足とはいえ、高い条件を出せばそれなりの人は集まる。高いおカネを出して優秀な人を採り、ギリギリと詰めて短期間で成果を出させるというノウハウ、風土が彼らにはある。成果が出なければ早めに見切る。そういう働き方を望む一定数の中国人もいる。
一方で、多くの日系企業は後者の手法をとる。新卒採用はその極端な例だが、経験者採用でも理屈は同じだ。すぐに成果を出せる人を採るだけのおカネは出せないから、その7割ぐらいの値段でそれなりの能力の人を採る。それは原資の問題だけではない。「前からいる人とのバランスが取れない」「日本人より高くなってしまう」「本社を説得できない」といった理由もある。能力不足は承知の上だから、それを100%まで育成しないといけないのだが、そのための十分な仕組みや人材、予算があるのかと言えば、ない。かくしてこの「7割人材」がそのまま社内に蓄積していくことになる。
「7割人材」を戦力化する仕組み
つまり、コストを「採用」にかけるか「育成」にかけるか、というところで、多くの日本企業は後者の選択をするのだが、いざ採ってしまうと、そのコスト(多くはOJTの手間である)を十分にかけない。それは怠慢でも悪意でもない。駐在員の人々は基本的にプレイングマネージャーで、ただただ忙しく、必ずしも自分の専門領域でない、部下の育成にまで手が回らない。これら「7割人材」の人々は、もともと一定の職務経験があり、実務はそれなりにこなす力を持っているので、放っておいても慣れてくれば文字通り7割方の仕事はこなしてくれるようになる。足りない部分は日本人が補いつつ、なんとか日々の業務が回っていく――という状態が繰り返されるのである。
こうした状況の発生を防ぐには、「7割の価格で採用できるのは7割の人材である」のは当然だと日系企業経営者が明確に認識し、彼らを100%の人材にするために必要な要素をリストアップし、教え込める体制を構築しなければならない。その仕事ができる中国人社員がいれば理想的だが、いなければ日本からの赴任者が時間を割いて1対1で育てていくような仕組みをつくるしかない。逆に言えば、この仕組みが出来上がれば、「7割人材」でも一定期間後にはかなりの確率でフル戦力化できるので、採用上、非常に有利なポジションに立つことができる。
「ウチらしい営業」とは何か
例えばある大手電子部品メーカーは、営業パーソンの中途採用を拡大する際に、中国法人と本社の人事部が協力し、日本を含む全世界の営業パーソンの過去の行動記録、顧客からよくある質問とその模範解答例、トラブル事例とその対応策、顧客からのお褒めの事例などのパターンを収集、分類整理し、すべてを中国語に翻訳した。その膨大な情報を中途採用者と上司の双方が常に傍らに置き、一緒に顧客を回りながら「ウチらしい営業」とはどのようなものかを共有する方法を導入した。その結果、中途採用者は、自分の現在の行動に欠けているものは何か、どう行動すれば褒められるのかといった具体例を短期間に学びとることができ、行動に自信を持ちやすくなった。早期離職の大幅な減少、顧客評価の向上を実現できたという。
これは「7割人材」を100%に近づける手法の成功例のひとつだろう。当然ながら実行には膨大な手間のかかる作業が必要であって、本社の人事部が積極的に関与したからこそ可能になった。現法だけではとても無理である。
さきほどから「7割人材」と言っているが、ここで足りないとされる3割の中身はといえば、何か具体的な実務の能力というよりは「姿勢」的なもの、「顧客の立場に立てる」とか「自己(や自己のチーム)だけでなく全社的視野に立てる」とか、そういった部分であることが多い。こうした点は面接の段階でコンピテンシー面接を徹底するなど、面接する側のスキルを高めて的確に判断すること、そして入社後はできる限り多くの「ウチの判断基準」に触れる機会をつくり、価値基準の軸を摺り合わせていくことが大切である。
そのためにも、「ウチはこういう会社だ」という情報発信が極めて重要だが、一般に日系企業は応募者の資料を見たり、話を聞いたりという情報の「受信」のほうは熱心だが、自分からの情報「発信」は量も中身も物足りないことが多い。これは個人どうしの関係にも言えることだが、中国ではいい友人(パートナー)を得ようと思ったら、まず「私はこんな者ですよー」と周囲にアピールすることが不可欠である。採用も育成も同じで、日本人(企業)は、自分からの情報発信を圧倒的に増やさなければならない。このあたりに日系企業の採用成功のカギがあるように思う。
プロフィール
田中 信彦(たなか のぶひこ)氏
中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞記者を経て、90年代初頭から中国ビジネス関連の原稿執筆、コンサルティング活動に従事。
リクルートワークス研究所の中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科非常勤講師。
上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活動中。